人と神が分かち合うこと
王城の庭は広い。そして多少見晴らしが悪い。なぜなら、敷地を囲むようにして等間隔で大量の木々が立ち並んでいるからである。常緑樹である銀木犀の林の脇に設置されている花壇の煉瓦に腰掛け、フィウはなんともなしに木々の緑を見上げていた。白と灰色を基調にした普段通りの騎士服姿で、ただし首には白いマフラーを巻いている。吐く息は白い。だって、まだ夜明けすぐのころであるから。
「ふぃーう。おはよう」
早朝の冷ややかさの中、フィウに近づく人影。白と緑を基調にした騎士服の上に、さらに暖かそうなベージュ色の上着を羽織っている。やはり冬の朝の寒さは極まる。
「やっと来た、アルモ。おはよう。どうしたの? 改まってこんな時間に待ち合わせなんて」
「うん……あのね、聞きたいことがあるんだ」
寒風が、まだ何もない花壇の土を撫でる。
アルモからの質問にだいたいの予測をつけたフィウは、暫し考える。言うべきか、そうではないのか。
「いいよ。なに?」
答えは簡単だった。別にアルモに知られたところで、別段困りはしない。むしろ、親友相手に隠し通すほうが大変だ。
「ありがとう……。フィウは、何者なの?」
全て話せばいい。
フィウの悴みたどたどしかった滑舌もほぼ和らいだころ、アルモとフィウは花壇の縁に隣り合って腰掛けたまま、暫し沈黙を共にした。日差しが出てきたため、先ほどと比べれば少し、空気が暖かいように思える。もしくは体が慣れたのか。
フィウがついと隣を見やれば、アルモはがばりと頭を抱え震え声で宣う。
「アストくんが、年上だった……」
絶望的な様子だった。
「うん、言うと思った」
何があろうとアルモは幼少の男子が大好きである。フィウは小さく苦笑し、「でもまぁ、アストが餓鬼なことに変わりはないでしょ」と、さらりと騎士としてはとんでもないことを口走る。その顔を見て、すぐ立ち直ったアルモは首をもたげてみせた。切り替えが早い。
「いいの? フィウはアストくんと一緒でも」
青紫の瞳に捉えられる。フィウは即答で頷いた。
「アストがアストなら、いいと思ってる」
「かっちょいいねー、フィウ。さすが神様だよ」
聞くと、アルモは冗談めかして笑ってみせた。
「魔力量以外、違いはないんだけど」
「こらーマジレス。……でもびっくりだなあ。王族とそのへんの家系に魔法があるっていうのは知ってたんだけど、大元があったんだね」
「そうだね……私、魔法のことなんにも知らなかったよ」
「知らなくてもいいんじゃない? どうせ、使えても使わないよ。みんな」
「アルモは使えるの?」
ウィラークは比較的王家に近い血筋である。アルモが知っていたということもその辺りの所縁なのだろう。
「ああ、全然だめ。父の兄弟は全員できたらしいんだけど、子供は揃ってからきし。別にそれでも困らないと思うんだけどなんか悔しかったんだ。だから私は剣始めたんだし、おにぃも銃始めたんだし」
「そうなんだ」
適当な雑談のようなそうでないような会話が続くうち、寒風は多少なりとも気にならなくなっていた。とても何気ない様子で、アルモがフィウへと問う。
「フィウは? 魔術ってどうして覚えたの?」
「私? なんだろう。みんな使えるの当たり前だったし、気がついたら使ってた気がする……」
「うーん。ねえねえ、ちょっとだけ見せてよ。すごく興味あるの」
アルモの懇願に、フィウは数秒間黙考する。軽々しく見せていいものではないだろうとは思うのだが、しかし、おそらくそうしなければこんな突飛な話は信じてもらえないやもしれない。現にアルモを見るには半信半疑のようで、フィウはしぶしぶ頷きを返した。
「……わかった。じゃあ、」
キョロキョロと辺りを見回してみて、なにか変化をもたらしたとして最もちょうどよく小規模で、尚且つ解りやすいだろう代物はすぐ眼前にあった。まだ何もない花壇の土だ。種はもう撒かれていると知っていたフィウは、その一輪に向けうたってみせる。
“未だ眠る命よ。ひと足早く目覚め、その最も艶やかな姿を見せよ”
むくり。フィウ達から最も近い土の一点から、茎が伸び子葉がぱっと開いて、みるみるうちにさらに茎を伸ばし葉をつけて、最後には華やかな花弁を開かせた。数秒のうちにそこまで成長した花はしかしすぐに枯れようとはせずに、美しい花をつけたままにぴたりと停止した。
本来なら春、もっともっと暖かくならなければ咲かない花の姿を見、フィウは成功に安堵し、アルモは青紫の瞳を見開く。非科学的にも過ぎる事実が、間違えようもなくそこに展開されたのだ。百聞は一見にしかずというもの。
「す……すごいねフィウ。やっぱり本当に神様なんだ」
「あはは……。人間でも魔力が強ければ、これくらいは出来ると思うよ」
「へぇー。不思議!」
ひとしきり言葉を交わしてから、フィウはまた花に語りかけるようにして呪文を説く。
“あるべき姿に戻れ”
花と、その脇にたたずんでいた二人が、寒気に押し負けて暖かい場所へ戻っていった。