最後のふたりたち
コン部での宴会は大いに盛り上がり、結局一睡もしないままフラフラで、俺と左は家に向かった。こういう時こそバイクで送ってもらいたいもんだが、柿崎と丹野の奴はツーリング(といってもその辺走るだけ)に行くという。なんとなく面白くないな。
―と、横を歩いていた左が肩をつついた。
「うわぁ…おい右、アレ見ろよ」
「うわぁ…なんだこれ」
見えてきた我が家は相変わらず…いや、違和感を感じてよくみると、玄関の戸が付いていなかった。ぽっかり空いた空洞の横で黒服の一人が警備員の様に立っている。
おそるおそる近づいて家の中を覗き込むと、廊下の壁に穴が開き、遠くに見えるベランダのガラスもガムテープで補強している無残な姿が飛び込んでくる。戦争でもあったのか、コレは。
こりゃ、父さん帰ってきたら卒倒もんだな…。
叔父さんが、ひょいと顔を覗かせた。
「お、太一お帰り。そんなところにいないで入って来いよ」
居間と和室をつなぐ襖が外してあって、一つの大きな広間をつくっていた。部屋の隅でキラキラ光る小さいものはガラスの破片だろう。あーあ、と思って上を見上げれば天井に穴が開いていた。卒倒どころか発狂するかもしれない。
広間にはすでに近隣被害者やその家族の面々が集まっていた。
分裂者は、サラリーマン風のオジサンに小学生ぐらいの男の子、白服のアジトで会った女の子組とお兄さん組の姿もある。棚橋さんとこの奥さんは…今玄関に現れたようだ。台所のカウンターキッチンを講演台代わりにして、黒ボスが注意深げにこちらを窺っている。
「昨日は、ご協力ありがとうございました」
俺達の動きが止まるのを見計らって、黒ボスは真面目な声を張り上げた。
「さて、早速ですが『賠償』の話といきましょう。まず各組1人分の生活費を保障する、とお約束します……おっと、我々の責任は新しく増えた人間だけですからね。もう1方は元からいらっしゃったのだから、これで問題ありますまい」
文句を言おうとして立ち上がろうとした男性は、出鼻をくじかれて大人しく座った。
「そして、被害に合った方々の生活なのですが、このままこちらで暮らしていくのは何かと不便でしょう。そこで提案ですが…」
ここでボスは小さく片手をあげ、それを受け、横に控えていた黒服が何やらプリントを配りはじめる。
芽久野地区案内…?
地区の見取り図に観光用と思われるお散歩コース、ただ一軒ある会社工場の概要(多分今回の原因となったとこだ)まで丁寧に記載されている。あちこちから戸惑いの声が上がる。
全員に紙が行き渡ったと見るな否や、ボスは重々しい声色を作り出して話を続けた。
「よろしければ我々の町で暮らしませんか。
ご覧のとおり山の中にあって不便な事もありますが、会社で働く者達が集まってできた町ですので、幼稚園から中学校までありますし警察消防郵便局もあります。社会人の方は研究所の方に職をご用意します。それに今回の事故の件は皆に周知しますので、中傷被害などは起こらないでしょう。
あ、籍などの書類は、町に来る来ないに関係なく、こちらがなんとか致します。前もお話しした通り、国家関係者にコネがありますんでね」
いかがです?と黒ボスは聴衆を見回したが、誰も何も言わなかった。戸籍関係はそりゃ助かるけれど…どうも話が上手すぎるというか…いや、そこまで好待遇にしないとどうしようもないということに気が付いたのかもしれない。
書類を眺めていた女の子のお父さんが、口を開いた。
「つまり、なんだ。分身した人間をあんたらの会社…いや町が受け入れ、生活を保障するというわけか?2人とも?」
「いらっしゃるのは1人でも両方でもいいですよ。でもご家族の方はご遠慮ください。大事になるのでね」
誰かが不満そうな声を出したが、黒ボスは聞こえないふりを決め込んで言葉を続ける。
「いずれにせよ、今のままここで暮らすのは大変でしょう。金銭的にもね。
そしてお返事ですが、…できれば明日までには決めていただきたい。時間がかかればその分、耳も多くなりますからな」
「すみません、ちょっと質問いいですか?」
叔父さんが手を挙げた。
「ここに2人残る場合も生活保証はしてくれるんでしょうかね?」
「2人とも残る?」
