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魔法と呪われた姓

「どういうこと……でしょうか」

 訝りを多大に含んだ声が、店内へと流れてゆく。声を受けてユサグスは、その顔から眠気を消した。

 フィウがチェーデであったのは16年も前のことである。アストの年齢で考えれば、アストがそれを知っているとは到底思えない。もしアストと知らないうち知り合っていたとしても水崎フィウとしてであったはずで、ならばはじめにアストがフィウの名を知らなかったことが不可解となる。つまり、アストが「フィーラウ=チェーデ」を知るよしはないということだ。

「チェーデって一族は今のところ、少なくともこの国とその他の大国には存在しない」

「え?」

「俺が今日まで調べてたことだよ。で、限定的にチェーデが存在する地域があるらしいんだが……それがどこだかまだわからないんだよなぁ。ただ」

 ユサグスはそこで一度言葉を止め、冷め始めたコーヒーを煽った。とん、とカップを置くとまた続ける。

「俺の両親はそこにいるんだ」

 決然とした声音に、やはり王の気質は消えていない。その瞳は、遠いどこかを睨み付けるような力強さと、正義ではないのだろう愛憎を秘めた煌めきを纏っている。

 フィウは、すぐにはユサグスが何を言ったのか理解できなかった。何度か思考の中に反復させると、また問いを発す。

「エイン様と、サエッタ様がですか」

「様付けはよせよ。あいつらにゃもう一般人扱いされる価値すらない」

 ユサグスが即位したのはたった二年前であり、それより少々以前からフィウは騎士であったため、ユサグスの両親に仕えていたこともある。エインとサエッタはそれなりに働き、それなりに指示を得、それなりに反感も得ていた力強い王と妃であった。それなのに、本当に突如、二人は城から姿を消し行方不明となったのだ。未だ消息の手がかりはなく、進展しない捜索は続けられている。

「あとな、これをフィウに言っても仕方ないとは思うんだが」

「はい」

「“呪われた者の姓”なんだとよ。チェーデってのは。だからお前を苗字で呼ぶのに気が引けてな」

 不思議な感覚だった。だって、すんなり納得してしまったのだ。自らが得体の知れない禍つ者であることに。

 何故自身のような一般的な身分であったはずの少女が、エインによって王家直属騎士に選ばれたか。そして最近ならば、何故自身のみがアストを受け入れられないか。ずっと疑問だったのが、ほんの少し解に近づけた気がした。

「驚かないのな」

「納得しました。……私だけなんです。一般階級で騎士になったの」

「そういえばそうか……あいつら、フィウの素性知ってたわけか」

 ぼやくようにして呟き、どこか忌々しげに目を細めたユサグスに、フィウは改めて問う。

「エインさんとサエッタさんは、一体何者なんですか」

 気にならないわけがなかった。フィウも知らない自身の故郷に行った二人で、仕えていたのに突然いなくなった二人で、フィウを騎士にしてくれた二人で、ユサグスが恨む二人が何者なのか。

 ユサグスは、その問いかけにやはり良い顔はしなかった。苦虫を噛み潰したような表情で、彼はゆっくりと間をおいて答える。

「魔法が大好きだった、たんなる逃亡者だ」

「魔法って……?」

「さぁな。俺にゃよくわからねぇよ、わかってるのは……」

 おもむろに、ユサグスは掌を掲げてみせる。そこにすいと辺りの光が集められ、周辺は薄暗く、一点は眩くなっていく。景色の明度が収束する様子に、フィウの視線と意識が吸い込まれ、目が離せなくなる。

 輝く光はあまりに神々しく、惹かれるもので、知らぬ間に胸が高鳴った。

「これがその一種ってだけだ。うちの血が濃い奴らはだいたいできる」

「見たこと……ありません」

「見せたことないからな」

 ふっと光の玉がほどけ拡散し、辺りの景色は元の明度を取り戻した。ぼんやりとした夢を見ていたような感覚がぷつりと途切れ、フィウは数回瞬く。眼前で繰り広げられた不可思議な現象に向けて遅れたように沸き起こるのは、苦しいほどの懐かしさ。ようやっと納得ではなく実感する。自らが異質であること。

「歴史で言うと、俺達ユーツァはこれができたから周りの奴らに崇められて王になったんだ。俺達だってこれがなんだかわからないのにな。……だからあいつらは魔法を調べてた。そんで何か掴んだのか、勝手にどっか逃げてった。まあ俺も同じか。さっさと王権を切り捨ててあいつらの行方を調べてる」

 そうか。だから、自分が呼び出されたのだ。フィーラウ=チェーデが。

 最後にユサグスは言った。「また呼ぶ。とにかくアストには気を付けとけ」と。




 城へ帰還すると、フィウは何を迷うでもなくアストのもとを訪れた。だだっ広い廊下を足早に進み、最奥の部屋をノックして中に入る。

「なに言われて来た?」

 フィウが顔を見せるなり鉄砲のように飛んできた質問に、フィウは暫し硬直した。何を言ったらいいのか、何か言ってもいいのか、どちらも図りかねて。

 椅子を引きながら立ち上がったアストは、フィウの眼前まで歩み寄ると、何気もない口調で事も無げに促す。

「大丈夫だよ。だいたい予想はついてるし、なに言われてもなんかするつもりないから」

「予想……?」

「まああいつがどこまで言ったかは知らないけど。とりあえずさ、お前がフィーラウなんでしょ」

 問う前に答えを突きつけられ、フィウの息が詰まった。

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