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姫と王

 日暮れ時、寒風が静かに吹き付ける城下の道路を、アルモとレイニが歩いていた。空に雲はなく、まだ残る弱々しい日照りが街並みを照らしている。庶民的なワンピースに帽子を被り、髪は全てそこに仕舞ったレイニの菫色の瞳が、暮れ泥む光を受けて輝いていた。

「ウィラーク卿、私をお友達として扱って。私もそうするから。お気を楽にね」

 そう笑顔で言われてから出発したアルモだったが、はたしてどう接すればよいのか解らない。しかし、レイニは楽しげにアルモへと話しかける。

「どんなところなの? 従兄さんのお店は」

 澄んだ声に合わせて、なんとか取り繕う。

「普通の喫茶店ではあるんだけど、変なところにあるから気を付けた方がいいかも。路地裏の中だから」

「そうなの。でも、大丈夫ね?」

「うん」

 何かあったらお守りしますよ。そんな意味を込めて頷き、二人は路地裏に入った。アルモは慣れた道を、レイニは慣れない道を行く。薄暗い細道に気を張りながら、特に問題もなく店の看板を掲げた灰色の家宅に辿り着く。少し待っていてと告げると、アルモは店先に近づいた。

 パン! と、勢いよく扉を開く。

「おにぃ! いるーっ?」

 客と間違われないためにいつもこうして勢い勇んでいるのだが、はたして在宅しているだろうか。すると、「あ、はーい」と中性的な声が耳に届いた。いるようだ。

「ゆーさんとりーは少し待っていてください」

 そんな台詞と共に、奥からエライスが顔を出した。アルモによく似た白桃色の髪に青紫の目。従兄だが、二人の外見は双子のようだった。

「アルモ、どうした?」

「ユサグスさんいるよね?」

「うん」

「どうしても会わせろって人がいたから」

 途端に奥の方でガタッと音がして、ばつの悪そうな表情をしたユサグスが転がるように飛び出てきた。久々に見る顔に眠気はない。焦りだけが見てとれた。

「あー……ウィラーク、一応聞くけどそれって、」

 言葉は続かなかった。店先にいたはずのレイニがアルモに勝る勢いで店頭へ突入してきたからである。あっとも言えないうちに、レイニはユサグスへ飛び付きそのまま押し倒した。

「ユサグスーっ! 久しぶり、会いたかった!」

 知ってはいたのだが、見たことはなかった。そうアルモは思う。レイニは兄であるユサグスに溺愛だとか。

「わかった。わかったからとりあえず離れろレイニ。落ち着け。はい立って、深呼吸。すってー」

 ユサグスのレイニをあしらう手際の良さに、

「慣れてますね」「慣れてんな」「見たことはなかったよ……」

 三人がハモった。

「はいてー」

 普段のおとなしく淑やかで可憐なレイニの印象は、アルモの中では今、正反対に切り替わったのだった。しかし、美形であることに変わりはない二人が並ぶ光景は圧巻である。

「ふぅ……。それでね、ユサグス!」

 輝かしい明るさを湛えてなにかを切り出そうとしたレイニに、ユサグスは何を言う暇も与えず返答を寄越した。

「駄目だ」

「まだ何も言っていないのに」

「俺がわからないわけないだろ。――駄目だよ」

 ユサグスの声は至って真剣で、レイニは視線と肩を落とした。

「そう言うと思っていた。でも私は、ユサグスの役に立ちたいの。だから」

「だからって、レイニが王権を捨てちゃいけないと思うんだが?」

 その言葉に。

 突如訪れた、完璧な沈黙。アルモの中には少なくとも、微かな驚きが満ちていた。そして納得。そうか、レイニはそのためにユサグスに相談に来たのか、と。空気が沈んでゆく。

 ユサグスの目的も、フィウがユサグスや客人と何を話していたかも、すべてアルモは知らない。だから、何を言うこともできない。気を落としているレイニと難しい顔をしたユサグス、自らが仕える(た)二人に何も出来ないのは、少しばかり寂しかった。

 そんな空気をぶち壊したのは、アルモは知らない少年……リールの発言である。

「へぇー、お二人さん王族なんだな。へぇー。すげぇや」

 空気が一気に和み、晴れやかな味を帯びる。天才的な声音だとアルモは感服しつつ、空気の読めない少年だと苦笑した。そして、それから内心身悶えた。可愛い。

 べし、と控えめに隣にいたエライスにつつかれる。自分はにやけてしまっているらしい。

「俺は“だった”だぞ、リール」

 彼はリールと言うらしいことをアルモは知った。うん、可愛い。そう思っているとまたつつかれる。律儀な従兄だった。

「んなもんおんなじだろ。すげぇわ、セレブなんだなゆーさん!」

「今は違うんだが」

「へっ、よく言う。ゆーさんは道端の雑草食ったことねぇだろ?」

「はは、そうだな」

 言ってユサグスは、この上なく優しい目をした。その場の皆が息を呑むような、どこか次元の違う目付きをした。

 やはり、伊達に世界の頂点で世界を率いていた者ではないのだと、痛感させられる。それなのに、何故、彼は王権を捨てたのだろう? 確かにアストの資質は抜群であり、ユサグスすらゆうに凌駕するカリスマ性を保持している。が、それでも、彼だって紛れもない“王”なのだ。

 不味い草すら食むような生活をしていたらしい少年への哀憐は、ユサグスの表情からすぐに消え去った。

「まあさておこうか。レイニ、話を聞け。今俺は、アストの経緯と目的について調べている」

「え?」

「権利は捨てるな。俺はしばらくここにいるから、情報を探って、たまに報せてほしい。ばれても仕方がないんだが、まぁなるべくばれないようにだ。……それで納得できるか?」

 菫色の瞳が見開かれぱちぱちと瞬いて、首をかしげ、やがて、その口元がほころんだ。

「ええ! ユサグスのためになにかできて、また会えるのなら、それがいい!」

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