表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/10

闇堕ちシスター


闇堕ちシスター



あるところに、一人のシスターがいた。


その美しい容貌のシスターはある日、薄暗い魔王の地下牢で、一人の人間の客と出会った。

その客は、勇者のパーティーであったにも関わらず、魔王の陣営に寝返ったということで評判になっているシスターの元に、話を聞きに来たのだった。

 以下は、そのときに客がしたためた、闇堕ちシスターの言語録である。


……はい。初めまして。そうです。私がシスターです。

え?ウワサを聞いてやってきた?

あら、そうでしたか。こんな薄暗いところに、わざわざどうも。

ふふ。いいんですよ。遠慮なんて、なさらずに。

ふふ。ええ。どうぞ。上がって、上がって。

こんな遠いところまでわざわざお話を聞きに来るなんて。物好きな方なのですね。

それで、私のことは、どこまでご存知なのですか?

え?……ええ。はい。そうですよ。

それで大体合っています。そうです。そうです。

勇者のもとを去って、魔王さまに新しく使えることにした闇堕ちシスター。

ええ。そうです。その評判で、間違いはないですよ。

ふふ。そうです。私がその闇堕ちしたシスターです。ふふ。

それで、こんな闇堕ちした情けないシスターのもとに、あなたは一体、何のご用なのですか?


その客が、「あなたが勇者を捨てて魔王のもとに走った理由が知りたい」と述べると、シスターは少し目を丸くした。


……え?私が、いかなる経緯で魔王さまの配下に入ったかが知りたい?

……ふふ。そうですか。物好きな方なのですね。ふふ。

神を捨てて、魔王さまの配下に入った、こんな薄汚いシスターのことが知りたいだなんて。

もう、身も心も、すっかり汚れてしまっているのですよ。私。

そんな少女のみっともないお話が聞きたいんですか?

あまりいいお話ではないかもしれませんよ?それでも聞きたいんですか?

……聞きたいんですか。そうですか。

わかりました。お話しますね。

……え?その前に、私の肌のお話ですか?

そうですね。私の肌。


そう言ってシスターは、褐色に光るつやつやとしたなまめかしい自分の頬をなでた。


ええ。神に使えていた頃、私の肌は、それはそれはきれいな白い肌だったんですよ。

透き通るみたいだって、ほめてくれる方も大勢いました。ふふ。

もっとも、今では魔王さまの魔力に染められて、全身、日に焦がされたような褐色の肌になってしまっていますけどね。

ふふ。今じゃ見る影もありませんね。こんなシスター。

みっともない。ふふ。

でも、この肌も、嫌いじゃないんですよ。私。

え?どうしてかって?


シスターはそこで、客を誘惑するような上目遣いを見せた。


……だって、こんな清純そうな格好をしたシスターの肌が、燃えるような褐色の肌だなんて。ちょっと興奮してきませんか?あなた。

……え?しない?そうですか。

ふふ。残念ですね。ふふ。

……そうでした。私が、神を捨てて、魔王さまのもとに走ったときの話でしたね。

いえいえ、全然そんな、大した話ではないんですけどね。

ええと、どこからお話したものでしょうか…………。


シスターはそこまで話してから、一旦言葉を区切り、ふうとため息をついた。


……そうね。では、まず、私が神に仕えていた頃の話からしましょうか。


そして、つややかな自分の手と、そこから伸びる黒い爪に目を落とし、ゆっくりと語り始めた。


私は、まだ魔王さまの配下でも勇者さまのパーティーでもなかった当時、ある海辺の小さな教会におつとめしていました。

ええ。そう。世界の状況は、今とそれほど変わってはいなかった時です。

魔王さまが世界を征服なさろうとし、勇者がその魔王を退治しようとしていた時代ですね。

ふふ。その頃の私は毎日教会に祈りを捧げて、世界が光に満ちますようにとお祈りしていたのですよ。

今じゃ見る影もありませんけどね。ふふ。

……まあとにもかくにも、私はそうやって、世界の混沌を憂いて、一刻も早く平和が訪れるよう、神さまにお祈りをしていたのです。

そんなある日のこと、私の教会に、勇者さまが現れました。


シスターの目が、わずかに赤くまたたいたようだった。


勇者さまが来た時、私は、それはそれは驚きました。

だってそうでしょう?

