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これぞほんとの悪役令嬢サマ!?〜掃討はすみやかに〜

作者: 黒鴉そら
掲載日:2026/06/05

 座右の銘は”先手必勝”


 貴族社会において舐められたら終わりと教えられてきた私の辞書に平民へ謝るなんて言葉は載っていない。


 だから婚約者であるクリス王子から「エリザベス! お前がルナに暴言を吐いたことは知っているぞ! ルナに謝れ!」と言われた時は貴族令嬢にルナという名前の子がいたかしらと当然のように考えた。




「クリス様、そう語気を荒くしないでくださいませ。ルナ、というのはどちらのルナ様ですか?」


 と知らないことを少々恥に思いながら問いかけた。


 貴族の名前はほとんど覚えている。覚えていないということは新興の貴族か、あるいは他国の可能性もあるなと思った。


 知らないままお茶を濁すこともできたが、謝れという内容である以上正直に知らないことは知らないと答えた方がいいだろう。


 しかしクリス様は隣にいた女性を指差す。


 人を指差すものではありませんよとお小言を言いそうになったがその前にその女性の恰好が目に入る。


 この学園の制服は2種類あり、セピア色のチェックが入ったデザインが貴族用、紺色の地味な制服が平民用だ。


 値段は倍以上違うという。


 じぃっとその女性を眺めた。初めて認識する顔だ。何度かこの制服がクリス様の隣にいたことは知っていたが顔まで見たのは初めてだ。


「あなた、ルナとおっしゃるのね」


 というと彼女が返事をする前にクリス様が怒った。


「何を白々しい! いつも俺の隣にルナはいただろう! それに何度も俺に近づくなと注意したと聞いているぞ!」


 その言葉にきょとんとした思考になった。おそらく顔も似たようなものになっているだろう。




「私が? その女性にですか?」


 まじまじとクリス様を見た。正直何を言っているのだろうと思った。


 そしてさらに怒りに顔を歪ませた彼を見て言葉を続けることにした。


「私はその女性を今初めて認識しましたので注意するもありませんよ。それに私が平民に注意することなどありえません」


「なにぃ!? ルナを平民だと馬鹿にしているのか!」


「馬鹿になどしておりません。……それよりもクリス様、それほどまでに怒りを露わにするなんて……一体彼女とどのようなご関係なのですか?」


「ルナは……俺の友人だ。だから平民であっても俺と同様の敬意を払ってくれ」


「ゆう、じん……ですか。なるほど、そうなのですね」


 下がり始めた口角を無理矢理上げることにした。自然とアルカイックスマイルとなる。


 平民……クリス様に近づく……友人……。


 ゆっくりと浸透させるように頭の中に情報をインプットさせていく。


「クリス様、教えてくださってありがとうございます。こちらの方はルナさんとおっしゃるということをしっかり覚えておきますわ」


「ああ。覚えて、今度からルナには近づかないようにしろ!」


 声を再び荒げてクリス様が言う。


「……? ええ、もちろんですわ」




 クリス様は何を言っているのかしら。


 もう会うことなどないのに近づくな、なんて……。






 それに平民に注意なんて私がするはずがない。


 だって注意する前に──してしまえばいいのだから。



◇◇◇

 バチバチバチ、バチバチバチ。


 その日の夜。女子寮に火の手が上がった。


 学園近くに家を持たない貴族や平民が入居している学生寮だ。


 男子と女子の寮は離れており、どちらも5階建ての建物だ。


 その中の3階、右から2番目の部屋がバチバチと燃え盛る。


 時刻は0時を回った頃。大抵の者が寝静まっている時間帯である。


 しかし学園の警報装置は優秀で、すぐに通報が入り魔法使い介入のもとに火は消し止められた。


 水魔法で鎮火し、部屋は時魔法で元の状態へと戻していく。これで燃えてしまった壁や家具も綺麗に復旧される。


 物の被害はゼロ。唯一犠牲となったのはこの部屋の持ち主であるルナである。


 ベッドに入って就寝していた彼女が焚いていたアロマが原因となり出火し、火というよりは煙を吸い込んだことによる中毒死だった。


 窓は元々建付けが悪かったらしく焦った彼女はうまく窓を開けることができずにそのまま部屋で亡くなった。


 本来ならば火の不始末が原因のため彼女の両親へ部屋の修繕や消火の費用が請求されるはずだったが、被害がルナ一人だったことと娘が亡くなったことにショックを受けているのに金の請求をするのは心苦しいということで学園の寄付金から費用は出された。






