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ラムダナ  作者: 西條
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《青砂の降る国》3

見知らぬ土地で目覚めた龍航(某TV局ニュースキャスター:タッコウ:46歳)は、城の関係者である壊れたスピーカーのスンウに連れられて、嫌々ながら『謁見の間』を目指す事になりました。













「もうじきで謁見の間に着きますから!」


「…はぁ」


「頑張って歩きましょう!」


「…はぁ」


「自分に負けないで!どんなときも!」




間違っている。

言葉の使い方が、絶対に間違っている。



スンウという男の励まし方は、どこか龍航の癇に障り、そしてまたどこか、何年か前に流行したザードやマキハラの曲を彷彿とさせた。



こいつ、天然だな。


龍航はそう直感した。絶対に後輩にも先輩にも上司にも友人にも仕事仲間にもしたくないタイプの人間だった。










とにかく、謁見の間までの道程が果てしなく長かった。同じ城内なのに、歩いても歩いても歩いても歩いても辿り着かない。



下手したら、自分の所属するテレビ局より広いのかもしれない。



そんな中、テレビ関係者ならではの、あるベタな考えが龍航の頭の中を過ぎる。




「…もしかして『どっきりカメラ』ですか?」


「いいえ?私はスンウで、ここはまだ謁見の間じゃありませんよ」


「…」




わざとじゃない。スンウは、本当に壊れたスピーカーそのものだったのだ。これが天然の恐ろしさ。


『お前の名前はもう聞き飽きたよ』


心の中でそう呟き、先頭に立って意気揚々と鼻歌を歌いながら歩くスンウの背中を睨んだ。

龍航の絶対に、絶対に、絶対に受け付けないタイプの人間だった。



「…あれ?」


『謁見の間』へと歩く途中で何かに気付き、立ち止まる。歩みを止めた龍航に気が付いたスンウが、何かあったのかと声を掛けた。



「…何か普段より体力があるなぁ、と思って」


「そりゃあ、僕は毎朝城下を走ってますからね」


「いや。お前の体力じゃなくて、俺の体力の話」



普段の龍航なら、この距離を歩くだけで目眩や動悸、息切れがおきるはずなのに。昨年スキーの時に痛めた左足膝の関節からも、鈍痛が襲うはずなのに。


なぜか身体が弾んでいる。このまま10キロは歩けそうな勢いだ。

だが途中で『あぁ、夢だからか』と、半ば無理矢理納得しかけた龍航を、スンウが笑った。



「そりゃあ、貴方は若いですからね。それぐらいでヒィヒィ言われたら困りますよ」



「『若い』って言われても…46歳ですよ」


「よ、46歳なんですか!?」




スンウが目を真ん丸にして驚いた。信じられない様な顔で龍航を見ている。

『俺って、見た目より若く見えるのかな』

と、勝手な自惚れに走る龍航に、スンウが恐る恐る口を開いた。




「老けてますねぇ…。折角そんなに若いのに。本当に、本当に…老けてますねぇ…」







「…は?」


憐れみの視線の余韻と、なんとも不可解かつ不躾な言葉の名残を龍航に残し、スンウはまた歩みを始めた。







『…とにかく、だ。夢なら早く醒めてほしい…』



身体的な疲労は皆無だが、精神的な疲労がピークに達した龍航は、溜息をつきながらゆっくりとスンウの後を追った。



身体が、少し重くなった気がした。













やっとの思いで着いた『謁見の間』。

思ったよりも質素な入口に、なぜか神社の狛犬を連想させる置物が扉の端と端に2体構えられていた。


『ここからは、できるだけ礼儀正しくしてくださいね。…でないと殺されちゃいますから』


耳元でそうこっそり囁いた後、スンウが勢いよく扉を開けた。



「陛下、ただいまお連れしました!」




そこには5、6人の人間しかいなかった。そしてそれらは、現代日本じゃ信じられない様な髪の色をしていて、やっぱり変な服を着ていた。



「スンウ、ご苦労」


中央一番奥に座っていたのが、スンウが『陛下』と呼んだ人物。

しわがれた、老人の声だ。顔は頭に被った帽子から下げられた小さな御簾で、全く窺う事ができない。

しかし、袖から見える節くれ立った指が、その人の人生の長さを物語っていた。




「馬鹿者!陛下の前ぞ!頭を下げぬかっ!」



そういきなり龍航に怒鳴りかかってきたのは、『陛下』の右側に座っていた黄土色の長髪の若い女。顔つきは凛々しく、スタイルの整ったなかなかの美人だ。怒鳴らなければ相当美人なのに、と龍航は口惜しく思った。天は二物を与えず、なのだ。



