第23話:お気に入りのコップ
それはモモグリさんが食器を洗っている時でした。
ガッシャーン!
モモグリさんは手を滑らせコップを割ってしまいました。
「ぬあぁぁああッ! 私のお気に入りのコップがあぁぁッ!」
あらら、どんまいモモグリさん。
するとモモグリさんがものすごい勢いでボクに頼み込んできました。
「クロウ君、魔法でなんとかできないッ?」
「ま、魔法で?」
「そう、魔法よ! コップを直すぐらいちょちょいのちょいでしょっ!」
必死すぎて顔が怖い。とてもじゃないけど見てられない。
「わかったよモモグリさん、やってみる」
「さすがクロウ君! 任せたわよ!」
ボクはコップの破片をテーブルの上に置き、ゴルフクラブのアイアンを構えた。端から見たらボクがコップを割ったみたいだね。
ボクは心配だった。モノを修復する魔法はたしかに存在するけど、ボクがそれを使って成功した試しがないのだ。なぜかこういう魔法は不得意なようだ。
でも今回の場合は絶対に失敗できない。なぜならこれはモモグリさんのコップだからだ、しかもお気に入りの。
万が一失敗した場合は……。
失敗した場合は…………。
「クロウ君、ガンバ!」
あの期待しきった顔、失敗したら……確実に殺される! なぜならこれはお気に入りのコップだからだ。
ボクは人生の中で一番真剣に精神を集中させた。
……落ち着け、落ち着くんだクロウ。やればできる、ボクはできるんだ。
「――いきます!」
ボクはゴルフクラブを振りかざした。
頼む、直ってくれ!
しかし神様は悪戯だ。きっと物事が丸くおさまるのは面白くないと思っているんだろう。
――コップは爆発した。
「エエェェーッ!」
「いやあぁぁぁッ!」
アパートの一室からこだまする二つの悲鳴。そして悲鳴の次に聞こえたのは「このインチキ魔法使いッ!」という罵声と何かが連続ではたかれる音。何がはたかれているのかは適当に想像してください。
完全にヒステリックに陥ったモモグリさんは怒鳴り続けます。
「これはッ! 私のッ! お気に入りのッ! コップ! だったのよッ! それをッ! 粉々ッ! にッ! するなんてッ! あんたッ! 馬鹿ッ! じゃッ! ないのッ!」
ヒステリックすぎて言葉の区切りがおかしくなっていることに気付かないようだ。
それはともかく、ボクはまだ諦めていなかった。
周りに落ちているコップの破片をかき集め、それをまとめる。
「なにしてんのよクロウ君ッ!」
「まだ直せるよモモグリさん」
「……えっ?」
例え粉々になろうとも、それはパズルのピースが増えただけにすぎない。粉だろうが破片だろうがとにかく元通りにくっつければいいのだ。
でも細かい破片をくっつけるにはそれなりの実力が必要になる。
ボクでは実力不足だ。でも、もしかしたらあの人なら直せるかもしれない……。
「あ、クー君と桃栗さん……。ど、どうしたの?」
お隣のサワヤさんチにいるリファを尋ねた。
ボクとモモグリさんはコップについての説明をし、なんとかして直せないか聞いてみた。
「ず、随分と見事に粉々になっちゃってるね……。原形がわからない……」
うっ……それはボクのせいだ……。
「でもっ! が、頑張ってみるから!」
「頼むわよリファちゃん。クロウ君なんかより期待するわ」
わ、悪かったね、期待に背いちゃって……。
リファはたまたま近くにあったきゅうりを持った。きゅうりを杖代わりにするようだ。
「じゃあ……頑張ります」
リファはきゅうりを振りかざした。端から見たら変なことをしている人だ。
そして神様はやっぱり意地悪だ。ボクの時は見事に失敗したというのに……。
――コップは綺麗に元通りになった。
「や……やりました! 成功のようです!」
「やったわーッ! ありがとうリファちゃんッ!」
モモグリさんは本当に嬉しそうだ。
でもこのコップ、見た目は普通のコップだけど、どのあたりを気に入ったんだろう?
「実はそのコップ、死んだ私のおばあちゃんが私の誕生日に買ってくれた大切なコップで……」
そ、そうなんだ……。そんな大切なコップを爆発させるなんて、ボクは悪いことをしちゃったな……。
「……ってのはウソ」
「ウソかよ!」
結局このコップは百円ショップで購入した安物だということが判明した。
で、このコップがお気に入りだという本当の理由は、
「使っているうちに愛着が湧いてきちゃった」
ということだった。
っていうか百円ショップに売ってるなら同じやつを買ってくればいいじゃないか。
それをモモグリさんに言ったら、
「だからこのコップがお気に入りなんじゃボケが!」
と怒られ、またはたかれるボクなのでした……。