プロローグ2〜女好き、17歳庵名輝友の始まりの話
「な!山田っ!見たか!!さっきのニュース!」
学校が臨時休校になった少年は、手持ち無沙汰に自室から友人に電話をしていた。少々興奮気味だ。
「すげーの!
バターンってさ、いきなり白目になって倒れてやがんの!椅子から転げ落ちてさ!スタジオちょー大騒ぎで!そしたら『しばらくお待ちください』って画面が出て…
…あ?名前?
えっと…井上た、た……タコ?
ちょーオヤジなんだけど…
あぁ?そいつ死ぬかって?
んなもん俺に聞くなよ。
死ぬんじゃねーの?
けっこーやばそーだったし」
少年は笑いながらポテトチップスを口に入れた。
少年は、どこにでもいるごくごく普通の高校生。
巨乳のグラビアアイドルが大好きで、RPGゲームが大好きで、メールが大好きで、電話でのおしゃべりが大好きで。
そして振り出しに戻るが、やっぱり何より、三度の飯よりも巨乳グラビアアイドルの事が大好きで。
本当に、ごくごく普通の健全な高校生だった。
「あーぁ。言いたい事言ったらスッキリしたや。じゃーな」
少年は電話を切る。
庵名輝友。都内の私立高校に通う2年生。
先月彼女に振られ、まだそのショックから立ち直れていない。
「あー、ヒマぃ」
先月買ったゲームも全てクリアした。漫画も全部読み飽きた。テレビは大雪のニュースとトレンディードラマしか放送していない。勉強なんかする気もない。
「…もしかして、」
窓を開けて下を見下ろす。
団地の1階部分は雪に埋もれているが、2階にまでは被害が及んでいない。
庵名の住む階は、2階。1階の大林さんと松長さんは、近所のコミュニティーセンターに昨晩避難した。
親からは『外には出るな』と言われているが、庵名にはそんな事など関係なかった。
『楽しくなけりゃ人生じゃないじゃん!』
それが彼のモットー。
そう。
彼は自他共に認めるおバカさんなのだ。
「いぇーい!」
庵名はベランダから外に出た。一面の銀世界。誰もいない。うるさいガキも、ジジィも、犬も。
思う存分庵名は白銀の世界を満喫した。
3メートルの雪は街の景色を全て変える。それが庵名には新鮮だった。
「トモエのバーカ!」
ちなみにそれは元彼女の名前。
距離にして何キロ走ったのだろう。団地は見えなくなっていた。
「…さむっ」
防寒対策をしっかりしていても、やはり自然界の偉大なる力の前には無力だった。
眠たい。お腹減った。寒い。眠たい。お腹減った。寒い。寒い。寒い…。
庵名は回れ右をすると、自分の元来た足跡を辿っていく。
ニュースでは、この狭い東京で既に何人かが遭難した事を聞いた。
それを思い出して、庵名は一瞬身震いした。
…まさかね、そう自分に言い聞かせ、歩調を若干早めた。
歩き始めて約10分、突然背筋に悪寒が走る。
外寒いもんな、当たり前だよな、と庵名は自分の中でそれを繰り返す。
「ぅ……」
頭が、痛い。しかも割れるように。
全身が怠い。
耳鳴りがひどい。
動悸が早くなる。
さっきまでの快晴が嘘の様に、激しく強く轟々と雪がふぶいてきた。
まずいかもしれない。そう庵名が思った瞬間、耳元で誰かが囁く声が聞こえた。
『 』
強い吹雪の為、上手く聞き取る事ができなかった。
空耳かもしれないと考え、また歩みを再会しようとしたその瞬間
『君を待ってるよ』
視界が、段々と黒くなる。
筋肉の弛緩した身体が、冷たい雪の上に倒れる。
意識が遠退いていく中で、今夜のテレビに大好きなグラビアアイドルのあいちゃんが出演する事を思い出した。
あ、俺、死ぬかも。
自分の葬式でトモエは泣いてくれるのだろうか、そんな事を考えながら庵名はゆっくりと意識を手放した。