ボスは当惑した顔で叔父さんを見つめた後、他の人間の反応を探るように聴衆を見渡した。あたりには戸惑っている人もいるようだが、叔父さんはそんな空気にも負けず食い下がる。
「ええ。そういうのもありですか?」
「どうかな…考えもしなかった」
「じゃあ、今からそれも選択肢にいれてほしいんですが」
「検討しましょう」
それでは明日ここで、今日と同じ時間に。
黒服がビジネスライクに一礼をして去った後、部屋の中に疲労感が漂った。話し合いというより、ただ黒服が言いたいこと言っただけのような気がする。
それにしてもどうすればいいのかね、これから。
特にやることも思い浮かばす、なんとなく部屋の中を観察していると、白服アジトで共闘したお兄さんが寄ってきて話しかけてきた。
「昨日はどうも」「昨日はどうも」
「え?あ、ど、どうも」「あー無事で何よりです」
左がちょっと戸惑った返事をし、お兄さんたちは「君の方は初めましてか」と少し笑う。俺は、白服に捕まっていた人たちだと教えてやった。お互い簡単な挨拶の後、お兄さん達は声を潜めて用件を切り出した。
「今の話、どう思った?」「今の話、どう思った?」
「なんとも言えないですね」「何とも言えないですね」
何とも言えない…というか、それぐらいしか言えない。その辺は左も同じ意見のようだ。しかしまぁ、案があるだけマシなんだろうけれど。それにしても、明日までに決めろとは些か乱暴だよな。急すぎる。
「俺は2人で行くよ、今の所はね」「俺は2人で行くよ、今の所はね」
おいおい、もう決めたのかよ!
俺達が返事に詰まっているのできまりが悪くなったのか、言い訳するように言葉を重ねた。
「楽に仕事が手に入るのは得なんだ」「楽に仕事が手に入るのは得なんだ」
就職活動期間中だったんだよ。どのみち希望する企業は難しいし、確実に仕事があるなら乗らない手はないさ。
「しかし、あっちの子達はもめるだろうな」「しかし、あっちの子供達はもめるだろうな」
お兄さんたちの視線の先では、白服に捕まっていた女の子達家族と、もう一組、男の子達の家族が、何やらお通夜の様に黙りこくったまま、退席していった。いや、厳密に言えば彼らだけじゃない。サラリーマン達も棚橋さんの奥さん達だって暗い表情をしている。
今までの生活から離れなくてはならないのだ。
新しい町へ行くのか、残るのか。それとも2人とも行かされるのか。そしてそれを誰が決めるのか?
多分、どちらも行きたくはないだろうな、と俺は思った。2人移動なんて、自分から進んで冒険するのは、若くて多少自由の利く人間くらいだ。
子どもだったら親から離れたくないし、親も離したくはないだろう。サラリーマンだって家計を担っているわけだし、棚橋さんの奥さんだって長年住み慣れた家庭から離れたくはないに違いない。
本物と偽物の区別がない以上、余計ややこしくなる。町に行くってことは今までの生活を捨てるってことで…ひいては『自分が偽物である』と宣言するも同じだから。絶対進んで行きたくなんかないだろう。
とはいえ、叔父さんの言葉で『2人残る』という選択肢は増えたけど、果してその通りにする組はいるかね…?
お兄さんと別れの挨拶を済ますと、それを待ちかねたように叔父さんが飛んできた。
「さーて、太一、仕度しろ。温泉行くぞ」
「ああ、温…はあ?!行ってる場合かよ」「ああ、温…はあ?!行ってる場合かよ」
「この家の惨状を見て、お前たちはまだここに寝泊まりしようとか思っている訳じゃないよな?」
叔父さんはワザとらしく片手をこめかみにあて、ヤレヤレと首を振った。非常にムカつくオッサンだ……左と頷きあい拳を握りかためたところで、母さんが玄関から顔を出す。
「2人とも早く準備して。部屋もめちゃくちゃだし、のんびりできないもんね。せっかくの土日だから、たまには温泉でゆっくりしましょ」
一体いつの間に準備したのか、母さんの手には旅行鞄が握られている。決定事項か。部屋から着替えを取ってくる以外なさそうだ。
階段をのぼりかけて、ふと左が立ち止まった。
「なー母さん、この家どうするんだ?」
「大丈夫!修理費出してもらうことになってるから」
修理というより、これはもう立て直しレベルだろ。
…黒服…そうとうな赤字だな、こりゃ。




