左の一日(3)
俺はコーヒーも紅茶も緑茶も好きじゃない。コーヒーは黒いし苦いし、緑茶はクズが気になる。紅茶に至っては色ついた湯じゃねーか。だから、自分的にはサイダーとか振舞いたい気分なのだけど(暑いしな)、物事にはTPOがある。
あの人方3人は紅茶だな。一番準備楽だし。俺も高校卒業までには飲めるようにしといたほうがいいかな。もし仮に万が一ハルちゃんとデートとかすることになって、オシャレな店に入ったとしたら…ハルちゃんがコーヒーなのに俺がコーラだったらかっこ悪いしな。ケーキとか食う店でコーラって…ってオイオイ何考えてんだ。
いい感じに色が付いた紅茶をお盆に載せて、自分の分はちょっと他所向きのグラスにコーラを注いだ。それにしても、母さんは客相手だからいいとして、叔父さんもお茶出しくらい手伝えよな。
「だって……気味が悪かったの……」
一口飲んで落ち着いたのか、棚橋さんはようやく話し出した。
「…鏡みたいに同じことするし…お前は誰だなんてケンカもするし…自分が本物だって…家の中大騒ぎで…同じ顔が2人なんて…
ごめんなさいね、こんな、マンガみたいな可笑しげたこと話してしまって…さっき、手紙が入っていてね…それ読んだらもう…怖くなっちゃって」
お隣でも似たようなことが起こってたんだな。そして手紙というのは…
「これ、ですか?さっき家にもきました」
俺が例の紙を見せると、棚橋さんは頷いた。本当に近所に配っているらしい。ただ一人、状況が分かっていない母さんに手紙を渡して、俺はソファの隅に腰を下ろした。
「なぁるほどねぇ…まぁ奥さん、そう心配しなくても。ほら、『詳しいことがわかるまで』って書いてあるでしょ?きっと手紙の主さんが何とかしてくれますよ。それまで注意深く普通に暮らしていけばいいのよ」
母さんは気楽な感想を述べる。
「で、そういえば、おばぁちゃんは?」
「探しに行っちゃったわ…お義母さん、どっちも同じでしょって言っていたのに…。だって、ねぇ。宇宙人かもしれないとか言われたら…怖いでしょう?…だから、私」
んーイマイチ話が分かるようでわからない。
まだ気が動転しているのかなんなのか、思いつくままに話しているから、時系列が分かりにくいんんだよな。叔父さんもかすかに首を傾けて、棚橋さんの方へ身を乗り出した。
「棚橋さん、すいません。そもそも……誰が2人になったんです?誰が宇宙人とかいう話をして、そしてどうしたんですか?おばぁちゃんは何を探しに行ったんです?」
「今日ね、お昼ごろに若い…といっても3~40代ぐらいの男の人が来てね、近頃変わったことがないですかって。雷だか電磁波だか何だかの影響で、普通じゃ考えられないようなことが起きている可能性もあるって」
白い方だ、と叔父さんが俺に耳打ちした。
イッてる方か。確かに昼間っからそんな文言で訪問してくるなんて正気じゃないわ。
「…私は私でそれは間違いないのに、向こうは譲らないしお義母さんも『どちらも貴方に見える』って言う。
でも、そんなはずないじゃない?そう思っていたんだもの、どこかに連れて行ってくれるというならお願いするでしょ?人間じゃない、宇宙人かもしれないとか言われたら、そりゃあ、早くどこかへやってくださいってなるでしょう?」
棚橋さんは一気にしゃべると、急に黙り込んで顔を伏せた。居間が静まりかえる。
俺は何と言っていいのかわからなくて、ただじっとテーブルの上のコップを見ていた。
自分そっくりの人間が現れた、理由も何もわからない。そこに事情の知っている第3者がやってきて『偽物』を何処かへ連れて行ってくれるというなら、そりゃ提案にのるだろう。多少の引っ掛かりはあったのかもしれないけれど。ひとまず解決したと思っていたところにあの手紙か。
「私は、私を殺してしまったのかもしれない」
棚橋さんはぽつり呟いた。
それから数分後…。
俺はソファから離れてキッチンへ避難していた。居間には居づらい。
あれから棚橋さんとこの奥さんは再び泣き出して、母さんが慰めている。ティーポットはサイドテーブルに置いておいたから、各自勝手に飲むだろう。
それにしても、昨日叔父さんのメール受け取ってから今までの間に、随分と色々な事が起こっていたらしい。右の奴、それならそうと俺に教えてくれりゃいいのに。スマホもPCも家にあっただろ!!
