18.隠したものと暴かれたもの
「落ち着いたか、ティア?」
マティンリ邸の一室に三人は居た。トゥユリの術はイヴァンが解き、彼女はティアの後ろに控えている。
その視線はイヴァンに対して鋭利なものだった。
暖炉の薪から、がたん、と大きな音が響く。
「つらいことを強いているのは解っているが、……話してくれ。」
ティアは俯いたまま、小さな声で答えた。
「……お父様が、あと、七日で、お姉様の誰かが協力している、とあの人が。」
「…そうか。」
イヴァンの手が伸ばされ、ティアの目元をそっと拭う。
「あと、これをサラお姉様に渡すように、と言われたのですが、私はどうしたら?」
ティアが取りだした物をイヴァンは見つめる。
毒々しく、好ましくないのがはっきりと判った。そしてそれが何の木の実であるかも。
「何故、ここに来たんだ?父上に付いていた方が良いだろう?」
「……沢山、伝えたいことがあります。知りたいこともあります。お父様がご病気ではなくて、呪いだと聞いて。」
何故、お父様が。その思いは姉から聞いてからずっと消えない。
「知らないままの方が良い。」
二人の視線がかち合う。
「何故ですか……?」
「絶対に父上は助ける。誓う。」
薄暗闇の中、イヴァンの瞳に赤い光が宿る。
「――です。」
「ティア?」
「嫌です!待つのは嫌、何も知らされないままただ生活することも嫌、です。」
ずっと何も出来ない自分にどれ程歯痒い思いをしてきたか。
何の力も無くても、出来ることがあるはず、きっと見つかる。
「知ればまた今日のように、いや、今日以上に怖い思いをすることになる。狙われる可能性だってある。」
現にティアの姉、サラは狙われてしまった。今回がそうだ。
「もう私達狙われています!私は怖いです、今日も怖かったです。でも、私のお父様なのに…。」
大きくイヴァンはため息をつく。ティアは不安を覚え、黙り込む。
「ティアは精霊の存在を感じることがあるか?」
唐突過ぎたかもしれない、とイヴァンは考えた。
「精霊は主に植物などに宿る。ただ、ある木だけ寄り付かない。その木の実がこれだ。」
木の実をテーブルに置く。コツン、と音が響く。
「この木の実の名は"コウヌギ"だ。これを持つ人間を精霊達は信用しなくなる。あの男の狙いはそれだったんだろう。」
「どうして、サラお姉様に?」
「推測だが、稀に精霊をはっきりと感じることが出来、彼らと契約を交わす人間がいる。きっと姉君はそんな"精霊士"の一人なんだろう。精霊士がコウヌギの木の実に触れれば、契約をした精霊は怒り狂うはずだ。」
そして、襲いかかる。その言葉をイヴァンはのみ込む。彼らは善き隣人であると共に、危険な敵となる可能性も持ち合わせている。
「解ったこともある。精霊は呪いの類いは嫌う。明日、ティアと姉君、姉君の婚約者の四人で会おう。時間が無い。協力しなければ。」
「お父様の呪いは、どうするのですか?お姉様の婚約者をご存知なのですか?」
「明日、情報を共有するつもりだ。父上は、必ず助ける。姉君の婚約者は悪魔族だ。」
「明日ですね。お姉様のこと……知りませんでした。」
気落ちしながら俯くティアの髪をイヴァンは手で鋤く。
「今日は何故、此処に来たんだ?」
「お礼が言いたくて。お父様の為に尽力してくれて、ありがとうございます。」
何も言わず、じっと見つめられるとティアはどうすれば良いのか分からない。
「今日も助けてもらって。私、イヴァン様に助けられてばかりですね。」
ティアが小さく笑う。
もう一つ伝えなければいけないことがある。
ここに来る前は、あんなにも溢れそうだったのに。
今は、怖い。
「…ティア?」
ティアは頭を振って、何でもありませんと答える。そんな様子をイヴァンは切なげに見つめる。
「送ろう。」
立ち上がり、手を伸ばす。その手をトゥユリが睨む。
ティアが手を取ると、ますますひどくなる。
「侍女殿。…………“花”の香りがする。誰にその身を捧げた?」
その後も続く静寂。誰も破ろうとはしない。
息をするのさえためらうほどだ。
ティアは再び、知らされないという不安に駆られたのだった。
遅くなりました、申し訳ありません。
半分ほどできていたものに加筆致しました。
遅過ぎますが。
じれじれにお付き合い下さいませ。