3 綺羅可憐
ピピピピ ピピピピ
東雲、夜の明け方に東の空が明るく白む暁。
一人暮らしをしている慈雨は、家賃壱萬円で塗装屋の弐階を住処にしていた。
午前八時には塗装屋の従業員二名と大家兼代表である三名が出勤してくる。
そう、慈雨の居る場所は、昔代表が住居としていたところ。
当然、代表はbebe姉と親友であり『戦友』
決して快適では橆い部屋も十二年も住めば、使い勝手が決まってくるので不自由等橆い
慈雨は、枕元に置いてある煙草を手に取り壱本取り出し咥えたままキッチンへと向かう。
そこで煙草に火をつけ朝食の準備をし始めた。
朝食は必食べる。
これは、bebe姉からの決り そういった毎日を繰返し多少の料理は出来る様になっていた。
煙草の火が消え終る頃、タイヤの上に鉄板が置かれただけの簡易的なテーブルには朝食が並ぶ。
「いただきます」これもまた決り。
朝食を頂く中、充電してあるスマートフォンの音が鳴。
bebe姉からの連絡《お仕事よんハート 午後参時新宿西口駅 宜しくねんニコ チュ》
「べべ姉……頼むから絵文字とかいれんな」
午後まで何も橆いが、この住居を塗装屋が休憩場所に利用もするので出勤と共に部屋を出る。
別れさせ屋を創めbebe姉が粗方の小道具を用意しており、多少のお金持ちでもわからないくらいのアイテムは持ち合わせていたが、それが正直本物か偽物かと言われたら入手先が朱李さんなのでimitationだろう。
『偽……本人からして怪。 日本人なのに何故片言なのか』
それは、本人にも聞けない質問其壱。
塗装屋の出勤前に部屋を出る。
bebe姉の店は午前四時まで営業しているので閉まっているし 夜の街の夜明けは静寂ともいえる。
こんな時間に涼しくて開いている処。
図書館*** 開。
最近、たまに利用しているのだが一度も本を読んだ事が橆い。
早朝になると流石に誰もいないが、奥に丸い円形の形をしたソファーにいつも坐っている少年。
顔までは見えないが『必、居る』
お返却と書かれたカウンターの前を通り今日もまた本を手に取らず、奥の目立たない席へと着く。
※お客様へ 携帯はマナーモードか電源をお切りください。
スマホをマナーに切り替え慈雨は目を閉じる。
入口の自動ドア 開。
静かな館内に響き渡る足音 コツコツコツ 女性
朝早くからヒールで歩く足音がお返却カウンターで立止る。
ドスン! バサバサバサ
大量の本が返却されカウンターから溢れ雪崩落ちてゆく。
「これ、お願いね」
唖然とする館内員と目の前にある壱百冊ほどの文庫本又小説。
「しょ、少々お待ちください」
「早くして……ね……って、慈雨!?」
館内員と慈雨そして少年しかいない館内に大きな声で響き渡る慈雨の名
ソファーに靠れたまま目を開けると慈雨の前には、先ほどのヒールの女。
「可憐さん……」
偶然だ。
目の前に現れた女に慈雨は硬直し息を呑む。
「あんた、こんなところで何やってんの?」
腰に手をやり【高視闊歩】で慈雨のことを睨み付ける女
綺羅可憐Brigitte Bardotのもう一人のホステス。
夜はBARで働き昼は某出版社で人気作家の編集に携わるキャリアウーマン モデルにも引けをとらない容姿、日本女性らしい艶やかな青糸に隠れた端麗な面。【窈窕淑女】とは彼女のような女を指して言うのだろう。「か、可憐さんこそこんなとこでな……」
その台詞を言い終わる前に綺羅は慈雨の鼻を摘み慈雨に顔を近づける。
「慈雨、お前はなんでこんなとこで膏売ってんだって聞いてんだよ」
「痛ててて 依頼は午後からだからここで涼んでるだけじゃねぇか!」
「お前、昨日お店で揉め事起こしたらしいじゃねぇか、粗方を朱李から聞いたぞ 営業妨害してっと」
―――殺すぞ慈雨。
可憐はそういい残し慈雨の摘んでいた鼻を離し、片目の隠れている前髪をあげ、ピンで止めて 鞄の中から取り出した伊達眼鏡を掛ける。
「じゃあな慈雨、私はこれから出勤だから揉め事起こすんじゃないよ」
そう言ってニコリと笑、可憐は出勤し慈雨は小声で呟く。
「わかてるよ婆……」
入り口に差し掛かる綺羅可憐が立ち止まり、ありえない角度で首を傾け振り向く
「なんか言ったか?」
其、振り返った顔は現代に生息鬼
慈雨硬直。
「!イヤ…… いってらっしゃいって」ハハ
【人の歸する所を鬼と爲す。】
可憐がいなくなった館内に、また静寂された時間を取り戻す。
時間をみれば午前八時、辺りを見廻しても本 本 本 本 少年 本 本。
其日、初めて慈雨は少年が視界に入。
今まで気に留めなかったというのは嘘になるが、此処を利用するようになってからこの少年。
『必、居る』
顔もはっきりと見たことのない、それはまるで此の世の者ではない気もしてくる。
考えるとますます自然に興味が湧き、屍でないことだけを確かめたい。
慈雨はソファーから立ち上がり一番奥の丸い円形のソファーに近づく
もし、少年が消えてしまったらという不安が、現実は消えた方がよかったと変わった。
その少年の本を読む腕は、痛々しくも痣だらけでこれだけの痣があるからには体中だとわかる。
無論、慈雨には触れてはいけない人間。
でも、もう止められない。
其の日、何故俺は話しかけたのかわからない。
「おい」少年は振り向かず本を読む。
「こらシカトか?糞餓鬼」
本に夢中なのでわなく、その呼びかけに『聞こえない』
慈雨は少年の肩を掴みもう一度呼びかけ、少年は驚いた様子で振り返り、慈雨の顔を見上げた。
目と目が合った瞬間少年は慈雨の事を睨む。
その顔は、慈雨の思った通り頬に殴られたような痣、しかし思った以上に端整な顔立だった。
「す、すまん驚かせるつもりはない お前耳が聞こえないのか?って言っても聞こえてないのか……」
睨んでいた顔も、少し困った顔にかわり、慈雨の慌てた様子を察した。
それを知らず意味不明な手振りで伝えよとしている慈雨。
『クスッ』
その慈雨の行動をみて少し微笑む少年、そして笑われたことに気付いた慈雨も少し照れてしまう。「あ……いや 其の……」
慈雨は右手で耳と口を指刺し左手を左右に振る。『耳と口が利けないのか?』
慈雨なりの手振りで少年に伝えた。
其の手振りを見て、少し微笑み少年は頷いた。