滑落した者
笑い声が飽和する。
あはははは。あははははは。
飽和する。
あははははは。
辺り一面、満ち満ちる。
「あははははははは……!!」
「あははははは」
「あはは……」
「…………」
けれど、私は笑いながらも、どこか冷めきった思いだった。“滑稽なのは私達なのではないか”と思っていた。
雲の上に一つ、都市がある。
そこは、世界中の魔力の溜まり場。普通の人間の数十倍もの魔力をもて余した民族が、天上にて退屈を弄びながら暮らしていた。都市の者達は自らを“神”と称する。神々はただ暇潰しを求めて雲の下の人々を見下しては、愚かだ滑稽だと笑いに暮れる日々を過ごしている。
そんな場で、私ははぐれ者だった。人間は、確かに空回りばかりだと思う。しかし、それは私達の方がよほど当てはまると、そうとしか思えなかったのだ。……私は、辺りから思想の外れた、滑稽な異端者だった。
あるときそれを見透かされて、私は、私達家族は、人々の住まう下界へと落とされた。それから、人間界に見あわぬ魔力だけを携えて、何人かの同胞が暮らす集落に引き取られる。そこで過ごすなか、時折、自らへの笑い声が耳をつくように思えた。
天から滑落した者を、人はチェーデと呼ぶ。そして、チェーデは、狩られる運命にあった。
神々はつくづく退屈な存在だ。何やら異端である同胞を虐げるか、人々を嘲るか。そんな脳しかない。……私はそういうところが嫌だったから、チェーデとなったことに後悔はしていないのだが。
チェーデの暮らす場所であれば、どうしても天変地異は起こる。だって、上の者達が起こしているから。地震、竜巻、豪雨、火災、紛争、あらゆる試練を試されるうち、何人かいた私達家族以外のチェーデは死んでしまった。
が、私達はしぶとかった。なんとしても生き残るべく、上で私達を嘲り虐げる彼らの仕向ける全てに立ち向かってみせた。
そうして抗ううちに、やがて私達は、再び天上へよじ登ることに成功したのだ。反撃を目指すことに。
雲の上の都市で、戦乱が起こった。
私達対他全員。圧倒的不利のはずなのに、父や母は決して劣らず強かった。魔術を用いた戦火は深まり、何人もの神は死に、魔力は父か母に取り込まれた。殺すほどどんどん有利になる戦い。
押すとも引くともない戦況が、長く続いた。きっと神々にとっては、よい暇潰しであったろう。
しかし、やはり条件が悪すぎたのだ。父と母は、とある一人の神に敗れ殺められた。その死に立ち会った私には、二人ぶんの、否、戦死者たち皆の魔力が託された。
だから、父と母を殺めたその者を、この力で潰してやろうと。仇は取ろうと思った。思ったのだが、私が扱うには取り込んだ魔力はあまりに強大すぎたから、多分、暴発したのだと思う。
次に気がついたら、私は雲を見上げていた。また下界に落ちてきてしまったのだと理解することはなかった。なぜなら、その時の私には一切戦乱の記憶がなく、さらに何やら暴発した魔力の影響か身体の時刻が後退していて、私は精神ごと幼子となっていたから。
水崎夫妻に拾われ、名を聞かれたとき、思い出せたのも愛称だけ。よって今、ここにいる私は、フィーラウではなくフィウなのだ。
父と母が遺した魔力と、戦乱が残した神への嘲りの念が、記憶の底で揺らいだ。
アストが魔術で造り出した氷の液晶は途切れ、細かく割れ儚い雪となって、さらりさらさらと落ちていった。フィウは無言のまま腰掛けていた屋根から立ち上がると、足元をとんと蹴り、一つ低い場所にくるりと着地してみせる。
「アスト、そろそろ仕事に戻らないと怒られるよ?」
「あー、めんどいなぁ……」
「こら」
「はいはい」
城内へ戻り、二人歩く。
水崎フィウは、水崎フィウでしかないのだ。フィウは内心ではそう自身に言い聞かせ続けていた。自分は王に仕える騎士である。そう、自分が自分である以前に騎士なのだ。
たとえ、命捧ぐべき主が親の仇だとしても。嘲るべき神だったとしても。人からすれば卑怯な、魔力という名の衣を纏い、指示を得ているとしても。
「……水崎、大丈夫か」
アストがなぜここにいるのか。何をしに来たのか。不明瞭さは拭えていないが、彼の正体を知ることは叶った。彼がフィウの両親を手にかけた事実は惨たらしい。されど、彼を信頼するには足るものである。
だから、フィウは彼に従う。
「もちろん……」
憎むべき王に、笑顔で言ってやろうか。
「ユーツァの騎士は、誰でも配属したとき“我は永に主の為に存り。これ何人も揺るがせんことを誓う”って言うものなんだよ」