 そのセンセーショナルな知らせを聞いたとき、クリスはうまく事を理解できなかった。


 ショックを受けすぎて脳が拒否反応を起こしたのだ。


 しかし報告を受けるうちにこれは現実なのだと理解し、ゆっくりとだが受け入れていった。


「どうしてだ……なぜこんな……」


 椅子に座ってうなだれるクリス。側近は近くにいるものの彼らもルナと親しくしていたためクリスと同様の反応だった。


 そして人間というのはあまりにも受け入れがたい現実を目にした時、そこから逃げるような行動に出る。


 クリスが取ったのは八つ当たりのような行動だった。


「……エリザベスだ。あいつが、あいつがやったんだ!」


 立ち上がりながらそう叫んだ。


「クリス様、それはあまりにも……っ」


「そうですよ。さすがにそれは……ショックを受けているのは分かりますが……」


「ええい! うるさい! エリザベスだ! あいつの所へ行くぞ!」


 ジャケットを急いで羽織り、エリザベスの元へ向かった。


 午前中はショックのあまり授業に出られなかったクリスが部屋を出る頃はちょうど昼休みの時間になっていた。エリザベスは目立つ存在のため歩いている生徒に尋ねるとすぐに場所が分かった。


 昼食を終えて優雅にガーデンテラスでティータイムを楽しんでいる最中のようだ。


「くそっ、ルナが死んだばかりというのにティータイムとは! なんて非道な女なんだ」


 興奮する気持ちを隠せないまま腕を大きく振ってティータイム中の淑女の場へ現れたクリス。


 エリザベスと同じ席についていた女子生徒は思わず「きゃあ!」と声をあげた。


 非常識な行動とクリスの憎悪の表情に怯えてしまったのだ。


 しかし当の本人であるエリザベスは周囲の反応やクリスが怒りながらやってきたことにも慌てず手に持ったティーカップから紅茶を飲んでいく。


「……美味しい」


 これまたゆっくりとテーブルへ戻した後にようやくクリスへ顔を向けた。


「クリス様。そんなに慌てて私の所へいらして、どうなさいましたの?」


「はんっ! なんて白々しい態度なんだ! お前だろう! お前が犯人なんだろう!?」


 唾を飛ばしそうな勢いでクリスが言う。


「あら? 犯人だなんて一体何のことをおっしゃってるんですか?」


「っ、ルナだ! ルナが昨日死んだんだ! お前が! お前がやったんだろう!」


「く、クリス様、さすがにそんな言い方はエリザベス様に対して失礼ですよ……」


 側近がたしなめる。


 そこで少しだけ我に返ったクリスは立ち止まり、「ふーっ、ふーっ」と獣のように怒りの気持ちを吐き出した。


(確かに、エリザベスがやったと証拠があるわけでもないのに浅はかだったか?)


