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ラムダナ  作者: 西條
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《青砂の降る国》4

納得のいかないまま謁見の間を後にした龍航は、浅黒い大男に案内されてアンナの部屋を目指します。







「アンナ、入りますよ」




 アンナの部屋は、驚いた事に龍航の寝ていた部屋のすぐ隣りだった。

 一応断りを述べてから大男がドアノブに手を掛けようとしたら、向こう側からアンナ本人が二人を出迎えてくれた。


「よぉっ!」


 右手を上げて気さくに挨拶したその少女は、水色の髪にセミロングのクセっ毛。やや大きな瞳で、龍航程ではないが、女性の中では長身な方である。 美人かと問われれば、美人な方かもしれない。オセロのナカシマとキクカワレイを足して、2で割った様な顔だ。

 だが一番龍航の目を引きつけたのは、たわわに実った大きな、胸。軽くFカップはあるかもしれない。


「触ってみる?」


 龍航の視線の先に気付いたアンナが、悪戯に笑ってそう言った。その言葉に驚き焦った龍航が、滅相もない!と物凄い勢いで首を横に激しく振る。

 その動きがあまりに滑稽だったので、アンナは思わず『プッ』と、ふき笑いをしてしまった。



「では私はここで…」


 二人のやり取りを微笑ましく見ていた大男が小さく会釈する。漆黒のマントを翻して、その場を立ち去ろうとした。

 それに気付いたアンナが、その大男の前に回り込んで両手を広げ慌てて止めに入る。


「アルデラバン、もう帰んの?茶ぐらい飲めよ」

「申し訳ございません。私はこの後マヌリア議会へ行かなければならないので…」

「…そっか」


 そこで、龍航は初めてその大男の名前が『アルデラバン』だという事を知った。










 「アルデラバンって、ちょーいい奴なんだけどぉー仕事熱心てゆーかぁ、仕事オタクなんだよなー」


 アルデラバンが去った後、ベッドの上で胡座をかきつつ、片手で脇をポリポリ掻きながら女が言った。

 大ざっぱな、悪く言えばガサツな女性である。やや幻滅する点もあるが、それでもたわわな胸が揺れる度にドキドキしてしまう。もう精力なんて燃え尽きた歳のはずなのに、なぜか思春期街道驀進中の中坊みたいに興奮してしまった自分を、恥ずかしく感じた 。


「ところで、さ」


 不自然に目があっちこっち泳いでいる男に、水色の髪の少女が問い掛けた。さっきまでとは違い、かなり深刻な顔で。


「…あんたもさ、『アッチ』では…女だったわけ?」

「…は?」


 突然意味不明な問い掛けをされて、ついつい変声期前の様な、1トーン高いボイスが出てしまった。




 『あんたも』って事は、この女、元々は男だったのか?オカマだったのか?だからあんなにガサツだったのか?


 妙な疑心暗鬼が、龍航の中でどんどんと暗雲を募らせていく。

 そんな、なかなか口を開かず怪しげな視線で自分を見つめる男に、内心強い苛立ちを覚えたアンナは、尖った声で再度言い直した。

「アッチでは女だったか、って聞いてんだけど」

「…俺は元から男だけど」

「ふーん。あっそう…




俺もアッチでは男だったさっ!!」



 龍航の答えを聞くや否や突然キレた女は、ベッドから乱暴に降りるなりドアへ向かって大股でずんずんと歩き始めた。


 もう訳が分からない。一体何が気に食わないと言うのか。


 龍航は激しく困惑したまま、一応女を止めに入る。


「ちょっと待て!『アッチ』って何だよ!?」

「はぁ!?」


 オマエ、俺のことバカにしてんの?みたいな目で睨んできた。気の短さは、どこかの誰かさん…―トロイジャそっくりだ。


「日本だよ!に!ほ!ん!」


 部屋中に女の怒鳴り声が木霊する。

 あまりの迫力に、しばらく唖然としていた龍航が、ハッと我に返った。


「『日本』っ!?」


 その国名を聞き、やっと話の通じる相手ができたと思った龍航は、怒り狂う女の手をガッチリと掴んで狂喜乱舞する。


 部屋中を走り回り、『バンザイ!バンザイ!』と、まるで衆議院議員選挙に当選したかの様に、喜びを体で表現した。部屋中を走り終えると、今度はベッドの上で『やった!やった!』と跳ね回る。


