9.胸騒ぎと切れた鎖
仕事の手を休めて、イヴァンは窓の外を見ていた。
少しずつ秋の訪れが、庭を朱や黄色に色づきさせ始める。
「イヴァン様。フェアリット男爵家嫡子、ルイファン様から御手紙です。」
アスキスから手紙を受け取り、ペーパーナイフで封を切る。
内容が頭に入ってこない。そのため、幾度も文字を追う。
「…どうすればいい?」
アスキスへの問いかけではない。自分自身へのものだった。
「どういった内容ですか、イヴァン様?」
その手紙をアスキスに手渡した。
イヴァンは長くため息をついた。
自分がそうするべきだということは、十分過ぎるほどわかっていた。
しかし、一度手に入れたら手放せない。
自分勝手だというのは重々承知だ。
このまま、彼女に知らせずにいたら?
などと卑怯な考えさえ、うまれてくる。
ここに居るように懇願すべきなのか?
「どうするおつもりですか?」
選択を迫られていた。
彼女は父親を心から愛している。
きっと知らせずにいて、事実を知られたら、向けられる視線は怒りではなく、悲しみ。
そんなこと耐えられそうにない。
「……―――――、ティア。」
口の中で呟き、息が詰まるように感じた。
イヴァンの中にあるものは火に炙られるような焦燥だった。
その日は何でもない、いつもと変わらない一日であるはずだった。
いつも通りの朝。
ティアは、父から贈られた娘たち全員お揃いのペンダントを取り出した。
美しい白金の細かな装飾を施された台座。
カットされてはいないが、輝きを閉じ込めつつもほんの少し光を放つ琥珀石。
柔らかな蜜の色は、ティアの気持ちを落ち着かせる。
眺めていたそれをなおそうと、オルゴールを開けた時だった。
音も鳴らず、ペンダントの鎖が切れてしまったのだった。
ざわり、と胸を波立たせる不安はどんどんひろがっていく。
感覚的でティアにもよく分からない。
でも、何かがそこには存在していた。
きっと大丈夫だわ。何も悪いことなんて起きないはず。ただ、鎖が切れただけ。
「イヴァン様に御願いして、直していただけるように手配しなくてはだめね。」
自分に言い聞かせるように、ティアはそっと呟く。
ちょうどその時。
「ティア様、旦那様がお呼びでございます。」
メイド頭に告げられる。
伴われて行く間の胸中はひどく騒がしい。
邸の廊下を長く感じた。
ドアをノックする硬い音。
イヴァンは窓の所に佇んでいた。
こちらを見ようともせずに、今まで聞いたことがないほどの静かな低い声。
「ルイファン殿の手紙を読めばすぐに解る。」
アスキスがさっと一枚の紙を手渡す。
「……………………フェアリット男爵が病により床へ臥している。」
頭が追い付かない。
広がるのは真っ白で空虚な世界のみ。
更新が遅くなり申し訳ありません。
「胸騒ぎと切れた鎖」如何でしょうか?
イヴァンもティアも苦しい展開となってしまいました(´・ω・`)
お付き合いくださいませ。
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