……PC
そうだ、あの手紙は印刷されたものだ。右が作ったんならPCに形跡が残っているかも!
俺は、まだしんみりと会話している居間をこそこそ横切って、家族用PCの前へ座った。電源を入れて、windowsの起動画面を眺める…。叔父さんも居辛いのだろう、いつの間にか後ろにやってきた。
「なんだ、心当たりあるのか?」
「昨日さ右の奴PCいじってたか?これプリンター印刷だろ、ここで作ったのかも」
「いやー…俺は使ったけど。この近辺の地図描いたんだよ、結構いい出来でさ。あ、その『TIDU』って奴、見て見て」
「知らねーよ。しかもDじゃなくてZだろ……えーと、とくにワードとか使った形跡はないな」
叔父さんは残念そうに前を見ていたが、やがて何かを思い出したように画面に顔を近づけた。
「太一、俺が送ったWEBメールはどうやって確認したんだ?」
「学校の……そうか、アイツもしかしたらコン部にいるのかもしれないな」
……いるんなら、だ。
俺はすぐにフリーメールを起動した。
案の定、下書きが残っている。俺なら絶対何か残すと思ったんだ。本文表示、っと。
『左へ
もう聞いているかもしれないが、闇討ちがあったので、俺は家を出た。
悪いけど明日も学校よろしくな。
それとデジカメとか買うのに貯金、全部おろしたから。一応報告しとく。
なんか収穫あったら教えてやるよ。
じゃーな』
俺 の 金 ― ! ! !
20万はあったはずなのに、いや待て待て…闇討ちってなんだ。聞いてねーぞ!
問いただそうと口を開くより先に、叔父さんが鋭い口調で指示を出してきた。
「『仲間は棚橋さんのお婆ちゃんではなく、奥さんだった』って残してくれ。ついでに、『その一人が連れて行かれた』ってことも」
「何でばあちゃん疑ってたんだよ?つーか闇討ちって?」
「送信済フォルダに何か残ってないか?」
質問に答えろよ、じじい!
フォルダには、今日の午前中に送信されたメールが残っていた。宛先は、中学の時の友人5人。一斉送信ではなく個別に送っている。
内容は例の手紙と同じ文面の他に、何も聞かずこれを印刷して配ってほしい事(1人1人範囲を指定してる)終ったらメールを削除してほしい事、お礼にモス(俺の財布に大打撃!!)を奢ることが書かれてあった。
「この友達は同じ学校か?」
「違う…柏月とか広工とか行ってる奴ら」
「偏差値いいとこじゃん。へぇ、メールを消せ、か。それに違う学校…右なりにリスク対策はしたんだな」
褒め言葉が出てきたので、俺はちょっと驚いて叔父さんの方を振り返った。さっきまでキレてたくせに。
「まー、良いんじゃないか?白組織と黒組織は、この手紙をつくった犯人も探さないといけなくなったわけだ。向こうからしてみれば、自分たち以外に詳しい事情を知っている奴は目障りだろうし…ある意味、陽動だな」
「これから、どうする?」
「こうなった以上、何もすることはできないか。手紙の効果もどうなるか分からんし。大人しくして様子を見よう」
「俺たちは大人しくできるけど」
おそらく右はノリノリだろうな。と、同じ俺である俺は予測がついた。
ただ、叔父さんの言うような、陽動作戦までは考えていないと思う。頭悪いし。
あの手紙は、同じ分裂者とその家族へのメッセージなんだ。今の状況を何とかするからもう少し頑張れという、文面そのままのメッセージだ。
そして、そこまで言う以上、右は本当に何とかしてやろうと思っているに違いない。
俺も混ぜろよ…。
まあいい、まずは叔父さんに今までの事をきちんと聞くまでだ。絶対右からは連絡が来るだろうから、それまでにこちらも事態を把握しとかないとな。




