16.想いの行き先
ふと物思いに沈む。紅茶を運ぶ手も止まっており、ノック音も聞こえていなかった。
「ティア?ぼんやりしているわね、どうしたの?」
一つ年上の姉、サラだった。
「サラお姉様……!あの、いつから?」
「ついさっきよ?」
ノックしても気づかないんだもの、姉が呟く。
「ご病気がどんどん進行しているって聞いたの。」
「あなたは何も聞いていないのね?」
その言葉にティアは疑問を持った眼差しを向ける。
その様子に姉がため息を小さくつく。
きっと伝えることは侯爵にとっては、本意でないに違いない。
もう子供ではない。まだ大人でもないけれど。知り、全てを受けとめることだって出来る筈だ。
「何も……?サラお姉様、どういうことなの、何があるの?」
「落ち着いて聞いてちょうだい、ティア。お父様のご病気は悪魔に因る“青血呪”という呪い。」
ティアの瞳に驚愕の色が浮かぶ。
「私は身近な処にいる悪魔族に注意すべきだと思ったわ。」
もしかして、イヴァン様が、呪いを?でも、どうして?何の為に?
「ティア、あなたは想い人さえ疑うの?」
「………。」
「言ったでしょう?『思った』って。あなたをこの邸に帰らせた時点でその疑いは晴れているわ。」
でも、どうしても不信感を拭えない。
「ウィリアムが言っていたのだけれど、マティンリ侯爵は呪いを解くために奔走しているって。」
「でも悪魔族と人間は相容れない、聞いたもの。」
「確かに悪魔族と人間は違う。でも、その差は小さいのよ。魔力持ち、丈夫な身体を持っている。感情だって持ち合わせているし、理性も持ち合わせているわ。人を愛することも出来るのよ。そうでなくちゃ、私は何を信じて彼を愛したというの?あなたは何を信じて恋をしたの?」
確かに自分の好きな人を疑うのは、自分を信じていないことと相違ない。
ティアは自身を恥じ、うつむいた。
「お父様の病状は急激に悪くなることなんてないわ。少しの間出掛けても平気よ?」
「でも、………。」
「お父様の為に動いて頂いているし、…………本当は会いたいのでしょう?」
お父様のことがあって、知らない振りをして、考えない振りをして。
本心ではずっとあのままでいいの?っていう後悔が消えなくて。約束がなければ、なんて只の言い訳。
会いに行くことが出来る距離のうちに、行かなくちゃ。
「私、行ってきます……!サラお姉様ありがとうございます!」
ティアは立ち上がり、馬車の用意をするようにメイドに頼む。トゥユリが扉を開け、ティアが部屋を出る。トゥユリが閉める直前。
「ティアは“マティンリ侯爵”に会いに行くのよ、“悪魔”ではないわ。」
「存じております、サラ様。」
しっかりした声。それには力が込もっている。
扉が閉まる音がやけに大きく聞こえた。
それより二時間ほど前にイヴァンはある邸に居た。
この間の公爵の邸で開かれたピアノ演奏会に来たためだった。
会場は和やかな雰囲気に包まれ、談笑する声が彼方此方であがっている。
「やぁ!マティンリ侯爵!」
陽気で馴れ馴れしいとさえ感じる声の主は、軽口伯爵ことストリーブル伯爵だった。以前見かけた時と何ら変わった様子はない。此方に対する敵意はない。これが演技ならば、相当の切れ者だ。
「ストリーブル伯爵、久しぶりですね。」
「堅くならないでくれよ。お義兄さんと呼んでくれ。いや、お互い最愛の人と結ばれるのは先になりそうだが。」
「よくご存知ですね。流石情報が早い。」
「悪魔族との婚約、婚姻の話はすぐ広まるものだからね。」
ふと空気が揺れた。それは術者の悪魔しか判らないもので、誰かが門を通ろうとしたらしい。魔力が感じられない。それならば、迷い人だろうか。
「申し訳ないのですが、今日は戻りたいと思います。」
「そうかい?また今度、義兄弟水入らずで食事でもどうだい?」
「……楽しみですね。」
注意深く相手を観察しながら、応える。足早に出口に向かう。それ故に肩がぶつかり合う。
「申し訳ない、ソロン子爵。」
「いえ。」
男性用のコロンと何かの混じり合った匂いが鼻につく。そして一瞬の違和感。
しかし、それも霧散していく。イヴァンは、ただ帰路に急いだ。
「16.想いの行き先」如何でしょうか?
ちょっと唐突かな、とも思いましたが、進めます。
読んで下さる皆様、ありがとうございます(^O^)
遅筆な作者にお付き合いくださいませ。