左の一日(2)
いつもと変わらない教室、授業風景。何、この心落ち着く生活…!気にしてないつもりだったけど、奇異の目や噂は知らぬ間にストレスになっていたらしい。うるさい雑音がなければ、あっという間に一日終わりだ。
柿崎はカバンに荷物を詰めると、キョロキョロと誰かを探し始めた。
「あ、なーなー丹野、これから部し…」
「悪いが」
丹野は、相変わらず愛想のない顔で、ぴしゃりと言い切った。
「今日は会議やるから、無関係者は立ち入り禁止」
「会議ってことは…他のコン部の奴も集まるってこと?うわー見てぇー」
「見世物じゃないんだよ、ノー天気野郎。そういうわけだから、さっさと帰れ」
そう言い捨てて、彼はさっさと教室を出て行った。
「ノー天気だって。どうせなら天真爛漫って言ってほしいよなー」
ネットやりたかったのに、と口をとがらせる。昨日の今日で早速利用しようという柿崎のその図太さは、ある意味すごいと思うけど…。
「そんなに純粋じゃないだろ、お前。帰ろうぜ」
俺はカバンを持つと、田中の席を見た。今朝の奴の様子がちょっと気になったからだ。けど向こうは向こうでスマホをいじっていて、こっちを見向きもしない。
なんのかね。昨日なんかいつの間にか話に加わったりしてたくせに、今日は全く接触してこないでやんの。興味の対象から外れたってことかね。
そりゃ大歓迎だな。
外は暑さもだいぶやわらぎ(とはいっても、最近ずーっと天気悪かった!)俺と柿崎は、いつもながらのくだらないやり取りをしながら帰路についた。球技大会の話、夏休みの予定…。
ほんっと平和だなぁ…。
玄関を開けると、手のひら大の四角い機械を持った叔父さんが駆け寄ってきた。
この人、今日も自宅待機だったんだろうか?大学生は気楽でいいなー、ホント。そんなことを思っている間にも、四角い箱を俺の目の前で上下させている。
「何それ」
「盗聴探知機。…よーし、手を挙げてぐるっと回れー」
「はいはい…って、なんで持ってるんだ、そんなの」
「昔な、探偵にはまってた時期があってさ、でもこんなの普通に電気屋で売ってるぞ。万もいかないし……入ってよーし」
ぜってぇ楽しんでるだろ、おっさん!!
カタン
突然の物音に、俺も叔父さんも止まった。
振り向くと郵便受けに紙が挟まっていて、誰か走り去る音が聞こえる。急いで玄関の戸を開け辺りを見回しても何の影も見えない。
俺はひとしきり道路を睨んだ後、緊張を解いて家へ戻った。
つい反応しちゃったけど別に追う必要はないよな…。盗聴器だの探偵だの不穏な単語を聞いたせいだ。つまるところ、叔父さんが悪い。
今度は探知機の洗礼を受けることもなくスムーズに居間へと入って行くと、部屋の真ん中で突っ立っていた叔父さんが、紙を突きだしてきた。その表情は硬い。
…?さっき入れられた紙か?
えーと……
『3~4日前、異変があった方へ
それは、本物でもなく偽物でもなく、どちらも同格です。
きちんとした対応をしてください。
怪しい組織がこの秘密を嗅ぎ回っています。
元に戻せるなどと言うかもしれませんが確証はありません。
実験に使われる可能性の方が高いです。
そうなったら本当に戻せることになった時
完全にはできないかもしれません。くれぐれも気を付けてください。
何のことか分からない方へ
町内を怪しい人間がうろついています。
異変があった家を教えれば、自分達は平和になる、
と思うかもしれませんが、逆です。
秘密を知っている人間を放っておくでしょうか?
この騒動がこの町内外に知られたらどうなるでしょうか?
お分かりだと思います。
この手紙は近所の家全てに配っています
もう少し詳しいことが分かるまで、今まで通りの生活をお願いします』
おお?
ちらっと叔父さんを見ると、今度は小刻みに震えている。あ、これは本気で怒ってる。
「…… 太 一 の 奴 ――!!勝手な事を!!!」
叫ぶや否や、スマホに穴を開けようとするかのように、叔父さんは親指を連打させてどこかの番号を押した……が、繋がらなかったんだろう。腕を思いっきり振り上げてグルグル回り、やがてソファ目がけてスマホを叩きつけた。
「状況をさらに混乱させてどーするつもりだ!!ああ!!」
最後の「ああ!!」は、投げた力が強すぎてバウンドし、結局床に落ちたスマホへ向けての悲鳴である。
キレてもイマイチ恰好がつかないなぁ…。しかし、右がそんな手間のかかる事するだろうか?
「いや、違うんじゃないの?だって手紙出す理由がないし」
「いーや、『右』太一しかいない。近所中に『うかつな事すんな』ってバラ撒きやがった…異変に気付いていない人間だっていただろうに…そういうのが一番厄介なんだぞ」
「あー、あのメールにあった『ちょっとイッた団体』?」
「…そっか左はそこまでしか知らないもんな。あの後、もう1グループ増えたんだ」
「は?」
「イッった白い集団に、武闘派の黒い集団が加わったんだ」
「何言ってんだ、おっさん」
怪しい奴らがそんな簡単に増えてたまるか。戦隊ものじゃあるまいし。けれども叔父さんの顔は大真面目そのものだ。どこまで本当なんだか、右に確認してみるか。
「……そういや、右は?家にいるんじゃなかったの?」
「会っていないのか?あいつ今朝」
「ただいまー」
叔父さんの言葉を遮るように、母さんが帰ってきた。
「あ、太一。悪いけどお客様なの。お茶用意してくれる?」
母さんに続いて入ってきたのは、ひどく泣き腫らした目をした隣の棚橋さんだった。