私のつとめているような小さな教会に、世界の運命を統べる勇者さまが一体何の用事なのかって、思うじゃないですか。

しかも勇者さまは、にこやかに笑われて、私を迎えに来た、などと仰られるのですね。

……ええ。そうです。

私たちの教会というのは、実は、魔王に対抗すべく、勇者さまのサポートをつとめられるような人材を育てるための教育機関だったのですよ。

初めにその話を、神父さまから聞いたときはもう本当にびっくりしました。

だってそんな話、私、今まで一回も聞いたことなかったんですもの。

そして勇者さまが私たちの教会に現れた日の夜、神父さまが私に告げられたのですね。お前は勇者の血を引く一族。勇者さまとともに歩み、魔王を滅せよ、と……。

ええ。それは腰が抜けましたよ。ええ。

だって私はそんなこと、今まで意識したことがなかったんですから。

でも、私は勇者さまとの同行を心に決めましたよ。

いえ。決めさせられたと言ったほうが正しいのかしら。

何しろ神さまのお告げですからね。はい。抗えるなどとは、思いませんでした。そのときはまだね。ええ。

そうして、私と勇者さまとの、冒険の旅が始まったのです。

勇者さまは私を優しく守り、魔物を次々と退治し、旅は順風満帆に……。

……行けば、良かったんですけどね。

……ふふ。世界って、これでどうして、難しいものでしてね。

なかなかそう、思うとおりに上手くは行かせてくれないんですよ。ふふ。


そこでシスターが、何とも言えない影のある笑みを客の前に出した。


……勇者さまは、まぁ、ある意味、英雄らしいと言えば英雄らしい性格とも言えるのでしょうが、何と言うか、少し粗雑なお方だったんですよ。


シスターが、白い牙を少しむき出して笑った。


何しろ、新しい町についてもろくに情報収集はしない。

まともな準備もせずダンジョンに乗り込んで行く。

得たお金はすぐ酒場や高級な宿屋に費やす。

そういう冒険方法で、進んでいくようなお方だったんですね。

……ふふ。ええ、そう。そんなやり方だったから、冒険もあまり上手くはいかなくてね。

大変でしたよ。

すぐ勇者さまは魔物に殺されて、その後ろにいた私もついでに殺されてしまうのですからね。

何しろその魔物を倒すために必要な経験値がもう、圧倒的に足りていないわけですからね。これはもう、殺されます。手も足も出ずに、殺されるわけです。

そして気がついたら、教会の中の、いつの間にか入れられていた棺の中で生き返っているのですね。

ふふ。あの棺から生き返る感覚というのは、何度やっても慣れないものです。

ええ。いや、そうですね。あなたには体験しようがないでしょうけども。

……はい。そうですよ。

そのようにして生き返れるのは、神からの命を受けた勇者の一族だけなのです。

私たち神のご加護を受けたものが死ぬと、そうやって、生き返らせられるのですね。

「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない!」とでも、言うんでしょうか?

ふふ。私にはそのような声、一度も聞こえてきたことはありませんけどもね。

……まあ、そんなわけで、逆に言えば勇者の一族というのは、どんなに荒っぽい冒険をしても、何度も何度もよみがえれるわけです。

勇者さまもそれがわかっていたから、あれほど命知らずの冒険をしていたのですね。

……でも、私はあまり、そのような冒険は、気持ちが良くはなかったのですよ。

……ええ。そうですね。

何しろ、私は小さな教会で小さく育ってきたシスターでしたから、そのような恐ろしいことは極力、身に浴びたくはなかったのですよ。

一言で言うと、恐ろしかったのです。

魔物も、勇者さまも、冒険そのものも、そして殺されてゆく自分も、恐ろしくて仕方がなかったのですよ。

……勇者さまの破天荒さに、私の小ささは不釣り合いでしたんでしょうね。

当時のことを思い返すと、怖くて、怖くて、今でも身が強ばってしまいそうです。うぅ。

……いや。私だって、それなりに努力はしてきたのですよ?


