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笑顔は語る

 エライスは、少年を連れてやって来た。やはりエライスも男性である。両手に少年を引っ掛けて、暴れるのを諦めたらしい少年を持ち上げたまま運んできたらしい。

「情報漏洩してしまったら商売になりませんからね。まああなたも大変なのはわかりますが勘弁してくださいませ」

「へいへい……」

 そんな会話を続けながら、エライスは少年をやっとこさカウンター席へと下ろし、息をついた。

 相変わらずくすんだ緑色の髪に、真紅の目。服装は大きな薄汚い茶色のセーターにぼろ布をよったような灰色のズボン。いかにも貧しげな出で立ちの少年は大人しくそこに座り込み、ぼそぼそと口を開いた。

「で? なんだよ。どんな説教したって、解放されたら僕はあれを売りにいくつもりだ。どうする気だよ」

「そうですね。とりあえずあなたのお名前を教えてくださいますか?」

「は。……リール」

 仏頂面のまま、不機嫌そうに少年はそう名乗った。リール。なんとなく女の子のような名前だ。ぼんやりとフィウは考え、二人の対話の成り行きを見守る。

「ではリールさん。あなたは金銭的にお困りですね?」

「嫌味かよ。見りゃわかんだろ?」

「確認しただけですよ。ご立腹なさらず。……あなたが養うべき仲間とか、いらっしゃいます?」

「ねぇよ、んなもん。あったら苦労するか!」

「すみません。なら決まりですね。リールさん」

「は?」

「リールさんはうちのセキュリティに太刀打ちできたんです。素晴らしいですよ。……リールさん、うちの従業員になりましょう」

 リールは目を丸くして、暫しぽかんと口を開けた。しばらくして、それまたしばらくすると、訝しげに尋ねる。

「お前正気か?」

「うちの商品盗めたのリールさんだけですよ? その力、買いました」

 実に楽しそうに笑いかけるエライスは、商売については何を惜しむこともないらしくどうやら本気である。大した心構えだった。

「……住んでいいのか」

「そちらに。いきなり押し掛けてきて住みこみしてる人が一人いますし」

 エライスはちらりとユサグスへ視線をやった。リールも微かに覗き見たが、どうやらユサグスの顔は知らないらしく驚嘆の反応はない。

「僕子供だぞ」

「ユーツァに子供が働いてはいけない法律はありませんよ」

「働けばいいのか」

「ええ。働けば」

「マジで?」

「私があなたを騙して利益がありますか?」

「ねぇな」

「よし。……それでは、りー。そう呼びますよ」

 エライスはそこまでの就職面接を終えると、端正な笑みでフィウたちへと振り返った。その笑みの端正さこそが、彼の彼たる彼らしさである。フィウは苦笑した。

 ユサグスが眠気を取り戻した目付きでエライスへ視線を送る。そして口を開いた。

「お前、店のためならガキでも使うって根性だけは男なんだな」

 それ以外の文句はないようだった。こちらも相変わらずである。

 フィウは、そろそろ邪魔になるかと静かに席を立った。

「とか言ってるあの人がゆーさんです。机で寝てたら起こしてあげてくださいね、りー」

「はぁ?」

「ああそれと、うちで働くならその言葉づかい直しましょうか。……明日は閉店ですね」

「は?」

「1日レッスンしますよ」

「…………」

 リールが白旗を上げたのを尻目に、さて帰るかとコートに手を伸ばして、

「水崎さん、お茶飲んでいかれませんか?」

 エライスの営業スマイルに捕獲され、フィウは頷きながら降参したのだった。



 アストが即位していくらかが経った今も、もとからの王族たちはユサグス以外はこの城に問題なく暮らしている。王族が神のように、はたまた芸能人か何かのように扱われているユーツァでは、未だ元来の王族たちの人気の高さも続いているのだった。

 その中の一人に、レイニという王女がいる。国民からの愛称は紫姫。王族の間では「あだ名だけダサい」と評判の彼女は、愛称どおりの外見をしている。菫色の瞳に菫色の長い髪と真っ白な肌。着飾るときは勿論紫色の衣装を纏う。老若男女問わずレイニの人気は飛び抜けていて、それは外見から来るものが七割として、残りは彼女の性格からだろうか。

 そんな彼女が、白のブラウスにラベンダーのロングスカートという庶民的な出で立ちで、ある部屋を丁寧に三回ノックした。こうして彼女がほとんど着飾りたがらないこともまた、国民からの人気を集めている。

「はい。……れ、レイニ様! どうなさいましたか?」

 顔を出したのはアルモ=ウィラークだった。白桃色の髪を今は後ろ上方で縛り、騎士服姿である。

 レイニは柔らかく淑やかに微笑んだ。なんとも完成された仕草に、アルモであれど息を呑む。

「突然お邪魔してしまってごめんなさい。一つお聞きしたかったの」

 甘く澄んだ声が、丁寧ながらも親しみやすい口調で言葉を綴る。アルモは、なるべく失礼にならないよう気を張りながらも、和やかな心地で対応した。

「私にお答えできることでしたら」

「ありがとう。あのね、ウィラーク卿は、ユサグスの居場所をご存知でしょう?」

 そう確認するように問われて、アルモは言葉に詰まってしまった。

「仰有れないの? それなら、それでもいいのだけれど」

「いいえ、申し訳ありません。……ここから数分の場所です。ご説明致しますか?」

「あら、いいのね。でもそれなら、ご案内お願いできるかしら? 私が一人で外にはお伺いできないから」

 困ったように眉を下げてみせながらも清楚さを失わない微笑みに、アルモは無言の威圧感を感じて、刹那的に息を止める。そして吐いて、そっと頭を垂れた。

「仰せのままに」

 今のユサグスに王権はない。しかし、レイニにはある。自分は騎士である。どちらの都合を優先すべきかなど、考えるまでもなく明白だった。

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