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最終話:忘れないよ

 クロウです、こんにちは。

 この前の実技試験は、巨大なクモの魔物を倒したおかげで最高の成績を残すことができました。こればかりはモモグリさんに感謝しないと。

 そんなモモグリさんは、今戦っています。

「馬っ鹿じゃないのあのハゲ校長! マジでドーナツを一年分送ってくるとかあり得ない!」

 大量に送り付けられたドーナツを相手に。

 さて、今日は十二月二十四日――クリスマスイブです。明日はモモグリさんと出会ってちょうど一年の日で、別れの日でもあります。ボクはマホーツ界に帰らないといけません。

「クロウ君、私はちょっと紺ちゃんと和夫にドーナツを分けてくる(無理矢理渡す)から、帰ってくるまでに準備は済ませておいてよね」

「あ、はい」

 準備というのはつまり、今日は別れの日前日だから遊園地にでも行こうという話になったのだ。行くのはボクとモモグリさんの二人だけなんだけどね。

 出掛ける準備はとっくにできているから、明日この家を出ていく荷物の支度をしておこう。

 着替え、生活雑貨品、日記やドリルなどの宿題――

「クロウ」

「うわっ! あ、カンム先生、いきなり後ろから現れないでください!」

 っていうか不法侵入だ。

「いよいよ明日だな」

「はい。一年経つのって早いですね」

「寂しいか?」

「そりゃあ寂しいですよ。当たり前じゃないですか」

「そうか。それはそうと、最後の試験だ」

 それはそうとって随分と適当だなあ。

 ……って、試験?

「試験なんて聞いてないですよ?」

「そりゃ言ってないから当然だ」

「はあ……。それで最後の試験ってなんですか?」

「これだ」

 カンム先生が取り出したのは長さ三十センチくらいの木の杖だった。

「杖……をどうするんですか?」

「桃栗さんに振りかざせ」

「それだけですか?」

「それだけだ」

 なんだ、えらく簡単な試験じゃないか。

「簡単な試験だと思うなよ」

「はい?」

「その杖は、相手の記憶を消す能力が備わっている」

「……もしかして?」

「桃栗さんの魔法使いに関する記憶を消すのが最終試験だ」

 えっ、それってつまり……。

「当然クロウ、お前のことも忘れてしまうけどな」

「そ……んな……!」

 続けてカンム先生は話してくれた。

 人間界に魔法使いのことが知られていないのは、この試験があるからこそなのだと。

 戦う魔法使いになりたいのなら、いつか必ず酷な選択肢を強いられる時が来る。これはその時のために免疫をつけておくものなのだと。

「先生……もしモモグリさんの記憶を消さなかった時、ボクはどうなるんですか?」

「留年。ちなみに期間は今日中だ」




 わったしっはビューティー桃栗秋子ー。ふんふんふーん。道行く紳士おとこはみんななぎ倒すー。

 いやあ、ドーナツの処理ができたわ。紺ちゃんと和夫にあげても大量に余っちゃったから、職場に置いてきちゃった。たぶんみんなで食べてくれるでしょ。

 さて、早く帰って遊園地に行こうかしらね。クロウ君を待たせちゃったから、急がないと。

「ただいまー! 行くわよー!」

 玄関で叫んだけどクロウ君は来なかった。ありゃ、待ちくたびれて寝ちゃったかしら?

 中に入ると、クロウ君はぼーっと突っ立ったままの状態だった。

「何してんの?」

「…………」

「コラ、聞いてるか?」

「……? うわ、モモグリさん! いつ帰ってきたの!」

「今、ついさっき、数秒前。それより早く行くわよ。支度は出来てるでしょ?」

「う、うん……」

 なにか様子がおかしい……?




