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姫サーのオタ

作者: 鍋豚


 サークル棟の地下二階。

 薄暗い廊下を、俺は重い足取りで進む。目指すは一番奥の部屋だ。


「はぁ……」


 この廊下を歩くときは、なんだか緊張してしまっていつもため息が零れる。

 俺がヘタなことを仕出かせば、国家の存続に関わるからだ。

 別に、俺は国家のエージェントでも、暗躍するスパイでもない。ただの平凡な大学生だ。アニメとマンガとゲームをこよなく愛する、平凡なオタクである。


 そんなオタクな俺が目指している場所は、我がサークル室。アニメ研究会だ。まぁ研究会とは名ばかりで、実際は俺みたいなオタクが集まって熱く語り合う、いわゆるオタサーってやつだけど。……いや、正確にはオタサー “だった”。

 なぜ過去形かと言うと――


「おい」


 俺の思考を遮るように、野太い男の声が廊下に響いた。

 前方を見ると、声の主が俺の目指していた扉の前に佇んでいる。


「ど、どうも」


 三人。

 黒いスーツを着込んだ屈強な男三人が、扉の前を塞いでいた。


「遅いぞ、兄尾アニオ タク。誰を待たせているか分かっているのか」

「す、すんません……」


 サングラスの向こうからでも伝わる鋭い眼光に怯みながら、頭を下げるチキンな俺。

 相変わらず怖い人たちだ……。


「待て。身体検査だ」


 男達の横を通り過ぎて部屋に入ろうとしたが、それを阻むように彼らに取り囲まれた。そして一人は金属探知機で、残り二人は手で俺の身体をまさぐって武器の有無を検査する。

 毎度のことながらも、この身体検査は居心地が悪い。武器なんか持ってくるわけないだろう……。何度も言うが、俺はただのオタクなんだぞ。


 彼らがただのオタクの俺に何故こんなことを行うかと言うと、この扉の向こうにいる人々が超重要人物だからである。この男達は、その人々を守る、いわばSPのような存在だ。


「よし、入れ。失礼のないようにな」


 スーツの男達は検査を終えると、錆び付いた鉄の扉を開け、俺の入室を促した。

 そう、この扉の中にいるのは――


「遅いわよ! タク!」

「まったく。私たちを待たせるとは、随分なご身分ですね」

「あらあら〜みなさんそんなにタク様を責めてはいけませんよぉ〜。なにかご事情がお有りでしたのよね〜?」


 三つの可憐な声が、カビ臭い部室に響く。

 背後でバタン、と扉の締まる音が聞こえた。密室である。


「ああ、レポートの再提出に行ってて……」

「アンタまた再提出食らったの!? だらしないわねぇ」

「日頃から不真面目だからですよ」

「あらあら〜それはご苦労様ですぅ〜」


 部屋の中央に無造作に置かれた長テーブル。それを取り囲むように座る三人の少女。

 ドレスを着込み、頭にティアラを乗っけた見るからに上品な姿。


 彼女たちは、姫である。


 比喩とかアダ名とかではない。リアル姫である。

 文字通りの姫。一国のプリンセスだ。

 サークル棟の地下二階。一番奥のこのボロ部屋に、三人の姫が集結している。

 きらびやかな姫さま達が、カビ臭く薄暗いこの部室に佇むのはいつ見ても場違いだ。


「ほら、ぼけっと突っ立ってないで座りなさいよ」


 本日もバリバリに放たれるお姫さまオーラに思わず萎縮していたようだ。右手の長椅子に座っていた金髪の少女が、少し横にずれて俺の分のスペースを空けてくれた。


 彼女の名は、ツィンテ・ヒンヌーン・ツンデレーナ。

 ツンデレーナ王国の第一王女だ。

 鮮やかな紅のドレスを身に纏い、黄金に煌めく髪を左右に結んでいる。エメラルドグリーンの瞳は宝石のように美しい。


「さんきゅー、ツィンテ姫」


 タメ口で話しているのを外のSP達に聞かれたら殺されるな……。だけど姫さま達にフレンドリーに接するように言われているのだ。


「べ、別にアンタのために席を空けたわけじゃないんだからねっ! アンタが近寄よると庶民が移るからよっ!」


 じゃあ隣に座らせるなよ、っと心の中で呟きながら、彼女が空けてくれたスペースに俺は腰掛ける。

 横目でチラリとツンデレーナ王国のツィンテ姫を見ると、俺の視線に気がついた彼女は少しだけ頬を赤らめ、ぷいっと向こうを向いてしまった。それによってツインテールの髪束がぺちり、と俺の頬に当たる。シルクのような感触と、甘い髪の香りが心地よかった。



