第9話:クロウの天敵
「モモグリさん。ここがモモグリさんのお友達の家?」
「そーよ」
今日はクロウ君を連れて私の友達の家に来ました。ちなみにフリージアちゃんは他の人に見つからないようにクロウ君の帽子の中にいます(中からでも外の様子が伺える魔法をかけてあるらしい)。
やって来たのはウチのアパートと同じくらいボロっちい別のアパート。名前は『今にも崩れ荘』。最悪ね。
『塩田紺』と書かれた表札の前に来て扉を軽くノック。
「紺ちゃぁん。桃栗秋子だよ〜」
中から猪が走るかのような足音と共に扉が開きました。現れたのは髪型を縦カールにした見た目お嬢様です。彼女が塩田紺ちゃんです。
「待ったわよ秋子! 待ち時間の三十分が十年間に感じたわ!」
「そりゃゴメンね。それより……ホラ!」
私はクロウ君を前に引っ張り出した。クロウ君は目をパチクリさせて紺ちゃんを見ています。
「あ、はじめまして。ボクがクロウです。貴女がシオダさんです……よね?」
「あ……あわわ……!」
クロウ君は奇妙な物を見るような目で紺ちゃんを見てます。だって紺ちゃんったらものすごく震えてるんだもん。こりゃあすぐにでも覚醒しそうね。
「このコ、超カワイイんだけど〜!」
「ひ、ひゃーっ!」
やっぱり予想通り。クロウ君は部屋の中に拉致されました。
改めて彼女の紹介をします。
塩田紺ちゃん。私と同じスーパーで働いています。ちなみに紺ちゃんの方が一つ年上。無類のショタコン。
ここに来た目的はただ一つ。クロウ君を連れて来ること。
温泉に行った時クロウ君のヌード写真を撮ったでしょ? あれを彼女に見せたらクロウ君をすごく気に入ったらしくてね、実際に会ってみたいって言ってきたの。
もちろん私はOK。クロウ君に拒否権はないわ。
それにしてもあの様子じゃ予想以上にクロウ君を気に入ったみたいね。さっきからキャーキャーうるさいもん。良いことしたな、私……!
「蒼い瞳。綺麗な金髪。可愛い顔。思わず頬ずりしたくなっちゃう〜」
「いやぁー! このバカ女、クロウに何してんのよー!」
あらあら。紺ちゃんとフリージアちゃんが言い争ってる。見てて面白いわぁ。
「シオダのお姉さん、抱き締める力が強すぎて……ボク、息ができない……」
「お姉さんですって! クロウ君、もっとお姉さんって言ってちょうだい! さあさあさあさあさあ!」
「ぐえぇ……。助けてフリージア……」
「クロウーっ! しっかりしてよー!」
ありゃりゃ。このままじゃさすがにクロウ君は窒息死しちゃうわね。優しい私はクロウ君と紺ちゃんを引き剥がしました。
ちなみに紺ちゃんは腐女子とかいうやつで、ショタコンの他にも男性同士の恋愛モノ、つまりボーイズラブが好きだったりします。私にはその考えが理解できないけど、本人が好きだと言ってるからあまり気にしないでいます。
「いいなぁいいなぁ秋子。こんなに可愛い男の子と暮らせるなんて。羨ましいったら羨ましい」
「欲しいならあげるよ?」
「モモグリさぁーん!」
「はっはっは。冗談に決まってるじゃないの」
クロウ君は本気で焦ってた。そんなに嫌か、紺ちゃんが。一方紺ちゃんはガッカリしている様子。
「じゃあせめて一泊していきなよ! クロウ君だけでもいいからさ!」
「……だってさクロウ君。泊まるなら明日迎えに来るけどどうする?」
「やだやだやだやだ絶対やだ。ここに泊まるぐらいならモモグリさんの暴力に耐えていた方が数万倍マシだよ……」
「紺ちゃん。楽しい夜を過ごすといいわ」
「モモグリさぁーん!」
だから冗談だって。そんなに泣きそうな顔をするほど嫌がらなくても……。
「それにしても秋子。なかなか高性能な人形を持ってるじゃない」
「人形?」
「ほら、コレ」
それはフリージアちゃんよ。
「あたしは人形じゃなくて妖精よ! まあ確かにお人形さんみたく可愛いけども!」
「どこの会社のフィギュア? 私も欲しいな」
「あたしの話聞いてた?」
日はすっかり沈みました。そろそろ帰りたいと思います。
紺ちゃんはクロウ君との別れを惜しんでいたけど、当のクロウ君はやっと帰れるのかと思ってホッと溜め息をついています。
「秋子、またクロウ君と一緒に遊びに来てよ。なんならクロウ君一人だけでもいいけど……」
「謹んでお断り致します」
「じゃ、また仕事場で会いましょ、紺ちゃん」
「はいはい。またねー」
ん〜疲れたけど楽しかった!
でも一つ納得いかないのが、今日は私がほとんどボケてないこと。ハイテンションな紺ちゃんに持ってかれたなぁ。