1 旱天慈雨
『もう二度と会えないと思っていたから、本当に嬉しい……』
其処には、一つの詩人の詩集が、書店に並べられている。 詩集【天使の言の葉】があった。
その詩集を見て泪が零れる。 胸の鼓動……それが少女の泪を押し流し、乾いた心に溜まり、純潔の泉を創る。 少女はその詩集【天使の言の葉】を手に取りそっと胸に置く。 愛しい人を抱きしめるように温かく優しく”彼”の詩集を抱きしめて――。
『おかえりなさい』
ひとつの物語――。
あれから二年という月日が流れ――。
『私はやっと彼と再会できた』
天使の言の葉。
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2010年、夏の始まり――。
「暑っつぅ…… だからね、アンタもさぁいい加減あきらめたら? コイツは俺の女だっていってんじゃん、頭弱いの? ……あーなんかだんだんイライラしてきたんだけど暑いから? コイツ殴ってい? めんどくせえからボコって、二度と近寄らないようにした方が早くね?」
そういって罵声を浴びせる男は、【別れさせ屋】。 それはうざくなった彼氏、用済みになった男、しつこい勘違い男、そして別れたい彼氏などを謝礼を頂き徹底的に撃退するという謳い文句の商売。
今回も、その依頼を受け別れさせ屋こと【八洲慈雨】は、夏の日差しがもろに射すこの場所にきていた、依頼主の見た目は当然学校にも行ってないであろうギャル風の肉食系女子。 名前はどうでもいいがユリ。 そして、その元彼を日差しがもろに射す公園に呼び出していた。 慈雨とユリを目の前にし、先程まで俯いて一言も話さなかった元彼が、顔を上げたその表情は少し涙目。
「ユリ……なんで……俺のこと好きだって! 超愛してるって言ったじゃん」
「はぁ? マジうざいんだけど、しかもおめ泣いてね? マジキモいから」
そう言い放ちユリは、慈雨の後ろへと身を隠した。
元彼は未練がましくもユリの方へと近づいてくる。
そして慈雨は、二人に挟まれる形になり、目の前に来た元彼をジッと見て考え込んでいた。
『へぇ 元彼、以外にいい物を身に着けてやがる。 BEAMSのキャップに1965年物のボーリングシャツか……』
「てかさ、さっきからあんたも黙ってないでさっさと……」
そのユリの言葉と同時に、慈雨の右拳が元彼の顔面を殴りつけ、殴られた元彼は宙に舞う。
その衝撃で倒れ、地面に叩き付けられた時には気絶をしていた。 目の前で起こった事に唖然とするユリ、その凶暴さに息をのむ。
「あ……ちょっ やりすぎじゃない?」
「はぁ? お前がやれっていったんだろ?」
そう言いながら慈雨は、倒れ気絶している元彼に近づきその場に座り込んで着ているシャツとキャップを剥ぎ取った。
「ん?」『生意気に、肩に墨入れてやがる。なんて読むんだ?』
―――Topaz
「な、なにやってんの? あんた」
「ああコレ? 金にすんの。 BEAMSのキャップはその辺のガキに売りつけてヴィンテージのボーリングシャツは知り合いの古着屋に買い取ってもらう」
「はぁ? 窃盗じゃん! イカれてんのあんた?]
そのユリの言葉に、慈雨の表情が曇り目つきが鋭くなる。 そして、ユリに背を向けたまま立ち上がり空をみてゆっくりと振り向いた。
「てめえみてえに、親に銭貰ってるわけじゃねんだよ、ブス」
「わ、わたし依頼人なんだけど!」
「っせえな、依頼は終了だ」
慈雨は、ユリにそう言い放ち、剥ぎ取ったキャップとシャツを肩にかけ公園を立ち去った。
”八洲慈雨” 正直、この名前も誰が付けたのかもわからない、でも俺は気に入っている。
【旱天慈雨】困った時、手を差し伸べるというときに使う言葉。 そう、それを教えてくれたのは声の出すことのできない藍唯が俺に教えてくれた事。
それは慈雨にとっての”天使の言の葉”。