 俺が腰掛けた対面には、優雅に読書をする黒髪の女性。

 髪と同じく漆黒のドレスに身を包む彼女は、何人も近づけぬ気高さを感じる。幼さを残すツィンテ姫とは対象的に、大人びたクールな女性だ。


「何をジロジロ見ているのですか? 気持ち悪い」


 クーデル・ド・S・クロカミロング。

 クロカミロング帝国の姫に見蕩れていたところ、その鋭い眼光で威圧されてしまった。彼女は読んでいる本から顔を上げず、瞳だけで俺を捕らえている。黒真珠のような瞳に吸い込まれそうだった。


「いや、そのイヤリング新しいやつだなーっと思って」

「あら、あなたみたいなデリカシーのない方が気づけるなんて、意外です」


 クーデル姫は氷のような冷たい口調で返す。彼女は常に冷静で、クールで、高貴な姫さまだ。


「似合ってるよ」

「ッ!?」


 俺が素直な感想を述べると、クーデル姫は一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた。慌てて手に持つ本を上げ、顔を隠すかのように本で覆ってしまう。


「あ、あなたに言われても嬉しくありません! む、むしろ不快です!」


 本の向こうからやけに震えた声が聞こえる。表情は見えないが、肌は首元まで真っ赤に染まっていた。

 あ、怒っちゃったかな。クーデル姫、怒ると怖いんだよな〜。


 そんな様子を見て、クーデル姫の隣に座っている茶髪の女性が、うふふ、と笑った。


「あらあら〜クーデル様は照れ屋さんですね〜」

「照れてなんかいません!」

「そういうところはツィンテ様と似ていますわよね〜」

「は、はぁ!? 私も照れ屋とかじゃないんですけどっ!?」


 アラウフ・オットリーナ・キョーニューン。

 キョーニューン大国の王女であるアラウフ姫は、ツィンテ姫とクーデル姫からの抗議の視線に動じることなく、のほほんと紅茶をカップに注ぎ始めた。一見おっとりとしているアラウフ姫だが、この二人を相手にまったく動じないところは尊敬に値する。まぁ、マイペースなだけかもしれないが。

 優雅に紅茶を注ぐふわふわ巻き髪のアラウフ姫からは、気品を感じると同時に優しく暖かい印象を受ける。


「タク様、紅茶をどうぞ」

「ありがとう。アラウフ姫」


 アラウフ姫は対角に座る俺にカップを差し出すために、テーブルに身体を乗り出した。その結果、彼女の大きな谷間が強調されることとなる。たわわで、彼女の動きに併せてふるふると揺れる豊潤な二つの果実。セクシーな純白なドレスに包まれた妖艶な谷間に、思わずゴクリと生唾が喉を通った。


「ちょっとタク! アラウフの胸ばっか見過ぎよ!」

「不潔です……気持ち悪い」


 おっと、視線に気づかれてしまったか。だけど当のアラウフ姫は気にしていないようだ。


「あらあら〜別に見て頂いても構いませんよ〜?」


 気にするどころか、アラウフ姫は自らの胸を下から持ち上げ、谷間をさらに強調させた。

 当たりの強い他の二人とは違い、彼女は俺に対して常に優しく接してくれる。だが今回のような時に強引な行動や、悪意のない無自覚な発言が他の二名の沸点を引き上げてトラブルを生む引き金になるのだ。


