11.気付いた時には
ティア………。
口の中でイヴァンは呟く。頬にある涙の跡をそっとなぞった。柔らかく、儚げな月明かりはティアを照らしている。
視線は唇へと移った。
沸き上がる衝動と理性。それらは、イヴァンの胸中で争っていた。
明日には彼女は居なくなってしまう。
俺の身勝手な行動を許せ、ティア…。
イヴァンは柔らかく唇を重ね、しっとりとしたそれをついばんだ。
甘い……。彼女だからか、否か。判らない。
夜着をはだけさせ、首筋に吸い付く。
「…………ん…。」
彼女は身動ぎした。きっとこのまま続ければ、ティアは起きる。
この行為は彼女の本意ではないはずだ。今はまだ。いつか、再び。
日はもうすぐ真上にくる頃だった。
フェアリット邸に向かう馬車には、既に荷を積み終わっている。
ゆるく結われた彼女の髪を風がもてあそぶ様に吹く。
「あの、イヴァン様……?」
「どうかしたか?」
「本当によろしいのですか?」
「ああ、かまわない。ティアの為に用意させたものばかりだ。」
ティアは戸惑っている様子で、瞳が揺れている。
彼女のドレス等は全て持ち帰るように、メイド頭に指示したからだった。
ティアは結局、イヴァンの言う通りに受け入れたのだった。
「ありがとうございます。」
小さな声で、感謝の意を伝える彼女。
その後にふわりと微笑む。笑顔の見納めだ。父親が心配で堪らないはずの彼女が俺の為にくれたもの。
「……お世話になりました。」
「ああ。」
平静を装いながら、応える。この邸で共に過ごした時間は長いようで短い。
「お身体に気を……つけて下さい。無理を………なさらないで下さい。」
耳に届いた声。見つめれば視線が合い、ティアが先にうつむいてしまう。
「わかっている。……もう出発した方が良い。フェアリット邸には日が暮れる前に着くだろう。」
頷き、ささやかな別れの言葉を口にし、彼女は馬車に乗り込む。
馬車のドアが閉まる。
ゆっくりと加速していく馬車。遠ざかり終には見えなくなる。
一陣の風が吹いた。
「……失礼ながら申し上げます。これで本当に宜しかったのですか?」
「かまわない。」
自分に言い聞かせる。
胸が酷くざわつき、手に力を込める。自身の感情を握り潰すように。抑え込むように。
考えることはただ一つ。
フェアリット男爵の‘呪い’を解くこと。
それは彼女を悲しませる元凶を取り除くことになるのだから。
朝からの慌ただしさが消えると、帰り支度は全て調っていた。
身の回りの物をいただけたことはありがたいけれど。申し訳ない気持ちで苦しささえ、感じてしまう。
ただ、願うのは。
イヴァン様が父と同じような病にかからず、心穏やかに生活を送られること。
「もう出発した方が良い。」
そんな言葉に急かされた気がして。
ありきたりな別れの言葉を口にして。馬車に乗り込む。小刻みな揺れがティアの身体を揺らす。
私がこの邸にいた意味は何かしら……?
きっと迷惑ばかり掛けたかもしれない。
イヴァンの漆黒の瞳を思い浮かべた。
午後のお茶はいつだって、お仕事の合間に来てくれた。
旦那様は図書室に人が出入りなさるのを好ましく思っておりません。
これはサミーノさんに聞いたこと。
手持ちぶさたになるに違いないティアに、その場所を許してくれた。
気遣いから、優しさが感じられて。時々見ることのできた微笑。強い眼差しに引き込まれそうで、目を反らしてしまうこともあった。
拙い文字の願いを見つけた時。
いつかの貴方の傍に居たい、と………。
瞳からぽとり、と雫が落ちた。
ティアは振り向き、ぼやけた視界で小さなイヴァンの姿を見つけた。
また、涙が零れた。
馬車が曲がったのか、もう見ることはかなわない。
お父様、これから戻ります。病で本当に大変な思いをなさっていらっしゃるのに。ごめんなさい。
嗚咽が漏れた。
今、想うのは……イヴァン様。
馬車で半日の道のりなら、会うことだってできるかもしれない。
でも会う約束がなければ、会うことなんてできない…………。
……貴方が好きです。
好きなんです……。
少しずつ、貴方を知る度に育つ想いに私は気付けなかった。
後悔してもしきれない………。
「わたくしが言いたかったことは、その想いに気付いたその時には、その想いを大切にしてね。そして傍にいるの。伝えることができなくても、何があっても。……………まだ難しかったかしら?」
あの日の母の言葉が頭に響いた。
『11.気付いた時には』 如何でしょうか?
作者が感情移入しまくりで、文章がおかしい箇所があるかもしれません。
その時はご指摘よろしくお願いいたします。
遅くなり、申し訳ありませんφ(..)
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これからも遅筆な作者に、『悪魔の涙』の二人にお付き合いくださいませ。