 ということで、遊園地に到着。

 入口付近によくあるパンダの乗り物を見つけた私は、嫌がるクロウ君を無理矢理乗せた。そして写メールを撮りまくった。よし、あとで紺ちゃんに送ってあげよう。

「モモグリさん、ヒドイ……」

「なかなかよろしい画が撮れたわよー。で、なんのアトラクションに乗ろうか?」

 遊園地といえばコレでしょう、ということでコーヒーカップにやってきました。

「い、いきなりヘビーなものをチョイスしたね……」

「コーヒーカップのどこがヘビーなのよ?」

「嫌な予感がプンプンするよ」

 コーヒーカップ、始動。

 私はさも当然かのようにハンドルを回しまくる。ぐるんぐるん。

「目が、目が回る!」

「まだよ、まだ力は残されているハズ! もっと遠心力を!」

 ぐりんぐりんぐりん。

 ぎゅるるるる。

「出る! 胃から何かが込み上げてきた!」

「それはきっと熱い闘志ね! クロウ君も必死にコーヒーカップと戦っているのね!」

「別の意味でね!」

「じゃあ回転速度アップ!」

「いやあぁぁ……ッ」




 楽しかった。満足。

 でもクロウ君は真っ青な顔でベンチに寝てます。

「大丈夫?」

「大丈夫そうに見えますか……?」

「ピクピクしてるわね」

「大丈夫じゃないんですよ……げふうっ!」

 すかさずエチケット袋を差し出す。

「ま、これもイイ思い出として心に残るでしょ」

「思い出……」

「そ、あの時コーヒーカップでゲロったなあ……って」

「そんな思い出なら忘れていいかもなあ……」

 それから私達は遊園地で思う存分遊びまくった。ジェットコースターに乗ったり、メリーゴーランドでクロウ君を轢いたり、お化け屋敷でミイラ男にジャーマンスープレックスをかましたり、係員に怒られたり、色々やった。

 気が付いたら陽が暮れかけていた。だから次のアトラクションを最後にしようと思う。

「ラストといったら、やっぱり観覧車でしょ。彼氏と一緒だったらムード溢れる展開になっていただろうになあ……」

「モモグリさん、彼氏なんていないじゃない」

「シャラップ。なんとなく言ってみただけよ」

 観覧車はゆっくりと回り続ける。

 遠くを眺めると、私達の住んでいる町が見渡せた。夕陽に照らされて、少し綺麗に見えた。

「私とクロウ君が出会って、明日がちょうど一年ね」

 去年のクリスマス、変な子供が来たなあと思った。まさか魔法使いだとは思わなかった。いや、普通ならそう思うことないけど。

「なんだかんだで、けっこう楽しかったわよ」

 二人で買い物に行ったり、お出かけしたり。喧嘩したり、からかったり。

 クロウ君がいなくなったら暇になるな。寂しいな。

「私、クロウ君のことは忘れないからね。いつかまた会えるでしょ?」

「…………」

「クロウ君?」

 泣いてるの?

 私、なにか泣かすようなこと言ったかしら?

 あ、わかった。私と別れるのが寂し過ぎるから泣いちゃったのね。可愛いトコあるじゃない、このこのー!

「モモグリさん……」

「なに?」

「ごめんなさい……ッ!」

 クロウ君は木の杖をゆっくりと振りかざした――けど、すぐに杖を落とした。

 そしてボロボロに泣き崩れた。

「やっぱり……できないよ!」

「クロウ君?」

「モモグリさんの記憶を消すなんて……ボクにはできない!」

「…………」

 私はクロウ君の元へ行き、優しく頭を撫でてやった。

「合格!」

「…………え?」




 満面の笑みを浮かべたモモグリさんの口から出たのは

「合格」という言葉だった。

「いや、合格ってどういう意味での合格……?」

「最終試験の合格に決まってるでしょ」

 …………。

 はぁッ?

「なんでモモグリさんが試験のことを知ってるの!」

「カンム先生から聞いた」

 そ、それってまさか……。

「私と先生はグルよ」

 う、うわぁ! ヒドイ!