「他のお二方では見ることはできませんものね〜?」


 こんな風に、な。

 アラウフ姫の悪意のない発言に、豊かなものを持っていない二人のこめかみに青筋が浮かんだ。


「べ、別に、私には必要ありません。この変態男がいやらしい目で見るだけですし」


 侮蔑を含んだ視線で俺を睨むクーデル姫。確かに彼女の胸の膨らみは小さい。だけどモデルのようなスレンダーな体型の彼女は、大きすぎるよりもこの方が合っていると思う。

 問題は――


「ふ、ふん! 私だって、脱げば意外とあるわよ! 着痩せするタイプなのよ私!」


 両手を腰に当て、無い胸を張るツィンテ・ヒンヌーン姫。

 真っ赤な布地に包まれた彼女の首から下は、悲しいほどに絶壁だった。


「なによタク! そんな哀れんだ目で見るんじゃないわよっ!」

「み、見てねーよ……」


 ツィンテ姫は頭二つ分ほど高い俺の顔を見上げ、ジト目で睨んでくる。


「うふふ〜ツィンテ様はいろいろ小さくて可愛らしいですわよ〜」

「うるさい! 小さくないわよっ!」

「タク様もそう思いますわよね〜?」

「おう。可愛いと思うぞ」

「う、うっさいバカー!!!」


 顔を真っ赤にしたツィンテ姫は、金色のツインテールをぶんぶん振り回して荒れ狂った。グルグルとツインテールが回って目が回る。

 発端となる発言をしたアラウフ姫は荒ぶるツィンテ姫を見て、うふふ、と楽しそうに微笑みながら紅茶を啜った。

 一方クーデル姫はそんなツィンテ姫を飽きれたように見て、再び本の世界へと戻って行く。


 もう一度言おう。

 彼女たちは、姫だ。


 ツインテールをブンブン回すツィンテ姫。

 クールに読書に耽るクーデル姫。

 うふふ、と優雅に紅茶を啜るアラウフ姫。


 個性豊かな三カ国の姫さま達。

 彼女たちは今からおよそ二ヶ月ほど前、日本文化を学ぶために留学生としてうちの大学にやってきた。

 そして訳あってこのオタサーに入部してきたのだ。その結果、このオタサーは姫さまに乗っ取られてしまい、姫の集う『姫サー』と化してしまった。


「タク様。お茶のおかわりはいかがですか〜?」

「頂こうかな。アラウフ姫の紅茶は世界一うまい」

「まぁ! 嬉しいですわぁ〜うふふ〜」


 だいぶ慣れてきたが、姫さまを相手にサークル活動をするというのはかなり緊張する。なにせ俺がヘタなことを仕出かして姫さまの機嫌を損ねでもしたら、国際問題になりかねないからな。聞くところによると、彼女達の国々は割と武闘派らしい。俺が発端で国家戦争が始まるのはなんとか避けたいものだ。


「五月蝿いですよ、ツィンテ姫」


 読書に耽るクーデル姫は、ギャーギャーと子どものように喚くツィンテを一喝する。

 やかましいツィンテ姫に怒ったのかと思ったが、本を読みながら口角をにやっとつり上げているのが見えた。クールなクーデル姫がそんな表情を見せるのは珍しい。余程、今読んでいる本が面白いようだ。


「あらあら〜クーデル様、褒められたことがそんなに嬉しかったのですね〜」

「な、なんのことでしょう」


 俺が二人の会話の意味を理解出来ないでいると、クーデル姫はチラリと俺の顔を一瞥した。そして無言のまま長い黒髪を耳にかけ、再び読書に戻る。普段は長い黒髪をストレートにしている彼女が髪を耳にかけるのは珍しい。本を読みやすくするためだろうか。そんなに没頭してくれるとは、本を貸した身としては嬉しい限りだ。かき上げた黒髪の隙間からイヤリングがキラリと煌めいた。


「あっ! そういえば、私クッキー焼いてきたわよ!」


 唐突にそんなことを言うツィンテ姫。

 彼女はツインテールを振り回すのを止め、真っ赤なポーチをゴゾゴソし始める。


「あら〜ツィンテ様、お菓子作りなさるんですか〜?」

「ま、まぁね! 私に出来ないことはないわっ!」


 ツィンテ姫、お菓子作りなんか絶対出来ないだろ……。不器用そうだし。たぶんメイドに無理やり教えて貰ったのだろうな。わがままツィンテ姫のお世話をする人も大変だ。

 でもなぜ急にお菓子作り? あ、そういやこの前、ツィンテ姫に何か欲しいものはないか聞かれたっけ。別に欲しいものなんかなかったが、何故だかしつこく俺にプレゼントを送りたがっていたので、適当に手作りお菓子とか答えたんだったな。