 と少し反省した次の瞬間──驚くべき言葉が返ってきた。


「──ああ、そのことでしたか。殿下の隣にネズミがいたので駆除しておきましたよ」


 ふっ、と。まるで今日は良い天気ですねというくらい軽い声色で彼女はそう言った。


 固まるクリスと側近2人。ティーテーブルにいる他の令嬢はエリザベス同様に落ち着いた動きを見せている。


「駆除? ……まさか、お前がやったのか?」


 ぽかんと口を開けて彼女を見る。


「あら。ご自分でそう言ったのに肯定した途端に疑うんですか? ふふ、クリス様って相変わらず面白い方ですね」


 くすくすと迎合するように同じテーブルの少女も笑う。まるで見世物のようだ。


 馬鹿にされていることを察したクリスは一気に顔を赤らめた。


「どういうことだ! 説明しろ! ルナを殺したのはお前だというのか!?」


「殺すだなんて物騒な物言いはおやめください。私は昨夜、自分の家から一歩も外に出ていませんよ。ただネズミ駆除の依頼をしただけです」


「なぜだ……ルナは、殺されるようなことは……なにも……っ、ルナは優しい子だった。エリザベスに何もしていないだろう!?」


(どうして罪もないルナが殺されなければならない! エリザベス、こいつはやっぱりおかしい)


「はい。私はルナさんとお話したこともなければ、昨日初めて存在を認識致しました。クリス様のご指摘通り、私自身はなにもされていませんよ」


 淡々と話し、少し喉が渇いたようで再び紅茶を口に含んだ。ゆっくりとした動作で置かれたカップから音は出ない。


「理由はただ一つ、クリス様が彼女を友人だとおっしゃったことにあります」


「そうだ、友人だ! 何一つやましいことなどなかった! ただ仲良くしていただけなのに何が悪い!」


「まぁ! 平民と仲良くなんて……ふふ、この国の継承権第一位の方のお言葉とは思えませんね。とても面白い冗談ですわ。私たち貴族は、平民と仲良くなんてできないですよ。支配する側と支配される側の関係性。それが正しい貴族というものです」


「……っ!!」


 ぐるるっと唸るような声がクリスの喉からした。声にならない怒りを必死に堪えている。


 怒りが思考を染め上げていく。しかしそれを行動に移せないのは、どうしようもなく目の前の婚約者が恐ろしく感じたからである。


 平民をいとも簡単に殺してしまう。その残虐性が恐ろしい。しかもそれを何ら恥じることも、罪悪感を抱くこともない様子。付き従うようにテーブルにいる少女達もエリザベスの言動に驚きもせずに眺めていることが怖かった。




「もしかして、クリス様は私よりも平民を選ばれるおつもりでしたか? 平民でも貴族の養子として迎えれば表面上は貴族となりますものね。確かにそういった家はありましたわ。ですが、それは下級貴族の場合までです。クリス様は将来、この国の王となる尊い身、平民と心通わせる必要などないのです。平民に肩入れしてしまえば様々な政策を立てる際の雑念になってしまいます。友人が欲しいのでしたら私がご用意致しますわ」


「…………」


 クリスは何も言えなくなってしまった。


 目の前の婚約者が急に、得体のしれない化け物のように感じたからだ。


「……クリス様、ここは離れましょう」


 そうっと側近がクリスへ囁く。


 それにこくりと頷いてから「失礼する」とだけ言ってガーデンテラスから退室した。



◇◇◇


「失礼する」


 そう言って出て行ったクリス様をにっこりとした笑顔で見送ってから、冷めた紅茶を使用人を呼んで淹れ直してもらった。


 どうしてクリス様はあそこまで落ち込むのか、理由は分かるが理解は全くできない。


「はぁん……素敵ですわ、エリザベス様。殿下相手にも毅然とした態度で、わたくし感動しました」


「エリザベス様のレイス家は貴族の中の貴族と言われていますものね。何人かの令嬢はネズミに困らされていましたからエリザベス様が駆除してくださって助かりましたわ」


 キラキラとした瞳でエリザベスを賞賛する少女達。


 それに対して笑みを浮かべ、「あら、そんなに困っていらしたなら早く教えてくれたら良かったのに。昨日クリス様から言われて初めてネズミの存在を認識することができましたわ」と答える。


 事実、エリザベスは昨日初めてルナの存在を認識した。


 それまでは紺色の制服を着た何かがクリス様の近くにいるな、という認識でしかなかった。


 学園内では専属の使用人はいない。しかしクリスは王子であるため学園内で世話をしてもらうために任命したのかと思っていたが、まさか友人と思っていたとは……。


 クリス様の優しさは美点ですが、それを平民にも向けてもらっては困りますわ。




「貴族と平民の間には大きな隔たりがあります。たまに平民と仲良く、なんて貴族がいますが、それは間違いですわ。せっかく綺麗に棲み分けられた部分を抜け出してしまえば、後に待つのは崩壊のみ。それは歴史が既に証明していますもの」




