第7話:楽しい温泉旅行
「温泉温泉楽しいな〜っと!」
どうもこんにちは。クロウです。今回はボク視点でお送りします。
ボクは今モモグリさんの車に乗っています。今モモグリさんが言ったように温泉に向かっています。
なんで温泉に行くことになったのか。それは数日前にさかのぼります……。
商店街で買い物していたモモグリさんは福引き券をもらいました。
そして早速福引きをしました。
「クロウ君。福引きで必ず一等賞の景品が貰える魔法を……」
「基本的にモモグリさんに都合の良い魔法はありません」
モモグリさんは福引きをするやつ(あのガラガラ回すやつ)を勢いよく回しました。回しすぎて玉が三個ぐらい出てきました。その中には一等賞である金の玉も混ざっていました。
「いよっしゃあぁぁぁッ! 私ってスゲー!」
いや、ダメでしょ。ほら、係員も困ってるし。
「お客様、さすがにこれはちょっと……」
「ああん?」
モモグリさん。ガンを飛ばして脅すのは良くないよ。
「本来なら一回回すだけなんですけど、お客様は何回も回したから……」
「だから何?」
「……一等賞は温泉旅行の宿泊券です……」
係員さんは今にも泣きそうだけど、モモグリさんはそんなのお構いなし。宿泊券を受け取ると神風の如くその場から去った。
運転手は勿論モモグリさん。軽快なハンドルさばきで高速道路を疾走しています。
「一番桃栗秋子! 『汽車ポッポ』歌います!」
「イエーイ!」
モモグリさんとフリージアはのど自慢大会を開催しています。二人はノリノリです。
「僕らの希望〜、そして勇気を乗せ〜、汽車ポッポのお通りだっはぁ〜ん。線路に人影が! いかん、急ブレーキだ! 判断間に合わず爺さんそのまま天への片道切符を頂きました〜」
おいおいその作詞はありえないよー! めちゃくちゃ不謹慎!
「アキコさんってば天才ね! あたしの心に響き渡る歌だったよ!」
「ありがトゥ〜ン!」
貴女達は酔っ払ってるんですか? 飲酒運転は罰せられるんだよ。
「二番フリージア。『黄昏フォーエバー〜私の彼は糸こんにゃく〜』を歌わせていただきます!」
「いよっ! 待ってました!」
早く終わってほしい……。
しかしのど自慢はボクの予想に反して約三時間にわたって続けられた。
旅館に着きました。『下暮温泉』と書いた立派な看板が目立ちます。なんだか気持ちの悪いネーミングです。下呂に対抗したいのでしょうか? 是非とも対抗してほしくなかったです。
「Do not move!(動くな!) Throw away arms!(武器を捨てろ!)」 モモグリさん。貴女はどっかの特殊部隊の兵隊さんですか? 旅館の女将さんがものすごい勢いで引いてるよ。
「なぁんちゃって……。予約した桃栗秋子ですぅ」
今更可愛こぶって舌を出してもダメだよ。完全に女将さんは冷たい視線で見てるもん。
ボクらが泊まる部屋にやって来ました。広い畳の部屋です。
モモグリさんは早速ゴロゴロしました。ずっと運転をしていたから疲れたんでしょう。
「うひーっ」
と奇声を発しながらフリージアに地獄車を仕掛けています。
窓から見る景色はそりゃもう絶景で、緑が生い茂った山と陽の光に反射して輝く海が見えました。満足です。
振り向くとモモグリさんはちゃっかりと浴衣に着替えていました。行動が早いです。
「露天風呂があるらしいよ。私の胸の高鳴りは絶頂を迎えているわ。いざお風呂へ!」
モモグリさんは先陣をきりました。そんなに焦らなくたってお風呂は逃げないよ。
「こ、これは……!」
「そんな馬鹿な……。こんなことがあってもいいのだろうか?」
モモグリさんとフリージアは目の前に叩きつけられた現実に困惑している様子。なんとお風呂場には『清掃中』の文字が……。
だけど彼女達はめげなかった。
「こうなったら卓球よ! 卓球で爽やかな汗をかき、気が付いたら清掃ぐらい終わっている筈よ!」
「ナイスアイデア、アキコさん!」
運転で疲れてるんじゃないの?
