第41話:桃栗秋子と泥棒さん
紺ちゃんがちょっと実家に帰るらしいので、一日だけウチでロっちゃんことロゼちゃんを預かることになりました。
只今車で家まで帰っているところです。
「いやぁ、お世話になります」
「気にしなくてもいいのよアッハッハー! 賑やかになるから全然カマンベイビーよ!」
「桃栗の姉さん、相変わらずテンション高いなー。ウチも見習いたいわ」
「……!」
わ、私を見習いたいですってーッ!
こんなこと言われたのは生まれて初めて。
せいぜい言われる言葉といえば「うるさい」とか「ちょっと静かに」とか。まあ、言った奴にはビンタを食らわせたけど。
言った奴っていうのは勿論クロウ君だけど。
「ロっちゃん……」
「なんや?」
「私の弟子にしてあげるわ!」
「な……なんやてーッ! 断る」
そんな普通に断られると少しショックじゃないの。
ちなみに助手席にロっちゃんが座っていて、後ろではクロウ君とフリージアちゃんがポテチを食べてます。そのクロウ君がさりげなく、「ロゼ、賢明な判断だよ」と言いやがったので急ブレーキをかけてやりました。案の定クロウ君は前の座席に頭をぶつけて痛がりました。ざまぁみろ。
はい。で、私の家に到着〜。
ロっちゃんはアパートの『よくもえ荘』という看板を凝視しています。まあ気持ちは分かるけどね。
「前に遊びに来た時も思ったんやけど、不謹慎な名前やなぁ」
そう言うロっちゃんのアパートも『今にも崩れ荘』だけどね。
ウチに来る途中、私の仕事場であるスーパーで焼き肉セットを買ってきました。よって、今夜は焼き肉パーティーよ!
「みんなー! 焼き肉は好きかーい?」
「大好きやー!」
素直なロっちゃん。
「大好きー! あと魔ヨネーズもー!」
しつこく魔ヨラーなフリージアちゃん。
「恥ずかしいから叫ばないでよ……」
ノリの悪いクロウ君。そういうコは玉ねぎしか食べさせませんからね。
「クロウ君、鍵開けてちょうだい」
「はいはいっと……って、鍵開いてるよ?」
なんですって?
でも、たしかちゃんと戸締まりした筈なんだけど……。
ま、いっか。
――と思ったのもつかの間、玄関に入ると、靴箱とかがグチャグチャに散らかっていました。
こ、これは……!
「室内台風……!」
「なにそれ」「なんでやねんっ!」
クロウ君とロっちゃんのダブルツッコミが炸裂。ちょっと気分が良いです。
「モモグリさん、これは明らかに空き巣だよ。奥の部屋も物が散らばってる」
「床に靴の跡が残ってる。犯人は土足で入りおったみたいやな」
なんか家宅捜索をする刑事さんみたい。
散らばった物を足蹴にしながら中へ進む。キッチンも、居間も、どの部屋も荒らされてる。
私はキッチンへ行き、グチャグチャになった中からホットプレートを取り出した。
「アキコさん?」
心配している様子のフリージアちゃんをよそに、着々と焼き肉の準備を進める。
「ちょっとみんな、ボサッとしてないでご飯の支度を手伝ってよ」
「エエーッ!」と三人。
なんでよ、お腹すいたんだからご飯が食べたいじゃない。
それともそれどころじゃないって?
どうでもいいじゃない泥棒なんて。盗られて困るようなものは置いてなかったし。
「さあみんな、早く焼き肉を食べようぜ! 焼き肉を食べて満足しようぜ!」
「モモグリさん……」
「この人はただのどアホなのかなんちゅうか……」
なんかものすごく呆れられてる?
でも私は他人の冷たい視線を気にすることはない。なぜなら慣れているから。悲しい特性ね。
その時です。
部屋の奥から見知らぬ男が現れました。
ダサいジャケット、色あせたジーンズ、安っぽいサングラス、パンチパーマ。手にはなんと、包丁。
明らかに泥棒、っていうか強盗。
私達が帰ってきて、逃げ場がなくなったから渋々登場したってところかしら。
「お前ら、警察を呼ぶなよ。呼んだらぶっ殺してやる!」
クロウ君、ロっちゃん、フリージアちゃんは身構えました。何かの魔法でも使う気かしら? ちょっと期待。
「モモグリさん、今のうちに警察に通報を!」
「はいはい。まったく、迷惑な泥棒さんよねぇ」
せっかく焼き肉パーティーをしようと思ったのに邪魔するんだもん。ムカつく。
「おい女! 警察呼んだらぶっ殺すって言っただろうが!」
「うっさいわね、ソフトボイルド」
「……?」
あだ名よあだ名。ハードボイルドには程遠いから、あんたなんかソフトで充分よ。
「くそ……馬鹿にしやがってぇぇ!」
泥棒さんは包丁を振り上げた。あらま、私刺されちゃう?
……なんて、私は簡単にはやられないわよ。
だってこっちには魔法使いと妖精がいるんだもん。
フリージアちゃんが指を鳴らすと、私の周りに魔法の壁が現れて、包丁から身を守ってくれた。
ロっちゃんが不思議な呪文を唱えるとどこからともなく剣が現れ、それで包丁を床に弾き飛ばす。
魔法に驚き、さらに丸腰に状態という泥棒さんに向かってクロウ君がトドメを刺す。ゴルフクラブを振りかざすと、泥棒さんは勢いよく壁に叩きつけられた。
今の衝撃でピクピクしているところを私が紐で縛る。
「畜生、やめろ!」
「警察が来るまで大人しくすることね」
「頼む! 謝るから許してくれ! 俺が捕まったら、たった一人の娘が……」
む……、何か事情がありそうね。
「俺には小学生の一人娘がいるんだ。妻は数年前に病で倒れてな、そのまま逝っちまった……。貧乏ながらも頑張って暮らす俺と娘。そして今日は娘の誕生日なんだ。娘は前々からバイオリンが欲しいと言っていた。だが貧乏な俺にはバイオリンを買える金なんかを持っている筈がな――」
「シャラーップ!」
一喝。
そして私の強烈なビンタ。
泥棒さんは沈黙した。
「あんたね……いい加減にしなさいよ……」
「…………」
「あんたのせいで……あんたのせいでね!」
「わかってる、俺のせいで娘が不幸になってしまうというこ――」
「焼き肉パーティーが台無しじゃないのーッ!」
「と……はい?」
「なにが『はい?』よコラァ」
「へぶぅ!」
マウントポジションでビンタ。
「あんたの娘なんか知るか。情に訴えるのは嫌いなのよ」
「いや、しかし……ぐふうっ!」
顔面に肘打ち。
「ふん、ここであんたを逃がして『ありがとう、俺を許してくれるんだね』っていう展開になると思ったら大間違いよ。罪はちゃんと償いなさい」
「そ、そんな! 娘が――」
「黙れ泥棒猫が!」
「泥棒猫ッ?」
ん? 泥棒猫はなんか違うなぁ。まあいいか。
おっと、パトカーのサイレンが聞こえる。警察が来たみたいね。
さようなら泥棒さん。元気でねー。