 平民と恋をして駆け落ちするなんて話は珍しくない。数としては少ないがその末路を知らない世代が繰り返していくのだ。


 金が尽きて仲違い、あるいは金目当ての悪党に襲われるなんてこともある。


 ハッピーエンドなんてお伽噺の中にしかないことをエリザベスは理解していた。




 婚約破棄も、王子の廃嫡も起こらない。


 なぜなら不穏の種が芽吹く前にレイス家が駆除するから。


 貴族の当主は代々その言葉を引き継いでいく。


 レイス家がある限り、貴族社会は円滑に回っていく。




 学園を卒業したのち、クリス王子とエリザベスは婚姻を結んだ。


 次期国王と王妃の結婚式は盛大に祝われ、この国の将来が明るいのだと伝わった。


 ある側近の日誌によれば、二人の関係性はまるで蛇に睨まれた蛙のようだったと記載されている。


 表向きはクリス王子を立てていたエリザベスだったが、その裏での関係性は真逆のようだ。



◇◇◇

裏側のお話 ~始まる前に終わった女 ルナ視点~


 ※火事描写があります。苦手な方はご注意ください。






 私、ルナ!


 平民だけど魔力量が多いってことで貴族が通う学園に入ることができたの。


 この学園、設備がすっごくて、入学金や学費はとてもじゃないけど平民じゃ払えない額!


 だけど特別な才能を持った平民は特待生として入学を認められて、色んな費用が免除されてるの。


 それは良いことなんだけど……この学園、平民と貴族はきっちり線引きがされてるみたいで、色んなことが違うの。


 例えば分かりやすい部分で言うと制服!


 貴族用の制服は赤茶色で可愛いチェックがあしらわれたデザインなのに、平民用の制服は紺色一色で使用人服みたいなの。


 まぁ私の顔が可愛いからこんな地味な制服を着てても目立っちゃうけどね? むしろ制服が地味な分顔が引き立っちゃうかも。


 そんな私だからこそ、色んな男の子が良くしてくれる。


 さっきも言ったけど平民と貴族は線引きがされていて、食事も平民と貴族では違うの。


 だけど差額を払えば平民でも貴族用の食事が食べられるから、仲良くなった貴族の男の子たちにおねだりして一緒のメニューを食べてる。


 前世でもなかなか食べられないような高級ステーキが毎日のように食べられて、私幸せー。




 このままこの人達と仲良くなって、玉の輿を狙うつもり!


 だって貴族の生活って平民と全然違う!


 まさにセレブの生活って感じで憧れちゃう。


 うーん、どの男の子にしようかな?


 一番かっこよくて、一番お金持ちの人がいいなぁ。


 そう思っていたらこの国の王子様と仲良くなったの! 名前はクリス様。しかも第一王子なんだって!


 王位継承権第一位……ってことは次の国王様ってことだよねぇ。


 転生した今世の私はすっごく可愛い。天然ウェーブの金髪は物語のお姫様みたいだし、華奢なのに大きな胸はまさに男の子が好きな女の子って感じ。


 さりげなく隣に座ったときに下品にならない程度に胸を当てると……クリス様、顔赤くしちゃって可愛い!


 王子様ってことは婚約者とかいるみたいだけど、そこまで仲が良いわけではなさそう。


 定期的に会ったり贈り物はしてるけど、エリザベス様って優秀過ぎて気おくれしちゃうんだって。


 確かに綺麗だけど、綺麗過ぎてちょっと怖い雰囲気がある。少し釣り目で雰囲気がなんか硬質的。


 男の子は、ふんわりした女の子が好きなんだよ? って教えてあげたい。


 私に任せて? クリス様。


 二人がうまく別れられるようにお手伝いしてあげるね?