「かなり上手く焼けたのよ〜。仕方ないからアラウフとクーデルにも食べさせてあげるわっ!」

「あら〜楽しみですぅ〜」

「クッキーですか……読書のお供に良いですね」


 姫さま達と庶民の俺とでは常識がかけ離れ過ぎていて、プレゼントを貰うのにも気を使う。

 この前なんか金欠で『金欲しい』なんてぼやいていたら、翌日ツィンテ姫が一億円くれた。しかもキャッシュ。さすがに断った。

 アラウフ姫は俺が軍事物のアニメにハマっていたときにはリアル戦車とリアル機関銃をプレゼントしようとしてきたし、クーデル姫なんかは俺がネコ好きだと知ってライオンとトラを部室に連れてきたことがある。確かにネコ科だけどさぁ……。

 そんなワケで、何か欲しいものはないかと聞かれて、あまり高価にはならないであろう手作りお菓子を所望したのだ。


「はいこれ!」


 自信満々にポーチから袋を取り出すツィンテ姫。

 取り出した物は、真っ黒な物体。……なにこれ?


「どうしたの? 受け取りなさいよ」

「ど、どうも」


 この黒い物体はなんだろう。あ、ツィンテ姫のことだからクッキーに超高級食材を使ったのかな。あれだ。たぶんキャビア的な物だ。キャビア的な黒い物だろう。なぁそうだよな、アラウフ姫? ってあれ、さっきまでニコニコしていたアラウフ姫が真顔になってる。どうしたんだろう。ツィンテ姫のクッキーを見て震えているぞ? アラウフ姫が震えるほどの高級食材なのだろうか。


「はい! アラウフも!」


 クッキーのような物体を差し出されたアラウフ姫は、ビクッと身体を震えさせ、


「そそそういえば〜わたくしダイエット中でしたの思い出しましたわぁ〜」

「え? そうなの?」

「ええ〜ですからまた次の機会に〜」

「そういうことなら仕方ないわね。確かにアラウフはそれ以上胸を成長させないためにも、甘いものは控えた方がいいわね」

「う、うふふ〜」


 逃げたなアラウフ姫……。

 俺は受け取った小袋を開き、中の黒い物体を取り出した。

 触れると、ボロボロと崩れるくらい脆い物体。

 ……炭だ。どう見ても炭だ。


「ツィンテ姫、ちなみに聞くけどこれは何のクッキー?」

「え? どう見てもチョコじゃない」


 どう見ても炭だが。


「ベルギー産の最高級チョコを使ってるわよ!」


 こんな有様のチョコをベルギー人が見たら、ツンデレーナ王国との戦争が勃発しかねない。

 戦争を回避するためにも、この禍々しい物体は胃袋の中に隠蔽しておくべきだ。頑張って食べような、クーデル姫?


「はい、クーデルは食べるでしょう?」

「……」

「クーデル?」

「……」

「あらあら〜読書に集中しているようですね〜」

「またぁ? クーデル、たまに本に熱中しすぎて周りの音が聞こえなくなる時があるわよねぇ」


 おい逃げるなよクーデル姫! 聞こえてるだろ!?

 くそ……俺だけが食べるハメに……。


「じゃあタク、みんなの分も食べていいわよ?」

「ええっ!?」

「いらないの?」

「いえ、頂きます……」


 なんてこった……このクッキー(ダークマター)を全員分食すことになるとは……。

 うぅ、ツィンテ姫の期待の眼差しが痛い。


「い、いただきます……」


 意を決し、真っ黒な物体を口に運ぶ。

 それを口に含んだ瞬間、


「ッ!?!!??!?」


 電撃が身体を駆け抜けた。

 甘さと辛さと苦さと酸っぱさが混じったような味が広がり、口の中の水分を全て持って行かれる。

 食感も様々で、鉄のように固い部分もあれば、泥のように柔らかい部分もある。出来立てのように熱々な気もするし、氷のように冷たい気もした。


「タ、タク様!? 紅茶をどうぞ!」


 悶える俺を見て、アラウフ姫が慌てて差し出してきた。そのカップを受け取り、一気に口に流し込んでクッキーもろとも一気に飲み干す。アラウフ姫の紅茶の味さえ打ち消すほど、ツィンテ姫のクッキーの味は強烈だった。


