弱体化の呪い
弱体化の呪い
あるところに、一人の勇者がいた。
そのいかにも歴戦の英雄といったような立派な格好をした勇者は、ある日、モンスターから受けてしまった呪いを解除するために町の施薬院へと立ち寄った。
施薬院の院長と面会した勇者が困り顔で院長に話し始める。
「先生。何とかこの呪いを解いてください。本当に困ってるんです。このままじゃ、まともな冒険が出来ません」
勇者の言葉に、院長は落ち着いて対応する。
「まあまあ落ち着いて。いったい、どうなさったとおっしゃるのですか」
その呑気そうな院長の対応に、焦った様子の勇者は声を尖らせた。
「どうなさったかですって。この僕の姿を見ればわかるでしょう。呪いをかけられたんです。魔物に、弱体化の呪いをかけられてしまったんですよ」
「弱体化の呪いですか」
院長がオウム返しに口を開くと、勇者は勢いづいて続けた。
「そうです。弱体化の呪いです。ほら、見てくださいよ。僕のこの姿。僕の剣、盾、よろい。僕の装備品のすべてが呪われてしまったんです」
院長が勇者に言われて見てみると、なるほど。勇者が身につけている神々しい模様や刻印が刻まれた立派な武具たちが、すべてよどんだ色をして、今にも消え入りそうに半透明に透けてしまっていた。
院長はその装備品をしげしげと眺めてつぶやく。
「立派な装備品ですね」
院長のその一言に、勇者はふふんと鼻をならした。
「そうでしょうそうでしょう。何しろこの装備品たちは、僕の今までの度重なる困難の末に獲得してきた伝説の武具たちですからね。険しい山を越えて、錬金術士に貴重な素材を渡して、巨大な竜を何匹も何匹も倒して、ようやく手に入った装備品たちなんです」
「ふむふむ。で、その装備品たちが今、そのように呪われてしまっていると」
勇者は院長の言葉に、うんうんと大きくうなずく。
「ええ。ほら、見てくださいよこの有り様。せっかくの素晴らしい武器たちが半透明に薄らぼけて、何だかこのまま消えて入ってしまいそうな感じでしょう。装備品が弱体化されているんですよ」
「なるほど。おっしゃられることはよくわかりました」
院長は勇者の言葉を理解するも、その後に少し首を傾げる動作をした。
「……しかし、あなたがかけられた呪いとは、本当に弱体化の呪いなのですかな」
「何言ってるんです。他に何があるって言うんですか」
院長の一言に、勇者が再び声を荒らげ始めた。
「僕は今まで、筆舌に尽くしがたい苦労をして、鍛錬に鍛錬を重ねてようやくこの装備をそろえてみせたんです。魔王も倒せるくらいにレベルアップもした。エンディングも近い。それがこんなところで中断されちゃ困るんですよ。先生、何とか僕にかけられた呪いを解いてください。僕を本来の姿に戻してください」
「そこまで仰られるのなら、わかりました。あなたの呪いを解いてあげましょう……」
院長がそこでぶつぶつと、聖なる解呪の言葉を唱え始めた。
「……さあ、これであなたにかけられた呪いは全て解けましたよ。どうぞ、目を開いてみてください」
勇者は院長にうながされて、ゆっくりと自分の目を開いた。
すると、勇者が今まで身につけていた神々しい立派な武器は全て消滅していた。
勇者の姿が、先程までとは比べるくもないような貧弱な姿に変わってしまっている。
「先生、これは一体どういうことなのです。僕の伝説の剣は。盾は。よろいは」
勇者が驚いて院長にたずねると、院長は少し苦笑いをして言った。
「あなたの呪いは、確かに全て解きましたよ。まだ駆け出しの冒険者だったあなたは、旅先で幻術の魔法を使う魔物に呪いをかけられて、今まで自分のことを歴戦の勇士だと思い込まされていたのです。しかし、これであなたはもう正常です。あなたの本来の姿に戻ったのですよ」
勇者はそう言われて、自分の今の境遇を完全に思い出した。
ぼろぼろに錆びた切れ味の悪そうな銅の剣に、へこんで使い物にならなさそうな盾。一張羅のマントに、小銭が少々。まだ修行の足りていない、レベルの低い弱々しい肉体。
この勇者の旅は、まだ始まったばかりであった。