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死刑囚の扱い


 死刑囚の扱い



 あるところに、一人の村人がいた。


 その村人は、死刑囚だった。

 各地の村々を襲い、略奪放火を繰り返し、女子供をさらって売り飛ばす極悪の人間。朝は村人として身をごまかし、夜になると強盗と化す凶悪犯。死刑も止むを得なかった。

 その死刑囚は監獄に入れられていたのだが、ある日、教会に輸送されることになった。

 死刑の前に神さまのお説教でも聞かせるのだろうか、と、死刑囚は車の中で思った。

 「……は。まったく、何が神さまだ。くだらねぇ……」

 死刑囚は運ばれている車の中で、ぶつぶつと文句を言い始めた。

 「俺たちから絞りとった金で、立派なもの建ててるような連中じゃねえか。何が神さまだ。何が教会だ。教会なんざ、くそくらえだ。くそくそ。畜生、死にたくねえなあ……」

 文句を言っても仕方がないのだが、しかし言わずにはいられなかった。

 「……そうだよ。畜生。勇者さまが魔王を倒してからというもの、ずーっと平和な世の中じゃないか。教会なんざもう必要ねえってくらい、いい世の中じゃねえか。俺が少しくらい悪いことしたっていいだろ。魔物に襲われてた昔に比べりゃどうってことないだろ。畜生。こんなことで殺されるなんて、あんまりじゃねえか。畜生、畜生。死にたくねえよお……」

 死刑囚が身勝手な理屈をつけて騒いでいると、車はやがて目的地の教会に到着した。

 教会の中からにこにことした、いかにも人の良さそうな、清純無垢な風貌をしたシスターが出てきた。

 けがれを知らないと言った形容がいかにもぴったりな、美しいシスターだった。

 その美しいシスターはそのゆったりとした表情を崩さないまま死刑囚に話しかけた。

 「ようこそいらっしゃいました。迷える子羊。私はあなたを、心から祝福いたします」

 「何だと。もうすぐ殺される死刑囚に向かって、祝福もくそもないもんだ」

 死刑囚の乱暴な口調に、シスターは若干、陰りのある表情を見せた。

 「そうおっしゃいますが、しかしあなたのしたことは許されることではないでしょう。甘んじて罪を引き入れるべきだとも私は思うのですが」

 「何だ。許されたって、いいだろ」

 死刑囚がここぞとばかりに大声を張り上げた。

 「勇者が魔王を倒して以来、ずっと平和な世の中が続いている。魔物の数は減る一方だし、どこの国の軍隊も傭兵もへなへなしていくばっかりだ。だから、俺はそんなふぬけた世の中に刺激を与えてやったんじゃないか」

 「刺激ですか」

 シスターが聞き返すと、死刑囚はうんうんとうなずいて続けた。

 「そうだ。刺激だ。俺はこの世界にいい刺激を与えてやった。俺が起こした事件によって、その地域の人間どもは気を引き締めたことだろう。こんな平和な世の中でも、やはり事件は起こるのだという貴重な教訓を学んだことだろう。いいことじゃないか。俺はこの世界にとって有用な存在になっている。俺は価値のある人間なんだ。そんな俺を死刑にするなんて、間違ってるんだ……」

 好き勝手にわめきたてる死刑囚を、シスターは複雑な顔つきで眺めた。

 「それがあなたの持論ですか」

 「ああ。そうだ」

 「では、お逃げなさい」

 「何だと。おい、今、何て言った」

 一気にまくし立てた死刑囚は、そこで目を丸くしてシスターの言葉を聞き返した。

 「ですから、お逃げなさい、と言ったのです」

 シスターはそう言って、教会の中央にある台座をゆっくりとずらした。

 台座の下には、地下へと続く階段が隠されていた。

 「ここから出て行けば、この町の外へと出て行けます。どうぞ、そこから外へ出て、あなたの好きにお過ごしなさい」

 「本当にいいのか」

 「あなたの言うことにも、確かに一理あります」

 死刑囚が信じられないといった表情で叫ぶと、シスターはゆっくりとうなずいた。

 「今の世の中は魔物が減って穏やかになっていく一方です。犯罪も事件も激減し、剣の扱い方を忘れるような人もいるこのご時世。そんな中であなたのような人間の存在というのは、実は貴重なのかもしれません。ここは私が上手くやりますから、どうぞお逃げなさい」

 「そうか。すまないな。じゃあ、お言葉に甘えるとするよ」

 言うが早いが、死刑囚は飛びつくように階段に走り、地下へと逃げ去っていった。

 「……は。ははは、はは。まったくあのシスター、何てお人好しでバカな奴なんだろう」

 地下通路を通り抜けていく最中に、死刑囚はウキウキした口調で笑い始める。

 「あんな適当な言葉を信じやがって。人を疑うことをまるで知らない。イノセント丸出しのバカ。バカ聖人。平和ボケとは、まさにあのシスターのことだ。よし、見込まれたからには、ご期待に答えてやろうじゃないか。人生楽しもう。悪逆の限りを尽くしてやるぞ。酒、女、ギャンブルに金、暴力、ケンカ……」

 そんな死刑囚の笑い声が遠ざかってゆくのを見届けて、シスターはゆっくりと台座を元の場所に収めた。

 シスターの隣には、いつの間にか、荘厳なよろいに身を固めた聖騎士が座っていた。

 シスターはその聖騎士に向かってつぶやく。

 「……これで、よろしいのですね」

 シスターの問いかけを聞いた聖騎士が、満足気にうなずく。

 「ああ。それでいい。その階段の出口に、勇者さまのパーティー一行がちょうど通りかかっている頃のはずだ。あの死刑囚は勇者さまに退治され、勇者さまのいい経験値になってくれる……」

 聖騎士の男のうなずきを見て、シスターも同じように首を振った。

 「ただでさえ減少している魔物の数をさらに減らすよりかは、有意義な経験値稼ぎのモンスターとなってくれるわけですね」

 「ああ。まったく、あの死刑囚の言うとおり、今は平和ずぎる世の中だ。魔物の数は年々減少の一途をたどり、どこの国の軍隊も傭兵も、その影響でなまっていく一方。かの勇者さまでさえ、最近は剣が鈍っているという体たらくっぷり……」

 聖騎士の男は一つため息をついた後、さらに述べた。

 「……しかし、それではいけないんだ。魔王が滅びたとはいえ、またどこから新しい魔王が出現するともわからないこの世界。勇者や錬金術士や戦士、魔法使いといった職業の面々には、常にレベルアップをするべく経験値を貯めていてもらわなければ。いざというときにみんなレベル1でしたでは、困るんだ」

 「それにしても嫌な仕事ですね。魔物の数が減っていく一方の世界で、こんな仕事まで我々に託されている」

 シスターの歪んだ眉を見た聖騎士が、そこでもう一つ大きなため息をついた。

 「そうだな。魔物の代わりに、魔物のような人間を勇者さまの前に出現させなければいけないのだからな」


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