「どうどう!? おいしい!?」


 無邪気に俺の顔を覗き込むツィンテ姫。エメラルドグリーンの瞳が期待にキラキラと輝いていた。


「あぁ……おいひぃれす……」

「よかった! また作ってくるわねっ!」


 うぅ……。舌がピリピリして上手く喋れない……。

 だけど嬉しそうにニコニコするツィンテ姫の笑顔を見ると、そんなことどうでもよくなりそうだった。


「はい、まだ残ってるわよ。じゃんじゃん食べてっ!」

「ええ!?」


 ご機嫌なツィンテ姫はさらにクッキーを差し出す。……あれ、なんか悪魔の笑みに見えてきたぞ……。

 『もったいないから家で食べるよ』と言って逃げようとする俺と、『遠慮しないで』と無理やり口に激物をぶち込もうとするツィンテ姫の攻防の最中、


「ふぅ」


 本に没頭していた(フリをしていた?)クーデル姫は大きく息を吐いてパタンと本を閉じた。彼女に注目が集まったことで、ツィンテ姫は俺の口に押し込むを止め、クッキーの恐怖から一時的に逃れることができた。ほっ……。


「タク、この本面白かったです」


 思い出に浸るようにうっとりと表紙を眺めるクーデル姫。気品の溢れる姫がその手に収める書物は、それだけで絵になる。

 だが、その本の表紙には、可愛らしい女の子の姿が。下着姿の女の子の絵だ。

 そう。彼女が読んでいたものは、ラノベである。


「剣と魔法の世界……非常に夢に溢れた作品です。妖精の住む森、魔物の潜む大海原、そして心躍らせる魔法――どれも情景が豊かで、その光景が自然と脳裏に浮かび上がりました。それに登場人物が魅力的でしたね。主人公に想いを寄せる十一名の少女――。十一名もいるのに皆、個性豊かな少女達で、可愛らしさ溢れる方々でした。主人公はもう少し彼女達の気持ちに気がついてあげるべきですね。鈍感な主人公ですが、彼の心情はよく描写されています。つい感情移入してしまいました。第三章の旧友との再会の場面では思わずホロリときませんでしたか? ぜひ、続編も読みたいです」


 クーデル姫の口から紡がれる、音色のような感想。一国の姫ともなると、感想のためのその言葉選びすらも一つの作品と思えるほどだ。

 だが、これはラノベである。

 この言葉は、ただのハーレムもののファンタジーラノベに向けられたものなのだ。


「あら〜タク様がわたくしに貸してくださったお漫画も、とても面白かったですよ〜」


 漫画に ”お” をつけるな。


「野球に賭ける青春……すばらしいですよね〜。入部当初は万年補欠だった主人公が、絶え間ない努力でついにレギュラーに。強敵を相手に何度も心を折られそうになりながらも、仲間の支えによって成長していく姿……。感動しましたわ〜。わたくし、部員の皆さんは全員主人公のことを好いていると思うんですの〜。タク様もそう思いませんか〜? この作品は野球お漫画であると同時に、男の子同士の熱い愛を描いたお漫画だと思うんです〜。わたくしこのような愛の溢れた作品、もっと読みたいですぅ〜うふふ〜」


 だから漫画に ”お” をつけるな。

 しかしアラウフ姫もただの野球漫画をこうも深く考察するとは。さすが姫。ちょっと考察が深くなりすぎて変な方向に向かっている気がするが。アラウフ姫、変な趣味に目覚めなきゃいいけど……。萌え豚の俺はそっち方面の趣味はない。