 そう言えば昔こんな感じの、葉っぱ一枚で歌い踊るお笑いグループのCDがあったなぁ、とアンナは思い出した。

 それでも、一人冷めた眼で馬鹿騒ぎしている男を見つめ『ふん』、と鼻で笑う。

 それに気付いた龍航が、お前も仲間が出来て嬉しくないのか?と、不思議そうな顔で女に聞いた。て嬉しくないのか?と、不思議そうな顔で女に聞いた。


「仲間が出来たからってさ、帰れるわけじゃねーじゃん」







 ごもっともな意見だった。


 それを聞いて、龍航は恥ずかしさから体が萎縮する。なんでこんなに自分より人生経験が浅い奴にリアルな真実を思い知らされるのだろうか。もう46歳なのに。


「あ、そう言えば…」


 女が思い出した様に『せいさの魔女』について知ってるかと聞いてきた。

 そういえば、龍航は謁見の間でもその名前を聞いた。もちろん知るはずもないが。


「お前、知ってるのか」


 女は静かにかぶりを振った。


「ただ、すごく怖い魔女だってはスンウに聞いた」

「あぁ、スンウか…」


 再び聞いた、壊れたラジオの名。 その顔を思い出すだけで、龍航はゲッソリ萎えた気分になってしまう。

「そのスンウが教えてくれたんだけどさ…」



アンナは龍航に寄り添うと、耳打ちした。










「…どうやら、その『せいさの魔女』が俺達をここに連れて来たらしいぜ」
























 「なー、スンウ。まだぁ?」

「あと少しで着きますよ」

「あと少しって、どれくらい?」

「はい?僕はスンウですよ?」

「…」

「アンナ…だからスンウと話すなって言っただろ」


 馬車はひたすら西へ向う。そして東の空からは、ほんのりと淡く優しい朝の光が昇り始める。かれこれ半日、馬車に揺られていた。

 あの後、二人はスンウとトロイジャに呼ばれ、半ば無理やり馬車に押し込まれた。理由は分からない。トロイジャに聞いても、スンウに聞いても曖昧な返事しか返ってこなかったからだ。 トロイジャは二人の向かいに座って、さっきから眠りこけている。よほど疲れていたのだろう。小さくイビキも聞こえてくる。

 そんなトロイジャの寝顔を見ながら、アンナが湿った溜め息を漏らす。


 「はぁ…トロイジャさんって、美人…」

「何だ?嫉妬か?」

「違うよバカ!分かんねーの?この胸の高鳴りがさ…」


アンナの目はキラキラと輝き、頬はほんのりと赤く染まっていた。

 「はぁ?お前、この、おっっっっっかない女が好きなのか?レズか?」

「だから!俺は男だっつーの!」


先ほど、馬車の中でアンナが本名を教えた。漢字で『庵名輝友』。珍しい名字だった。『アンナ』は名字だったのだ。

 でもまだ龍航には、アンナが元は男だという事実がどうしても飲み込めずにいた。

 「なぁ、何でお前はタコって呼ばれてるんだ?タコみたいだから?」


馬車はまだまだ西を目指していた。龍航は馬車の窓から外を眺めた。空は完璧には夜を抜け出せずにいる。風が冷たい。


 「それは、俺の名前は井上た…



『うるさいっ!!!』



突然、トロイジャが大声で叫んだ。2人は驚いて手を取り合う。トロイジャは目を閉じたままむにゃむにゃ何か言っている。しばらくして、またイビキが聞こえてきた。


「なんだ…寝言かよ…」


 龍航は気を取り直し次こそは、と口を開き話そうとしたら、今度は運転席のスンウが二人の間を割って邪魔をした。


「アンナさんタコさん!外を見てください!」


 言われるままに二人は外を見る。龍航は半分不機嫌になっていた。



 しかし、次の瞬間には、そんな事など全く忘れ去ってしまった。



「わ…」







 海だ。

いや、海じゃない。

砂漠だ。


 青い砂漠が、遠く果てまで続いている。

 海の様な深い青。波の様に、砂漠にも砂の波紋が美しく出ていた。

 息を呑むほどの美しさに、二人は終始絶句した。トロイジャはまだ寝ている。


「青い砂で青砂(せいさ)って呼ぶんです。毎春、風にふかれて、この砂漠の砂が僕達の街に降ってくるんですよ。綺麗なんですが、農業には凄く厄介者なんです」

「じゃあ『せいさの魔女』って…」

「アンナさんの察する通り。青砂の魔女は、この砂漠にたった一人で住んでます。

あと5、6分で着きますよ」



 アンナは、ふと、修学旅行で行った沖縄の海を思い出した。早朝にみんなで出かけた、あの海。朝の海は神秘的で、優しくて、そしてどんな宇宙の万物よりも偉大に感じられた。

 この砂漠は、あの海に似ている。

(まるで全てを飲み込んでしまいそうだ)

アンナの心は、その美しい砂漠にすっかり奪われていた。



 だが感動は長くは続かなかった。




《ガガガガッ!!!》


 突如、軋む音と共に馬車が急停止する。車内は斜めに傾き、その反動で中の三人は大きく揺さぶられた。タコは頭を打って、小さくうずくまる。アンナは状況が飲み込めず、ただただ呆然としていた。そして、トロイジャは目を覚ますと同時に運転席のスンウに向かって怒鳴り込んだ。



 「バカ者っ!マヌケっ!ノロマっ!丁寧に停車せぬかっ!!」

だが、あんなに怒鳴られておきながら運転席からはスンウの声は全く聞こえない。不振に思ったトロイジャが、馬車を降り運転席を確認に行く。






 そしてすぐに、トロイジャの短い悲鳴が二人の耳に届いた。


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