シスターが、微妙にくだけた笑いを作った。


ええ。何しろ、私も腐ってもシスターですからね。

私は天に祈りを捧げることで、勇者さまの痛みを和らげること能力を持っていたのです。

だからそれで、何度も何度も勇者さまの体力を回復してきました。

これでも精一杯、努力してきたんですよ?私。

本当に、魔力が尽きるまで、精根尽き果てるまで、ずっとずっと勇者さまのためにお祈りを捧げてきたのです、私。

……でも、やっぱり勇者さまはメチャクチャで、私のそんな努力も虚しくすぐ死んでしまわれるのですね。


シスターが、また小さくため息をついた。


……そのうえに勇者さまは、お酒グセもあまり良くなくて、なけなしのお金を使って酔っては、私に文句を言い出すのですね。


シスターが、机の上に置かれていたカップを左手で手持ちぶさたにもてあそんだ。


お前に魔力がもっとあったら、俺は死なずに済んだ。

お前にもっと魔法の技能があったら、あのとき上手くいった。

お前のせいで、俺は何度も死ぬハメになった。

そういったことを、つとつとと述べられるのですね。勇者さまは。

そんな日々が続いていく中で、正直、私は、もう疲れ果ててしまったのですよ……。


そう語るシスターの表情には、どこか切なげで、はかなげだった。

しかしそれでいて、どこかに魔物のような嗜虐的なものも含まれているように見える。


……そんな折でしたね。魔王さまの使いが、私のもとに現れたのは。


シスターの声の音量が、そこでわずかに上がった。


そう。その方は、ヘビの形をした魔物でしたね。

その方は、へとへとになっていた私にこう告げたのです。

もし今の境遇がいやなら、魔王さまのお側に来ないかと。

魔王さまはお前を大切にする。魔王さまはお前を前線に出したりしない。

魔王さまはお前のその美しい従順な意思を尊重する……。

と、まあ、こんな具合に。

ヘビの提案は魅力的でしたね。

何しろ私、もう本当にその頃は、心身ともに疲れ果ててしまっていたのですよ。一日に五回は死んで生き返るような冒険の旅をしていましたから。その頃は。もう本当に、辛くて辛くて仕方がなかったのです。本当に。

ええ。だから迷いましたね。迷いましたとも。

……しかし、私はやっぱり勇者の血族だから、ぐっとこらえて、一度は断ったのですよ。

だから再び、勇者さまと旅に出ることにしたのです。

……でも、それでも勇者さまはやっぱり乱暴で、私の話などはお構いなしに無謀な冒険をして、そして私ともども、死んでしまわれるのですね。

そんな冒険を繰り返していたある日、私にとって、決定的な事件が起きたのです。

またいつものように教会に戻って、棺から目を覚ましたときでしたね。

私はもう心底うんざりしながら、棺から体を起こしました。

すると、同じように棺から出てきた勇者さまが、どうしてあのとき回復しなかったんだと言って、私を殴ったのですね。

その理不尽さに、私は愕然としてしまいました。

魔力などもうとっくに尽きていたのに。

あなたが無謀な冒険をしたせいなのに。

私の心は、その時、この肌のような怒りの色に染まったわけです。

そして、私の心は決まりました。

……以上で、私が魔王さまのもとに来るまでのお話は終了です。

……ふふ。ごめんなさいね。こんな暗い話。つまらなかったでしょう。ふふ。


シスターが、自分の手元に置かれていた赤い血のような色をした紅茶を、ゆっくりとすすり始めた。

 

ふふ。ダメですよね。こんなひどい話。ふふ。面白くなかったでしょう。ふふ。

……え?じゃあ勇者さまはどうなったんだって?


その客の質問を聞いたシスターが、そこで整った口元を奇妙に歪めた。


……ふふ。そうね。肝心な点を忘れていましたね。ふふ。

……あのとき、棺から出てきた勇者さまが、私をはたいたという話はしましたよね?