「それを言うなら、私が貸してもらったアニメも超面白かったわよ!」


 無い胸を張りながら、負けじとツィンテ姫も俺が貸してあげたアニメの話を始める。


「ほう、どんな風に?」

「えっ!?」

「私もあのアニメ気になっていたんです。ぜひ感想を聞かせてください、ツィンテ姫」

「えぇ!?」

「わたくしも聞きたいです〜どのようなお話でしたか〜?」

「ちょっ!?」


 突然みんなに注目され、居心地が悪そうに瞳を泳がせるツィンテ姫。他二人の見事な作品レビューを聞いて、萎縮しているようだ。彼女は口をパクパク動かしながら、


「え、えーっと、その……バーってなって、ドギャーってなってて……とにかく! とにかく面白かったのよ!」


 バンッ! とさらに平らな胸を張る。

 残念なことに、ツィンテ姫は胸だけでなく語彙力も貧相なようだ。


「全然伝わらないのですが……」

「とにかく面白いということだけは伝わりましたわ〜」

「言葉じゃ伝わないのよ! このアニメの面白さは!」

「そういえば、この前私が貸して頂いたアニメは――」


 ギャーギャーと作品について議論をする姫さま達。


 ここは、アニメ研究会。

 そして、元オタサー。

 姫に乗っ取られて姫サーになりはしたが、オタサーの本質を失ってはいないのだ。


「――でしたよ。非常に興味深い作品でした」

「わぁ〜面白そうなお話ですね〜。恋愛といえば、男の子と男の子が――」


 姫さま達は、日本の文化を学ぶために留学してきた。

 そしてより深く日本の文化を学ぶため、このアニメ研究会に入部してきたのだ。どうやら日本の文化=アニメと勘違いしているらしい。

 元々あと数名ほど部員はいたのだが、姫の威厳とSPの怖さと曲がりなりにも国を背負う覚悟に恐れおののいた他のオタ達は、尻尾を巻いて逃げ出してしまった。そして残った、というか無理やり残された俺が唯一のオタとして、姫さまにアニメや漫画の素晴らしさを伝える役目を全うすることになったのだ。


「――とわたくしは思うのですよ〜」

「そういう話が好きなら、やっぱりアラウフはこのアニメを見るべきだわ!」

「!? そのようなシーンがあるのですか!? 男の子同士のシーンが!?」

「え!? えーっと、その……あの……」


 彼女達はこのアニ研で真面目に研究をし、アニメや漫画を通して見事に間違った日本文化を習得していった。

 ツィンテ姫はある日突然『私はこの髪型にしなければいけない気がする』と言ってツインテールにしてきたし、それまで『ご機嫌麗しゅう。本日も良いお日柄ですね』と丁寧な挨拶をしていたクーデル姫は突然『このウジ虫! 私の足をお舐めなさい!』という挨拶を身につけてきた。ツィンテ姫とクーデル姫が語尾に『ござる』と付けて会話をし出した時は、元に戻すのに一週間かかったっけな。

 そして二人と同様、アラウフ姫も今まさに間違った日本文化に染まりつつあるようだ。


「ツィンテ様!? ちゃんと教えてください! 男の子同士のシーンがあるのですね!?」

「えっと……」

「アラウフ姫、口調が乱れてますよ……。ツィンテ姫もモゴモゴしないではっきりと喋りなさい。でも私も気になります。……いえ、そのようなシーンが気になるのではなく、ツィンテ姫がそこまで絶賛すものですから」

「うぅ……うぅぅぅ〜タクぅ〜」


 困ったように俺を上目遣いで見つめるツィンテ姫。

 興味の眼差しを向けるクーデル姫。

 なぜか目を爛々と輝かせているアラウフ姫。

 ――ったく。姫さん達の期待に答えてやるか。


「仕方ねーな。俺が代わりに魅力を伝えてやろう」

「タクぅ!」

「タクッ!」

「タク様ぁ!」


 まぁ正直なところ、大好きなアニメであったから語りたかっただけだけど。


「まず、この作品の一番の魅力だが――」

「そうよね! 私もそれが言いたかったのよっ!」

「――それで、主人公とヒロインが――」

「なるほど……興味深いですね」

「――だけど、主人公とライバルが――」

「まぁ! あらあらあら!」

「それで! ここが一番の見所なんだが……」


 しかし話が最高潮に達して来たところで、それに水をさすようにガチャリ、と鉄の扉が開く音が開こえた。


「姫様」


 黒いスーツを着込んだ三人の男が部屋の中へ入って来る。

 先陣はガッチリ体型のスキンヘッドの男。次に続くはスマートな印象を受ける長髪の男。そして最後に上半身、特に胸周りがやけに発達した見事な逆三角形の体格の男。

 それぞれの姫さまの護衛だ。何度見ても怖い。


「どうかしたのですか?」


 そんな屈強な男達に怯みもせず、クーデル姫はチラリと瞳を動かす。さすが姫さま。威厳が溢れている。

 スーツの男の内のひとり、黒い長髪の男が跪き、クーデル姫の問に答えた。彼はクーデル姫の護衛、つまりクロカミロング帝国の人間だ。


「そろそろご帰宅のお時間です」

「もうそんな時間ですか?」


 クーデル姫は不満気に壁時計に目をやり、小さくため息をついた。

 続いて、逆三角体型の男がアラウフ姫の横に跪き、ゆっくりとした口調で進言する。大きな胸板のせいで彼のスーツはパツンパツンだ。ボタンが苦しそうに震えている。


「アラウフ姫。国王様と女王様がお待ちです」

「あらあら〜時間が経つのは早いですね〜もう少しお話したいですわ〜」


 普段はニコニコしているアラウフ姫も、この時ばかりは寂しそうに眉をひそめる。


「ふふん! 二人とも残念だったわね! アンタたちの代わりに私とタクが二人っきりで熱く語り合うわよっ! 二人っきりでねっ!」

「うっ……」

「あらら〜……」


 落胆する二人の一方で、隣のツィンテ姫は嬉しそうにピョコピョコ跳ねた。ツィンテ姫はやけに『二人きり』といのを強調し、他の二人はやけにその言葉に反応していた気がする。クーデル姫もアラウフ姫も、皆でアニメの話が出来なくなってしまったことが非常に残念なようだ。