 大丈夫、今までだって何度かやってきたから、今回もうまくいく自信あるよ。




 まずね、婚約者の女の子が通るたびにビクって身体を震えさせるの。


 そしたら男の子が「どうしたの?」って聞いてくるから「こないだ裏庭で……ううん、なんでもないの」と思わせぶりなことを言うの。


 それで「最近物がよくなくなっちゃうの」って話をして、通り道の噴水に自分のノートを浸しておくの。


「あっ」なんて切ない声をだして噴水に近づいて涙を流す。


 そうしたらあっという間。


「──様に近づくなって、婚約者の女の子から何度か言われてて……平民が調子に乗るなって言われたこともあるの……私、もう会わない方がいいのかな?」


 抱き着きながら胸を当て、切ない表情で見上げれば私の虜。




 さすがに王子様に嘘はつけないからクリス様の場合は注意されたとか、睨まれた程度にしておいたけど、純粋なクリス様は信じたようでだんだんエリザベス様のことを疎ましく思うようになってくれたの。


 そうしてとうとう本人に言ってくれた。


 間近で見るエリザベス様は女性にしては高身長で、ヒールを履いているのもあってモデルのようだった。形の良い唇で紡がれる言葉は淡々としていて、クリス様が指差したときに一瞥されて以降一度も私を見ることはなかった。


 まるで取るに足らない物を見るような目。


 悔しさよりも、恐怖が勝った。


 危険信号が鳴っていた。


 だから、本当はもっとクリス様の前であからさまに怯えたり、エリザベス様を煽るような行動をしたかったのにできなかった。


 けどクリス様は私が恐怖で何も言えなかったと解釈してくれたようで良い方向に回った。


 恐怖で何も言えなかったのは事実だけど、本当は演技のはずで……何か恐ろしいものに手を出してしまったような感覚に陥った。


 女子寮に帰ると、やっと一息ついた。


 ここに住むのは平民や下級貴族がほとんどだ。


 お金を持っている貴族は大抵学園近くに家を持っている。


 だから平民だからと見下す人はほとんどいないため過ごしやすい。下級貴族の中にも平民と関わりたくないという子もいるけれどそうじゃない子もいる。ヒイナは平民にも優しい貴族の子だ。女子寮のまとめ役のような存在で、女子生徒の中で唯一といっていいほどの友達だ。