卓球は凄まじいものになった。
「覚悟クロウ君! 必殺『あのお笑い芸人は、今……!』」
「ほげぇっ!」
技のネーミングはともかく鋭いスマッシュだ。ボクは今のところ一点も取れていない。
それよりもっと凄いのは、モモグリさんはさっきからラケットの側面で打っている。かなりの神業だ。
「どうしたよクロウ君。どうやらチミではこの私にかなわないようだねぇ。くっくっく……」
くそっ、うざったい! 卓球が上手くなる魔法でもあれば……。
結局ボクは一点も取れずに負けた。
「ふふっ。所詮そのゴミのような戦闘力では私に及ばないのだよ」
口調が本当にうざったいです。イライラします。それを察したのか、モモグリさんにビンタされました。ごめんなさい。
「次ぃ! フリージアかかってこいやぁ!」
「いくぜアキコ! あたしゃ負けへんでー!」
あんたら何キャラですか。
「秘技『狂牛病が流行った時期にステーキを食べた私』!」
「なんの! 奥義『フレンドパークをフレンドリーパークと言っちゃう貴方』!」
ドガシャーン!
……っておいおい。効果音が明らかにおかしいよ。卓球じゃないの? よくわからないけどハイレベルな戦いということだけは理解できるけど。
「秘奥義『電気を大切にね。いいとも〜』!」
チュイーン!
「それなら禁術『カップ麺を食べると必ずむせる彼氏』!」
ガキイィンッ!
「キャーッ!」
なんで今の技でモモグリさんが吹き飛ぶの! しかも口から血ぃ吹いてるし! 変人だ! ……あ、ごめん。変人だということは出会った時からわかってた。
「フリージア……。おぬし、ついにこのワシを上回ったか……。もうそなたに教えることは何もないな……。これで安心して死ねるものよ……」
「そんな、アキコ先生! まだ先生から教わることはたくさんあります! まだ死なないで!」
……さて、そろそろ清掃は終わったかな……。あんな猿芝居に構ってられない。
まだお風呂場には誰もいなかった。広い浴槽にボク一人だけ。
凄い。部屋の窓から見たのと同じくらい綺麗な景色が目の前に広がる。ボクの心は癒やされた。
「フリージアちゃん、綺麗だね! ザ・絶景よ!」
「是非とも写真におさめたいね!」
……隣は女風呂なんだ。二人のやかましい会話が、絶景に夢中になっているボクを邪魔する。
「いやぁアキコさん。お風呂の中で泳いでいいの?」
子供かよ。
「しかもバタフライで」
プロフェッショナル!
まあ二人のことは放っておいて、ボクは体を洗うことにした。
「それにしても本当に綺麗ねぇ」
「本当だねぇ」
再び景色を見始めたか。
「綺麗ねぇ、クロウ君の身体」
…………。
ええーっ!
「ちょっ……何見てんの!」
柵から身を乗り出してボクのことを見ているモモグリさん。フリージアは羽根をはばたかせて空を飛んでいる。ボクは手元のタオルで必死に体を隠した。
「あんた男のくせにお肌すべすべじゃないの。お姉さん、嫉妬しちゃうわぁ」
「あたし達、景色を見るのに飽きちゃって。暇だからクロウでも覗きに行くかって話になったの」
二人を追い払うためにシャワーを振りかざして火の玉を飛ばした。でもフリージアがバリアを張ってボクの魔法を防いだ。
「はっはっはー! クロウの魔法なんかアオミドロ並みよ!」
「さあクロウ君。私達を気にせず体を洗いなさい」
気にするよ! 恥ずかしいよ! 顔が赤くなっているっていうのが自分でわかるよ!
のおぉっ! なに写メール撮ってるの! ピロリ〜ンじゃないよ! 逆セクハラだよ! っていうかお風呂に携帯電話を持ち込むなよ!
「はっはっは。後で私のショタコンな友達に送ってやるか。クロウ君よ、感想を楽しみに待っておるがいい」
「ほっほっほ。お主もワルよのうアキコ」
「いえいえ。そんなことないですよフリージア殿」
二人は時代劇ゴッコをしながら戻った。
人の裸を晒すなんて酷いです。あんまりです。後でガツンと言ってやります。