 しかしピョコピョコ跳ねるツィンテ姫を制止するように、スキンヘッドの男が低い声で唸った。


「ツィンテ姫、今夜はヨージョー小国との晩餐会です。ご帰宅の準備を」

「ええっ!? そうだっけ!?」

「ふ、残念でしたね、ツィンテ姫」

「ヘリを準備しておりますので、屋上へ」


 ツィンテ姫は『ヘリ通』だ。一生懸命チャリ通をしている自分がバカらしくなる。

 アラウフ姫は基本的に高そうな車で登校してくるが、一時期俺と共に軍事物のアニメにハマった時は戦車で登校するという暴挙に出たことがある。

 チャリ通をする俺を見かねたクーデル姫が、俺の家と学校を繋ぐ線路を引いて、俺専用の電車を作ろうとしていたこともあったな。あれは説得してやめさせるのが大変だった……。


「ツィンテ姫。さぁ屋上へ」


 スキンヘッドに促されたツィンテ姫は、しばらく俯き、


「――行かない」


 小さく呟く。


「は? 姫様、今なんと?」

「行かない! 晩餐会なんか行かないわ! パパに伝えておいて!」

「いやしかし……ヨージョー小国の姫様が……」

「隣の国なんだし、晩餐会なんかいつでも出来るでしょっ! アニメの話は今しか出来ないのよ!」


 いやそれこそいつでも出来るだろ。と誰もが思ったであろう。

 しかし俺や護衛よりのツッコミよりも速く、クーデル姫が口を開いた。


「でしたら、私も帰りません」

「クーデル様!?」

「ツィンテ姫とこのケダモノを二人きりにするワケには行きませんもの」


 蔑むように見下すクーデル姫。彼女は俺がラノベを貸すようになってから、罵り方のレパートリーが増えたような気がする。頭の良いクーデル姫のことだ。どんどん間違った日本文化を吸収しているのだろう。


「あら〜でしたらわたくしも残りますわ〜」

「ア、アラウフ姫!? 国王様と女王様とのお食事のお約束は!?」

「お父様とお母様に先に食べておいてと伝えてください〜」


 次々に反抗する姫さまを見て、スーツの男達が俺に鋭い視線を向けた。

 こえぇぇ……。まぁでもそりゃそうだよな、王との約束とか国同士の付き合いを放っておいてオタクの俺とアニメの話をしようってんだから。


「しかし姫様……」

「ヨージョー小国の姫には私からメールしておくわ。あの子とは仲良いし、分かってくれるわよ」

「私もアラウフ姫も、父上には自分で伝えておきます。あなた達の責任は問われないように計らうのでお気になさらず」

「そうですよぉ〜お気になさらずぅ〜」


 こうなった姫さま達は言う事を聞かない。

 それを十分理解しているのだろう。SP達は困ったようにため息をつき、諦めたように踵を返した。


「フン。あまり図に乗るなよ、小僧」


 去り際、長髪の男は氷のように冷たく俺に耳打ちすると、サラサラの黒髪をなびかせて部屋から出て行った。彼の残して行った甘い髪の香りが辺りに漂う。なんでアイツの髪、こんなに良い匂いするんだよ……。クロカミロング帝国の人間は皆、素晴らしい髪質をお持ちのようだ。