 ――試験の真相はこうだ。

 パートナーのことを本当に想っているのなら、記憶を消すなんてことはしないハズ。だからこの試験は、木の杖を使わなければ合格、らしい。ちなみに杖を使った場合は、本当に記憶がなくなっていたらしい。それでも合格らしいけれど、評価は低いらしい。どうやら信頼感みたいな、他人を思いやる気持ちのようなものを試されたらしい。

 どっちにしても、この試験は絶対に合格するみたいだけど。

「いやあ、でもクロウ君が木の杖を取り出した時は焦ったわあ。ぶっ飛ばしてやろうかと思ったもん」

「…………」

「って、また泣いちゃったの?」

「だって、だって――」

「あーもう、よしよし。私が悪かったから泣かないでよ。本当に悪いのはこんなことを計画した学校側だけどね。カンム先生に会ったら一発殴らせてもらうわ」




 ――十二月二十四日……クリスマス。

 いよいよ別れの日がきた。

 ボクは荷物を背負い、玄関でモモグリさんに見送ってもらう。

「頑張って凄い魔法使いになるのよ」

「うん」

「私からのクリスマスプレゼントは大切にしなさいよね」

「う、うん……」

 モモグリさんからクリスマスプレゼントを貰った、赤味噌とちゃんちゃんこを。日本の文化を伝えなさいとか言ってたけど、正直微妙だ。

「そろそろ行かないと」

「おう、元気でやりなさいよ!」

「モモグリさんは結婚相手が見つかるといいね」

「なにを生意気な」

「あははっ」

 さて、そろそろ本当に行かないと……。

 名残惜しいけど、仕方ないよね。

「じゃ、モモグリさん……さようなら」

「うん」

「……元気でね」

「じゃ、またね!」

 …………ッ!

「うん、またいつか! 必ず!」




 外では既にカンム先生が待っていた。頭をさすっているのは……まあなんとなく理解してください。

「挨拶は済んだか?」

「はい」

「荷物はちゃんと持ってるな?」

「大丈夫です」

「っと……、でもコレだけは置いていけ」

「えっ、コレは宿題じゃ……?」

「学校側に出すものではないからな」

「はあ……」

「それと、最後の宿題だ――」




 クロウ君がいなくなった我が家は、なんだかいつもより広く感じた。私としたことが、しんみりしちゃった。

 よし、紺ちゃんと和夫でも誘って飲みに行こうかな!

 と思ったら、床に一冊の本が落ちていた。

 これは……クロウ君の日記だ。たしか宿題のやつ。

 ちょっとちょっと、なに大切なものを忘れてんのよ。取りに戻ってきたらビンタしてやるわ。

 ……でも、ちょっと中を覗いてもいいかな? 何が書いてあるか気になるし。


――――――


 12月25日(晴れ)


 ボクはモモグリアキコさんという人のお宅に居候させてもらうことになりました。住む所があっさり見つかってよかったです。

 モモグリさんは自らのことを『美女』だと言ってます。たしかに美人だと思います。それは認めます。

 しかし、性格がおかしいです。どこかバカっぽいです。っていうかバカです。パンケーキにポン酢をかけて

「和風!」

っていうのはどうかと思います。


――――――


 あ、懐かしい。クロウ君の宿題を初めて邪魔した時の文章だ。

 この後に私に対する良い評価が書いてあるけど、たしか私が無理矢理書かせたのよねぇ。あっはっは。

 あとみんなで温泉に行ったことや、色々と遊んだことが丸一年分書いてあった。

 どれもこれも懐かしくて、つい時間を忘れて読み更けてしまった。

 そして、今日の日記――


――――――


 (今年の)12月25日(晴れ)


 今までありがとう。

 ボクはモモグリさんのことが大好きでした。

 モモグリさんのこと、絶対に忘れないよ。


――――――


 …………。

 ふん、直接言ってくれればよかったのに。まったく、これだからクロウ君は……。

 さて! ティッシュはどこに置いたっけかな。


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