3.父との別れ
‘身ひとつで来るように’そう言われていると聞き、ティアは安堵した。火事で持ち物は焼失しているのだった。そのため、恥をかくことはない。
馬車に揺られて、マティンリ侯爵邸に着く。
「どうぞこちらです。」
執事に促されて応接室に通される。ティアは緊張していた。手に汗を握る。
ドアが開く時に僅かに軋んだ音。入ってきたのは、一人の男性で、金色の髪に漆黒の瞳。瞳の中に赤い光が横切ったような気がした。「契約成立ということでよろしいのですね。」
腰掛け、口元だけで侯爵は笑みを作った。
「アスキス、用意したものを。」
従者に一声掛け、開けた箱の中には、サータが入っていた。おそらく五千万枚だろう。
「マティンリ侯爵、ありがとうございます。」
「別れの時間を三時までにお済ませください。では、失礼します。」
マティンリ侯爵は応接室から去って行った。
「……お父様、もうすぐお別れですわ。手紙を書きますね。」
ティアは涙をこぼした。父はティアを幼い子供にするかのようになだめた。
たくさんの不安があるけれど、ここが家になることは変えられない。日常の中に小さな幸せを見つければ、きっと穏やかに暮らせるはずだから。
時間は刻一刻と過ぎていく。
「お父様…………。さよなら。」
ティアは父と抱擁をかわした。
――本当の気持ち。本心。帰りたい。家族と離れたくない。
でも、そんなこと言えない。
肩を落として去って行く父の後ろ姿。
ティアは立ちつくした。
「ティア様とお呼びしてもかまいませんか?」
「はい。あなたは?」
「メイド頭のサミーノ・フルルと申します。今からティア様のお部屋にご案内致します。」
しばらく歩いた。………一人で歩き回ることはとてもできないことが予想できる。
「ティア様のお部屋です。こちらがリラックスルームでございます。御用がありましたら、この鈴を鳴らしてください。」
「はい。」
「こちらが寝室です。」
レース仕様の天蓋布。刺繍された寝具。
どれも素晴らしく、ティアは目を見張った。
「こちらが衣装室です。」クローゼットの中にはきっと夏中に着れないだろうと思われる数のドレス。
「では、浴室へ。」
連れて来られて、ボタンを外される。
「サミーノさん!?待ってください!!あの、私自分でできます。だから。」
「旦那様のご命令です。お任せください。」
「でも………。」
「旦那様のご命令です。」ティアは、羞恥に顔を赤らめた。髪を丁寧に洗われ、体を磨かれる。
コルセットを身に付け、ドレスを着た。
薄い化粧を施され、目を開く。
「もう夕食の時間です。参りましょう。」
「はい。」
ティアは立ち上がった。
喜びのため息をイヴァンはついた。彼女はもう俺のものになる。
ーー愛しているが、どうすれば、愛されるだろうか。一方的な愛など、虚しいものだろう…………。
父は母を愛していた。しかし、母は憎んでいた。俺にも冷たい仕打ちを向けた。彼女の全てを手に入れたい。そのためには……。
「イヴァン様、夕食の時間です。」
アスキスの声を聞き、そこに向かった。戸惑うように恥じらうように彼女は淑女の礼をした。
ドレスの布地は淡い桃色。リボンとレースの飾り。すべてが彼女らしさを引き立てている。
自分の見立ては間違ってなかった、と確信する。
胸の高鳴りを隠し、平静を装う。
ディナーが始まった。
ちょびっと長くなりましたm(_ _)m
ディナーのことまで書くつもりでしたが、次話になります。
どうか、お付き合いくださいませ\(^^)/