「よいのだ、スロマチ。この者はまだ何も知らぬのだから」


「…失礼しました」



『陛下』に諭され、恐縮したスロマチはそのまま黙ってしまった。

これが『陛下』と呼ばれる人間の威厳。



「そなた、名を何と申すか?」


「…井上龍航です」


「イノウエタッコウ、か。…呼びにくいのぅ。『タコ』と縮めて呼んでも良いか?」


「それは絶対に嫌です」



ぴしゃり、と言った。


その場の空気が、シン…と張り詰める。そして龍航は、右側から何かとてつもない邪悪な負のオーラが発せられるのを感じ取った。

変な汗が頬を伝う。

息が詰まる。

心臓の鼓動が聞こえて来る。


恐る恐る振り向いた。



やはり。


スロマチが物凄い形相で睨んできたのだ。怖じ気ずいた龍航は『やっぱりタコでいいです』と、呆気なく折れてしまった。



「時にタコ。そなた、ここがどこだか分かるか」

「え?……夢の中」


小声でそうつぶやいた龍航を、再びスロマチが睨んできた。今度は腰に携えた禍々しい剣に手を掛けて。

それを見た龍航は命の危険を察し、慌てて訂正した。


「とっ、東京じゃないですか?」

「トウキョウ?なんじゃそれは」

「え…日本の首都…」

「二ホン?なんぞや、それは?」

「はあぁ!?じーさんボケてんじゃな…ヒィッ!」




剣の切っ先が喉仏スレスレに飛んで来た。トロイジャの剣だ。そしてその剣の主の顔は、仁王そのもの。否、東北のナマハゲすら連想させる。

とてもこの世の者とは思えない形相だった。

トロイジャは龍航をキッと睨むと、謁見の間に木霊する程の大声で怒鳴った。




「陛下を愚弄するとは失敬な!よいか小僧!自惚れるなよ!本来お前の様な曲者は、この青砂宮に入る事すら許されぬのだぞ!!」



怖じ気づいた龍航は、その場で尻餅を突く。40歳も後半の男が、自分より若い女に怒鳴られて尻餅。情けないと言うよりも、腹立たしいと言うよりも、悲しいと言う感情が龍航には先に込み上げてきた。視界が涙で滲む。年をとると涙脆くなるということを、龍航は身に染みて実感した。



「その…トロイジャさん、そんなに怒らないでください。タコさん、泣いてるみたいですよ」


トロイジャは間髪入れず、スンウに怒鳴り返す。


「五月蠅い!スンウ!弱輩者は黙っておれ!」


スンウは首を竦ませて俯いた。体が縮んでいる。

憐れ、助け船は呆気なく海底へ沈んだ。ペリーの黒船対ゴムボート。勝敗は一目瞭然だった。

スンウは涙目になり、一歩下がってうなだれる。

まるで、捨て犬を家に連れてきて叱られた子供の様だ。


勝ち目のない試合に果敢に挑んだスンウに、龍航はこの日初めて感謝と同情の念を寄せた。




「どこから来たかは分からぬが、この天下に名を轟かせる『青砂宮』。知らぬとは言わせぬぞ!」



「トロイジャ」










その一言で、謁見の間全てが静かになった。


「…よいのだ。余も気にしておらぬ。

察するにタコはこの国の事など全く知らぬ土地の出。致し方ない事じゃ」


「ですが…」


「我等の頼みなど全く聞き容れぬ青砂の魔女が、重い腰を上げて遥遥遠くから呼んだ者。いわば、我等が招いた客人じゃ」


「…失礼しました」



納得のいかない顔でトロイジャは一歩下がった。


とにかくこれで一安心。龍航は軽く胸を撫で下ろすと、ふうっと一息ついてから重い口を開けた。




「話が…話が全く見えないんですけど。


『せいさぐう』とか『せいさの魔女』とか『客人』とか…。

順を追って話してくれませんか」


それを聞いた皇帝が、驚いた声で問い掛けた。


「…お主、『せいさの魔女』も知らぬのか?」


龍航は頷いた。


「そうか…。しかし魔術は使えるであろう?」


龍航は激しく横に首を振った。


「忘年会で『耳が大きくなる』マジックならした事ありますが…」


「……そうか…」




溜息が御簾を越して聞こえてきた。

また謁見の間が静かになる。




「騙されましたな」


陛下の右側で構えていた大男がポツリ、と漏らした。浅黒い肌に、黒髪。大男ではあるが野蛮さ、荒々しさは全く感じられず、どこか気品の感じられる人物だった。腰にはトロイジャ動揺、重々しく大きな剣が携えてある。



「ヘイセイ、ロッポンギヒルズ、バナナマン…。これらはお前の国の象徴物だろう」



バナナマンはさてどうかと思った龍航だったが、大男の問い掛けに素直に頷いた。


「ですが、なぜあなたがそんな事を知ってるんですか?」


「アンナから聞きました」


「…『アンナ』?」


有り触れた名前ではあるが、龍航の知り合いにはいない名前だった。


「一度、貴方が眠り続けてる時に顔を見にきましたよ」


「眠り続けてるって…どれくらい寝てたんですか?」


「6日は寝てましたよ」


「む、6日っ!?」



驚愕の事実を知らされ、唖然とする龍航。



「アンナさんも、貴方が起きて来るのを待ってます。


良かったら、今から彼女の部屋にお連れしましょうか」

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