 女子寮の中以外で話すことはないけれど、女子寮の中だけは平民と貴族という垣根を越えて友達になれる。


 談話室のソファーで飲み物片手に休んでいると、ヒイナが現れた。その手にはアロマキャンドルを持っている。


「ルナ、疲れた顔してたからこれプレゼント! 寝る前に点けておくと良い匂いがしてよく眠れるよ~」


 はい、とグラスに入ったキャンドルを渡してくれる。


「ありがと、ヒイナ。早速今日から使ってみるね」


 そう言うとヒイナは嬉しそうに笑った。


「うん! ほんとにぐっすり眠れるからおすすめだよ!」


 ヒイナはいつもにこにこ楽しそうだけど今日は特に嬉しそうだ。


 しばらく話していると22時を過ぎてしまったため就寝の挨拶をして自分の部屋へ向かう。


 部屋を薄暗くするとだんだん眠くなってきた。


 今日は早めに寝てもいいかもしれない。


 ヒイナにもらったアロマキャンドルに火を点け、ベッドから少し離した棚の上に置く。


 ふんわりとしたラベンダーの香りが漂ってきてすごく良い気分だ。


「……ありがと、ヒイナ」


 目が自然と閉じていく。








 バチッ、バチバチッ


 何か破裂音のようなものが聞こえてくる。


「……夢?」


 うっすら目を開ける。なんだかとても頭が重い。


 それに今は涼しい気候のはずなのにすごく暑かった。


「……え?」


 目を開くと部屋が赤く染まっていた。


 アロマキャンドルが豪快に燃えている。


 火事だ。


 逃げなければ。


 そう思って部屋の出口へ向かおうとしたが既に火の手が回っている。


 さっきまで棚しか燃えていなかったのにすごい勢いだ。


 ならば窓を開けて逃げようと窓のレバーを引く。


 けれど少し硬いがいつもなら開いてくれるはずの窓が開かない。


「あれ?」


 ぐっ、ぐっと何度も力を込める。


 しかし開かない。まるで外側から固定されているようだ。


 その間にもどんどん火の手が回る。黒い煙はすでに部屋中に充満していた。


「っ、ごほっ、んほっ、えふっ、う゛っ」


 気持ちが悪い。黒い煙がどんどん肺の中へ入ってくる。


 息が苦しい……。


 どんどんと窓を叩く。誰か気づいて欲しい。


 その望みが叶ったのか、人影が見えた。


 ここは3階だ。浮遊魔法を使える人が助けに来てくれたのだ。


 私は魔力量こそあるものの、まだ魔法が使えない。こういう時になってもっと勉強しておけばと後悔した。


 けれどまだ助かる道がある。


 助けてもらった後は真面目に魔法の勉強をしよう。


 …………。


 しかしまだ助けてもらえない。


 人影は近づいて来ているが暗くてよく見えない。


 あ、ようやく見えた。


 あれは──


「ヒイナ? ヒイナ!」


 叫ぶ。


 窓の外にいたのは友人のヒイナだった。


 彼女が魔法を使えるなんて知らなかった。しかも浮遊魔法は高度な魔法だと聞いているのにすごい。


 さらに、魔法を使ったのか窓がだんだん開いていく。


 良かった。助かる。


 しかし窓は少し開いた所で止まった。腕一本入るくらいの隙間しか空いていない。


「ヒイナ! 助けて!!」


 これで声は届く。ヒイナに向けて叫んだ。


「ルナってほんとおめでたい性格してるよね。あたしのこと疑わないんだぁ」


 にんまりと、初めて見る表情でヒイナは嗤う。


「あたしとあんたは友達じゃないよ? 貴族のあたしが平民と友達になるわけないじゃん」


「ヒイ、ナ?」


「あたしはエリザベス様の子飼いだよ。女子寮の管理を任されてて、エリザベス様が入学する時に潜入を任されたの。で、今日初めてエリザベス様直々の命を受けたんだぁ。ルナという平民を駆除しなさい、だって。ああ~痺れちゃう~~! エリザベス様の命令する姿かっこいいんだよねぇ。あたしとしてもあんたのこと嫌いだったしちょうどいいや。キャンドルを今日使うかは分からなかったけど、早速使ってくれたみたいで嬉しいよ。やっぱネズミ駆除は焼くのが楽しいよね~~。じゃ、1時間くらいしたら鎮火しにくるから、早く死んどいてね。さよなら~~!」


 そう言うとヒイナは上の階へぷかぷか浮いて去っていった。


 半端に開いた窓をガンガン押すがぴくりともしない。


 必死に叫んでも誰もやってこない。


 叫ぶと酸素を取り込むために肺が動き、黒い煙を吸って──意識が途絶えた。






END




 あとがき


 婚約破棄や悪役令嬢ものが好きで書きたかった。

 結構物語の悪役令嬢って勘違いされているだけで優しい人が冤罪に、のパターンが多いですが、今作のエリザベス様は貴族らしい貴族で敵に容赦がありません。


 災いの種が芽吹く前にさっさと終わらせるタイプの悪役令嬢です。


 クリスは最初こそ憤りますが、ルナにのめりこむ前だったのでわりとすぐに持ち直していきます。



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― 新着の感想 ―
ある意味、、納得できました。
ルナが可哀想な平民の女の子じゃなくて良かったw
平和ボケした転生者がガチ身分社会にいればこうなるの見本みたいな物語。 クリスは感性が平民寄りだから惹かれ合ったか。この人も貴族や王向いてないけど、平民の生活は出来ないから一生エリザベスに飼われてない…
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