14.悪魔族の男達
柔らかな暖かみのある灯り。人々の談笑する声がざわめく。居心地良さと緊張感という相反するものが存在している。――――血の魔力を得るための場所。
「マティンリ侯爵がこんな所に来るなんて珍しいですな。」
恰幅が良く、緩んだ表情に口元。顎髭を手で撫で付けている。マキシキス公爵という悪魔族公爵だ。
「来てはいけないのですか、マキシキス公爵?」
「いや、そういう訳では無いのだがね。単に驚いただけなんだ。」
「時々、無性に危ない火遊びに手を出したくなります。」
こういった場に真面目な台詞は不要だ。情報を巧く引き出すだけでいい。
「君はこんな所に頼る必要は無いだろう?………フェアリット家の五女を手に入れたと聞いたよ。」
「……、たまには違った酒も味わいたいと思いましたから。」
でっぷりとした公爵は可笑しそうにクックッと喉を鳴らす。その様に、イヴァンは顔に青筋を浮かべないよう慎重に表情を選ぶ。
「そう言えば、軽口伯爵が言っていたな。マティンリ侯爵の義兄になる、と。」
「ストリーブル伯爵が?何故です?」
「…フェアリット家の四女と婚約したと聞いたんだが。まだ噂としてしか、聞いたことがない。」
「それは知りませんでした。ストリーブル伯爵とはあまり関わりもありませんから。」
ストリーブル伯爵か、とイヴァンは己の頭の中に記憶した。マキシキス公爵は続けて楽しげに言葉を紡いだ。
「姉妹の年若い順に決まるなんて姉達は気が気でないだろうな。」
明らかに含まれる侮蔑の色。フェアリット家には社交界でのかの有名な噂も存在している。
公爵は親しくしている貴族に声を掛けられ、イヴァンは挨拶をして離れた。仮にストリーブル卿が「青血呪」の術者ならば、四女の血を手に入れることは可能だ。利用することだけが目的なら悪魔はどんなことでも出来る。
目の前の光景に不快感を覚える。人間の致死量にあたる血を貪る悪魔族。かなり悪趣味だ。飲まずとも魔力は減ることなど無いのに。勿論、増えることもないのだが。
自分も同族であることに嫌悪感が生じてきた。
あの月明かりの夜に感じた衝動は触れたいという思いだけではなかったのだから。所詮、己も同じなのだ、と諦めの気持ちが拡がった。視界を閉ざせばざわめきは遠くへ潮がひくように、消えていった。
ガサリ、という大きな音に令嬢は肩を震わした。内心恐怖に苛まれながらも、音の方向へ目を向ける。視線の先にいたのは、愛するその人。ほっと安堵のため息をついた。風が彼の邪魔をするかのように木々を揺らす。
「…何か変わったことは?」
挨拶も無しに逢瀬の度に繰り返される問い。
「……妹が帰って来ましたわ。それだけです。」
昼間の空の下で窺える男の表情には何もない。令嬢に対する思慕も、何もかも。瞳に浮かぶのは、怪しい色だけであった。
「余り此処に立ち寄るな、と言った筈だが?」
冷淡な声音に気落ちしそうになりながらも、答える。
「お父様のご病気が善くなるようにと、お祈りに来ただけですわ。ついでに貴方が言ったおまじないの木を確かめに………。」
「それが余計なことだと言っている。」
分かりました、と小さく呟くように伝える。
そんな姿を男は変わらず冷冷たい目で見ていた。何も知らぬ愚かな娘。フェアリット男爵を蝕む呪いを「病が善くなるおまじない」であると、俺が言ったことを信じている。立ち去る素振りを見せれば、慌てたように声をかける。
「あの、次はいつ……?」
その声にさえ男は何も応えなかった。
やり取りしている彼らを窺う男がいた。アスキスである。
「やはり、親族のうちあの人が……。」
一人呟くアスキスに近寄る後ろの黒い影。一瞬の油断。気づいた時には頭に受けた衝撃。暗くなる視界。草を踏み分ける音。
「後ろが疎かになるなんて従者としてどうなんですかねぇ?」
間延びした声で言いながら、アスキスが注視していた主人は話を終えたようだ。
「その男は?」
「マティンリ侯爵の従者ですよ。やっと気づいたようですね。」捕らえますか?その問いに答え
「まともにやり合えば、此方が危ない。」
と男は言った。
鐘が鳴り出した。荘厳で響く音が周りに拡がっていった。
「14.悪魔族の男達」如何でしょうか?
ティアが出て来ない……。何だか違う方向に。次はちゃんと出します…!
これからもお付き合いくださいませ。