プレイ方法
プレイ方法
あるところに、一人の勇者がいた。
その勇者の前には、もう一人、自分とは別のプレイスタイルを貫いている勇者がいた。
ここは旅人の酒場。世界を支配している魔王を倒すべく、勇者の駆け出したちが日夜ここに集い、共に魔王を倒すパーティーを組もうとしているのだ。
その酒場の席の一つで、二人の勇者駆け出しが討論をしている。
「やっぱりね、あたしはもたもたプレイなんてしてないで、サクサク先に進んでいくべきだと思うのよ」
その席に座っている、少しちびっこくてつるぺた気味な、しかしキレイな顔をした少女の勇者が口を尖らせて言った。
「行く先々の街で情報や武器を取りそろえたり、モンスターを倒してレベルアップしていくのももちろん大切なことよ。でもね、そんなことをいちいちしててもキリがないじゃない。あたしたちは勇者なのよ。一刻も早く人々を救わなくちゃいけないの。自分の力を信じて、ガンガン突き進んでいくべきなのよ」
「いや、そうじゃない。君のプレイスタイルは間違っている」
その少女勇者の向かいに座っていた青年の勇者が反論した。
「勇者って言うのは、いついかなる時も完璧な体制を整えて魔物を倒していくべきなんだ。その町で装備出来る最大限の装備を整える。レベルアップも限界ギリギリまで行う。こういう準備をきっちりしてこそ、人々の希望を担う立派な勇者になれるってものなんだよ」
「そんなことはないわ。いつまでも一つの町に留まって、格下のモンスター相手に延々と経験値稼ぎを行う勇者なんて、みっともないだけよ」
「何事にも下積みは大切だろう。レベルアップがなければ、魔王を倒せるはずがない」
「あたしたちは神さまに選ばれた勇者なの。下積みなんて必要ないわ。それに、最近は魔王も老衰で弱ってるって言うじゃない。そんな相手、修行なんかしなくたって楽勝よ」
「……」
「……」
そこで会話は止まり、酒場の席に険悪な雰囲気が流れ始めた。
「どうやら、あたしたちは両者ともに相容れない存在のようね」
やがてどちらが先ということもなく、お互いが席を立った。
「あたしはあなたのやり方が正しいとは思わないし、あなたもあたしをそうとは思えない」
「ああ。そうみたいだな。紹介してくれた酒場の主人には悪いが、俺と君とでは相性が悪すぎる。とてもパーティーは組めないな」
青年が首を振りながらそう言うと、少女はきゅっと気の強そうな目を青年に向けた。
「あたしはあなたより先に魔王を倒して、自分の正しさを証明してみせるわ」
「君のような人間には絶対、無理だね」
「ふん、せいぜい言ってなさい」
こうして二人は別々の道に分かれていった。
少女はその町を離れ次の町に足早に向かい、青年はしばらくその町に留まって修行を続けることにした。
少女の勇者としての道のりはその後、困難を極めた。
何しろろくな情報収集もレベルアップのための鍛錬もせず、行く先々ですぐさまダンジョンに突入していくのだからたまらなかった。致命傷を負いかけたことは一度や二度ではないし、普通に出現するザコ敵にも殺されそうになる。武器は弱すぎて使い物にならず、魔法を憶えていないから回復もまともに出来ない。
そして、ついに、あるダンジョンで、少女は一匹の魔物に八つ裂きにされてしまった。
少女は薄れゆく意識の中で、あまりにも焦りすぎた自分のプレイスタイルを悔いた。
あっけないゲームオーバーだった。
その後、商人や村人を通じて、自分と討論した少女勇者が死亡したというウワサが、青年勇者の耳にも入ってきた。
「……そうか。やれやれ。バカなやつだな……」
青年勇者、その話を聞いて同情したような顔をする。
「だからあれほど言っておいたのに。魔王を倒すっていうことは、一筋縄じゃいかないことなんだ。鍛錬に鍛錬を重ねて、慎重に慎重を心がけてやっと成る、もっとも難易度の高い超ハードモードなクエストだって言うのに……」
と、そこまで言いかけて、青年はふと顔をうつむけた。
「……しかし、これは他人ごとでは済まされないことだな。人のふり見て我がふり直せとも言う。俺の心にもどこかに焦りがあったかもしれない。そろそろ出発しようかとも思っていたが、もう少しだけ修行していこうか……」
その頃の青年は、少女がたどった道のりの半分も、まだ攻略していなかった。
到着した町に付けば住人全員から必ず話を聞き、最高の武器を取りそろえ、その地域のモンスターを一撃で倒せるレベルまで修練を積むのだから、時間がかかるのは仕方がなかった。
それでも、青年は自分のプレイ方法が間違っているとは思っていない。