「では私も失礼します、姫」


 跪いていた逆三角形対角の男は、ゆっくりとした動作で立ち上がる。しかしその動作によって、大きく膨らんだ胸囲を包んでいた彼のスーツのボタンは、ついに限界を迎えた。

 パンッ! という軽快な破裂音と共に、スーツのボタンが弾け飛ぶ。強烈な勢いで飛び立った黒いボタンは、弾丸のように俺の顔めがけて一直線に飛んで来た。


「うわっ!?」


 衝撃に備え、反射的に目を瞑る。

 しかし、いつまで経ってもボタンがぶつかる気配はなかった。恐る恐る目を開けると――


「大丈夫か?」


 目の前に、男のゴツゴツした手。何かを掴むようにガッチリと握られている。

 その手の主を見ると、スキンヘッドの男だった。彼はツィンテ姫の護衛の人だろう。彼が襲いかかるボタンをキャッチしてくれたらしい。さすがSP。素早い動きだ。


「あ、ありがとうございます……」


 俺を見下ろすスキンヘッドにペコリとお辞儀をすると、何故だか彼は顔を真っ赤に染め上げ、


「べっ、別に貴様のためにやったのではないからなっ!? ツィンテ姫をお守りするためにやっただけだぞっ!?」

「はぁ……」

「き、貴様のことなんか、どうだっていいんだからなっ! ふんっ!」


 茹でダコのように頭頂部まで真っ赤になりながら、スキンヘッドの男はぷいっとそっぽを向く。……なにこれ。ツンデレ―ナ王国の国民は皆こんな感じなのだろうか……。


「さぁ! 話の続きしましょっ!」


 ぷりぷり怒るスキンヘッドが出て行くのを見送り、ツィンテ姫はパチンと手を叩いた。


「いいのか? 晩餐会とやらに行かなくて?」

「平気平気! メールしておくから!」


 意外と姫さまもスマホを持っていてメールとかもする。ただしそのスマホは純金で出来た特別製で、仕様する回線は合衆国大統領が極秘で使う回線と同じものだ。


「さぁタク様! お話の続きを!」

「タクは本当にアニメに関しての話が上手いです……。どんどん引きつけるのに肝心なところはぼかすので、私達の興味をいつも鷲掴みです」

「もういっそのこと、みんなで見ない?」

「それはいい考えですね。ぜひ見ましょう」

「あらいいですね〜わたくし紅茶をいれますわね〜」


 そうして姫さま達はいそいそとアニメ鑑賞会の準備を始める。

 その最中、ツィンテ姫のスマホが震えた。


「あ、メール返ってきたわ」

「ヨージョー小国の姫……。確か、ノジャロリー姫でしたっけ?」

「そうよ。なになに――『あにめとはなんじゃ!? わらわも、みにいくぞ!』だって。相変わらずノジャロリーからのメールは読みにくいわね」

「姫といえば、来週また留学してくる姫がいるみたいですよ〜」

「えっ!? マジで!?」


 まさかとは思うが、このサークルに入ってこないだろうな……。


「『ケモミミン連合国』と『イモートウ』のお姫様がくるみたいです〜」

「私は『インラーン諸国』の姫も留学してくると聞きましたが……」

「じゃあ『ヤンデーレ共和国』の姫も誘ってみる!?」


 おいおいおい! どんどん姫様が増えてくるぞ!? 


「ですが、そんなに増えたらこの部屋に入りきりませんね」

「うふふ〜ではやはりこの部室をリフォームするしかありませんね〜」

「前も言ったけど、勝手に大学の設備を改装するのはダメだって!」

「じゃあ買いましょうよ!」

「何を!?」

「学校をよ」

「あらら〜それはいいですね〜」

「確かに、学校自体を買ってしまえば、好きなようにできますね……」

「いやいや! ダメだろそれ!?」

「いいじゃない。私たち姫とアンタだけの大学。きっと楽しいわよ!」


 姫さまが言うと冗談に聞こえない……。彼女達であれば、コンビニのおにぎりを買う感覚で大学を購入してしまいそうだ。

 しかし姫さまだけの大学――女子大ならぬ『姫大』か。ちょっと見てみたいが……いやいや、姫サーだけで手一杯なのに姫大とか無理だ!


「なにはともあれ、はやくアニメ見ましょう!」

「そうですね。楽しみです」

「うふふ〜楽しみです〜」


 と、その時、勢いよく扉が開かれ、


「きたのじゃー!!!」


 小さな女の子が入って来た。


「ノジャロリー!」

「ようこそ、ノジャロリー姫」

「あらあら〜いらっしゃい〜」

「ちょっと待って! マジで姫さま増えんの!? これ以上は勘弁してくれー!!!」




 ――ここは、各国の姫さまが集結するサークル。

 通称『姫サー』。


 そんなサークルに、ただ一人紛れているオタク。


 人は俺のことを『姫サーのオタ』と呼ぶ—―。



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