客がうなずくと、シスターは、赤い瞳をさらに赤く燃やした。


……そう、そのとき。

そのときの、一瞬のことだったのですよ。

これが一番の、私が魔王さまのもとに行く最後のきっかけとなった出来事なのです。

私もそのとき、そうとう頭に血が昇っていたんでしょうね。

……勇者さまを、装備していた銀のナイフで刺してしまったのです。


赤い紅茶が、かすかにざわめいたようだった。


……そして、勇者さまはあっけなくその場に崩れ落ちました。

私はその後、大変なことをしてしまったと身が震えました。

神を裏切っただけでは済まされない。

勇者さまを、この手で殺してしまった。

しかし勇者さまはすぐに生き返る。

そうしたら、もう一度棺から目を覚ましたこの乱暴な勇者さまは、どんなふうに私を責めるのか。

どんなふうに私を罵倒するのか。

どんなふうに私に暴力を振るうのか。

それを考えただけで、もう私は怖くて怖くて気が狂いそうでした。


シスターが、昔を懐かしむようにふるふると首を振った。


……そうしておたおたしていると、いつの間にか、私の元にあの時のヘビが来ていました。

ヘビはそこで、私に適切なアドバイスをくれたのですね。


魔物と化したシスターの鋭い歯が、鈍く光ったようだった。


勇者さまになじられるのがいやだったら、お前がその勇者さまを封じ込めるしかない。

私はもうその頃になると、この暴力的な勇者さまが本当に恐ろしくて仕方がなかったのです。

だから私は、ヘビの言うことに従うことにしました。

勇者さまが眠っている棺の中に、土をたっぷりと入れて。

その上に、勇者さまが起きて来られないよう、大きな石の重しをいくつもいくつも乗せて。

縄でくくりつけて。縄でくくりつけて。

そして私は、魔王さまのもとに旅だったのです。

……ええ。私。ちっとも後悔なんかしていないですよ。

私は、私がいやでない方向に進んだだけですから。

今では魔王さまのために祈るのが何よりの楽しみになっていますしね。ふふ。

嘘じゃないですよ。ふふ。ふふ。


シスターは笑いながら、もう一度、赤い紅茶のカップに手をつけた。

その手は、何かに取りつかれでもしたかのように、小刻みに震えている。


……え?じゃあその後、棺の中に押し込めたままの勇者さまはどうなっているかって?

……そうですね。どうなっているんでしょう。ふふ。


シスターは、赤い目を歪めてにっこりと笑った。


……前も言ったとおり、神の加護がついている勇者は死んでも死んでも、またすぐに息を吹き返してしまいますからね。

……ふふ。本当に。本当に厄介な人。ふふ。ふふ。


シスターがそこで、紅茶のカップを床に落とした。

赤い液体が、神経質に暗い床に撒き散らされる。


ふふふ。ふふ。そうですねぇ。

おそらく今も勇者さまは、土の中で生き返っては呼吸できずに窒息死して、また生き返っては呼吸できずに窒息死して……。

そんな工程を、ずっとずっと、永遠に繰り返し続けているのではないでしょうか。

土をしっかり詰めた棺の上には、たくさんの石をくくりつけておきましたから。

自力でフタを外すことは出来ないでしょうし。ふふ。

魔物のみなさんに強力してもらって、使われなくなった井戸の底に落としてもらったから、発見も難しいでしょうしね。ふふ。ふふ。

……でも、仕方ないんですよね。

魔王さまを退治するまでは、神の命に従って何度でも生き返って、また魔王さま退治の旅に出るというのが、勇者の定めなのですから。

勇者と旅に出ざるを得なかった私のように、勇者にも運命の選択肢は与えられていないのですよ。

勇者さまは、ずっとずっとあの棺の中で死に続けるのです。

残酷と言えば残酷な話なのですが。

それは仕方のないことなんですよ。ふふ。ふふ。

……え?

それじゃ、勇者が、あまりにもかわいそうだって?

……ふふ。もちろん、私だって分かっていますよ。

ふふ。何しろ、短い間とは言え、一緒に苦楽を共にした仲間ですものね。

ふふ。もちろん、分かっていますよ。

分かっていますとも。ふふ。ふふふ。ふふ。

ですから私は、今でもこうして、昔と同じように同じ時間に、祈りを捧げているのです。

一番最初に祈る対象は、勇者から魔王さまに変わってしまいましたが、それでも私はその後に、ちゃんと勇者さまの痛みを和らぐお祈りを捧げているのですよ。

ふふ。一緒に旅をしていた頃のときと同じようにね。

ふふ。あの頃のいやな思い出を思い出しながらね。ふふ。

おかしいですよね。魔王さまと勇者に、祈りを捧げるシスターだなんて。

ふふ。おかしい。ふふ。

ふふ。ふふ。ふふ。

ひひ。

ひひひ。


そう言ってシスターは、いつまでもいつまでも笑い続け……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