5 別れさせ屋
板金塗装小虎屋***
工場内に響き渡る金属音に、塗装工の噴き付けの匀。慈雨が住処にしている弐階に錆びついた鉄の階段を上がって行く慈雨と藍唯。
入口のドア開、藍唯は室内をキョロキョロ視まわしゆっくりと室内に入って行く。
そして、不思議そうに今度は室内を視まわし慈雨の顔を見る。
生活感というのはあまりに不釣合いな、剝き出しの鉄筋に溶接等で出来た家具などが並。
そんな、唖然としている藍唯に慈雨は、ソファーを示唆。
「其の辺、適当に坐ってろよ」
藍唯は、其のジェスチャーに気付きちょこんとソファーに腰掛ける。しかし、藍唯は誰からも見てわかるくらいに心臓の鼓動音が聞こえるほど緊張した。
慈雨は、硬直して動かない藍唯を観かねて、デスクの卓上に置いてあるメモ帳とボールペンを手に取りなにやら書きはじめる。
その書いたメモ帳とボールペンを藍唯の坐っている目の前のテーブルに差し出した。
そのメモ帳には、お世辞でも上手とは言えないひらがなで(緊張してるのか?)と書かれている。
『字、汚い』
藍唯は、その下手糞な文字を見て一気に緊張感が解けくすりと笑。
「な、何が可笑しいんだよ」
その慈雨の書いた文字の下に藍唯の書く言葉。
(もっと、頑張りましょう)
「どういう意味だよ」
藍唯は、メモ帳とペンを手に取りすらすらと紙の上を綴る。
(【一念天に通ず】(文字は想いを表現するアート)
「一念天に通ず?」
(やり遂げようとする堅い決意さえ持っていれば、その意志は天に通じて不可能と思われることでも実現できるということ)
「表現するアート……ん? ってこんなことしてる場合じゃねえ 仕事!」
慌てた様子で慈雨は、徐に服を脱ぎ上半身裸になりクローゼットに向う。
目の前でその光景を凝視してしまった藍唯は、頬を真っ赤にして目を逸らし俯いた。
慈雨は、クローゼットの中からスーツとカッターシャツを取り出し腕を通す。罅割れた鏡を見ながらネクタイを締め、長い髪をオールバックにして隣にある南京錠の付いた引出しを開ける。
其処には、沢山の眼鏡やサングラス、時計やアクセサリーなどの貴金属が入っていた。
その中から黒縁の眼鏡とロレックスの時計を身に付ける。
この時計も朱李さんが入手した物……
『どこから入手してきたのか』本人にも聞けない質問其弐
午後参時新宿西口駅、約束の時間まであと二十分
慈雨は、メモ帳とペンを取り、そしてまた藍唯に見せる。(二時間くらいで戻ってくる)
「直ぐ帰ってくるからな、待ってろ」
俯いていた顔を上げた時、エリートの商社マンような慈雨に、藍唯は少しばかり見惚れてしまった。
「じゃあな藍唯、行ってくる」
メモを残し、そう言って慈雨は藍唯を置いて住処を後にした。
『やっぱり字、汚い』
―――三時約束の時間。
新宿西口駅待ち合わせ***
そこに5分前に到着し辺りを見回す。
依頼者の女、タイトなスーツ姿で髪は後ろで束ね眼鏡をかけ薄色の口紅に、如何にもオフィースから抜け出して来ました的な感じ。
「な、なんだ、この説明……」
慈雨は改札付近でタイトなスーツ姿に腕時計を見ながら髪は後ろで束ね眼鏡をかけた薄色の口紅のキャリアウーマンしかも、まさに仕事中。
「……どう見てもあいつじゃん」慈雨は、壁に靠れている其の女に近づき声をかけた。
「赤坂璃子さんですか?」
その女性は、慈雨の呼びかけに振り向き慌てたように返事をする。
依頼者の璃子は頬を赤くして尋ねた。
「あなたが別れさせ屋?」『な、なんてイケメンなの……』
「ご依頼ありがとうございます。別れさせ屋の八洲慈雨と申します」
「は、はじめまして赤坂です」直視出来ず俯く。
「軽く打ち合わせしておくので、【彼】が来る前に予約してあるカフェに先に入りましょう」
そういって慈雨は、璃子の手を取り別れさせる彼と待ち合わせをしているカフェへと向かう。
「!ちょ、手は繋がなくても……」
「これから、彼氏の役をさせてもらうので我慢してください」
その言葉に璃子は、何も言わず頷いた。
『いやそうじゃなくて……寧ろ嬉しいんですけど』