「……そうだ。俺はどこかで自分の力に慢心していたな。この程度ではダメだ。もっともっと、修行を積んでいかないと……」
青年はそう言って、その町の近くにあった、もう何十回と潜っていったダンジョンに、再びこもることにした。
このダンジョンには、すぐ逃げるが上手く倒せば大量に経験値を落とす敵がいて、そのためいくら同じ場所に留まっていても、効率よくレベルアップが出来るのだった。
青年はそのダンジョンでひたすらに修行を重ねていった。倒しても倒してもまだ倒し、もはやその敵を絶滅させてしまうのではないかという程に狩り尽くした。そのたびに青年の体には確実に経験値が貯まり、青年は強くなっていく。
「しかし、自分が強くなるだけではダメだ。武器も一流のものをそろえなくては……」
青年は、その点でも努力した。モンスターが落とす素材を一つ一つ丁寧に収集し、その素材で最高級の武器を作った。素材が百個必要だと言われれば百個集め尽くした。あの町にいい鍛冶屋がいると聞けばすぐに飛んでいった。娘を助けてくれれば世界に一つしかないアイテムをやろうと言われれば、即座に助けに行った。お金が必要ならばいくらでも貯めたし、課題を出されればいくらでもクリアした。
さらに青年は、魔王の軍勢についての情報収集も欠かさなかった。
どうやら最近、弱った魔王を見かねた魔王の部下たちが、魔王の派閥を離れて新しい支配方針の派閥を作っているらしい。この派閥に上手く取りいれば、楽に魔王のもとまでたどり着けるかもしれない。この攻略チャートは使えそうだ。いや、こういうルートで行ったほうが安全か?それともこっちか?
青年は、努力し続けた……。
それからかなりの月日が流れ、青年は、ようやく出発の決意を定めた。
青年の体はもう鍛える余地がないほどに鍛えられ、武器は最高級のもので固められている。
さらにウワサによれば、魔王の力はここ最近さらに弱まっているとも聞く。もはや負けるということはないだろう。魔王のゴチャゴチャした派閥なんかも、まとめて片付けてやる。
「完璧だな。ここまでくればもう、何を恐れることもないだろう。さあ行こう……」
青年は自信に満ちた足取りで、かつて少女がたどった道を歩んでいった。
修行の余地がない程に熟練した青年の腕前の前に敵はなく、むしろ相手が弱すぎて青年の方が少し戸惑うくらいだった。
そうやって進んでいった道のりの途中で、青年は、かつて討論した少女の亡きがらを発見した。
憎たらしくも可愛らしかった少女の体は、今では無残な白骨をさらすだけの存在となってしまっている。
「……そうか。こんな弱いやつらに、君は殺られてしまったのか……」
その悲しげな死体を見下ろして青年はつぶやく。
「哀れだな。俺の言うことを聞いて、俺とパーティーを組んでいれば、死ぬなんてこともなかっただろうに……」
青年は、その少女の遺体を、丁寧に衣で包んでやった。
「まあ、心配するな。お前の無念は、この俺が晴らしてやるよ」
事実その通り、修行を重ねた青年の前に敵はいなかった。
青年はトントン拍子でダンジョンを攻略していき、そしてついに魔王の城までたどりついた。
「ようやくここまで来た。今までの苦労が、ここでついに報われる」
魔王の城は恐怖と憎悪の権化のような恐ろしい建物だったが、青年は恐れずに中に入っていった。
「さあ、出てこい魔王。ここがお前の墓穴だ……」
青年は奮い勇んで魔王城の中に入っていった。
が、しかし、外見とは裏腹に、魔王城の内部はひっそりとしていて、人気がなかった。
城の内部にも、ほとんど魔物の姿は見えない。
「ん?んんん?」
青年が首を傾げていると、一匹の弱そうな魔物がひょこひょこと青年のもとに近寄ってきた。
青年が剣を構えると、魔物は手を振って、いやいやと笑う。
「お止めなさいお止めなさい。あなた、そんなことをしてもね、もう手遅れなんですよ」
「手遅れ?どういう意味だ」
青年が眉を歪めると、魔物が悲哀を込めた表情を青年に向けた。
「あなた方人間はまだ知らないでしょうけどね、つい先日、魔王さまは寿命で死去されたのですよ。後に我々部下たちを残してね。で、その部下たちの間の会議で、これからは人間との共存共栄方針でやっていくことが決まったそうです。魔王さまの従来の支配方法に反発していた派閥の連中が、権力を握ったんでね」
信じがたい魔物の話を聞いた青年が目を丸くすると、魔物はため息を一つついて述べた。
「もう魔物と人間が争う時代は終わりを告げるそうですよ。あなた、もう少し早くこの魔王城に到着していれば、魔王さまを自力で倒せることも出来たでしょうに。惜しかったですね」
青年の剣が、かちり、と音を立ててうめいた。




