15人対2000人!?元現場監督、ボロ砦の投石機を魔改造して大軍を完封する
ユーリ・アイゼンガルド、17歳。
自分は転生者である。
中堅ゼネコンの土木施工管理技士として駆けずりまわっていた記憶が蘇ったのはいつの頃だったか。
物心ついた時から等間隔の結び目をつけた縄を持ち歩き、城のあちこちを測っていたのは前世からの癖のようなものだろう。
成長にしたがってふと思い出した知識を手帳に書き留めていったけれど、個人としての記憶はあやふやだ。
前世の知識に基づいて無双してやろうなんて気持ちは沸いてこなかった。
なにせアイゼンガルド家は長男のジークフリートが、つまりユーリの兄があまりにも傑物だったのだ。
とにかく強い。あまりにも強い。そして顔もいい。
ユーリもまた母譲りの顔の良さは持っていたが、ジークフリートが太陽であればユーリは月だ。
光輝く金髪を靡かせる兄と、鴉のような黒髪を持ったユーリはあまりにも対照的だった。
さておきアイゼンガルド家は国境の要所を押さえる辺境伯の位にある。
つまり、この家で求められる才能は他者を圧倒する、ジークフリートの武力であったのだ。
ここでユーリは大人しく鳴りをひそめる事を選択した。
自分が目立つことで後継争いを巻き起こすのは愚策でしかない。
故にユーリは、”ぱっとしない変わり者の弟”という看板を喜んで背負うことにした。
誤解しないで欲しいのだが、ジークフリートや両親は決してユーリを軽んじることはしなかった。
兄はユーリの才覚を認めていたし、新しく砦を建てる時などは必ずユーリを連れていきあれこれ意見を聞きたがった。
兄は強いだけでなく弟にも優しい、素晴らしい人格者であったのだ。
しかしながら世間的なユーリの評価はやはり”ぱっとしない変わり者の弟”であった。
別にいい。それで全然かまわなかった。
波風を立てず平和に暮らせさえすれば、それでいい。
などと、思っていたのだが、……
今まさに、ユーリの平穏は音を立てて崩れさる目前だった。
隣国との戦線とは遠く離れた壊れかけの城塞、――鉄の陣営。
詰めかける敵軍はおおよそ2000。
対して砦の兵力は15人。
ユーリ・アイゼンガルドの命運はまさに風前の灯火だった。
カストルム・フェルム。
かつては国一番の鉄を産んだゴライアス坑道を隣国から守るために作られた城塞。
しかし、坑道の鉄が枯渇するにしたがって鉱山都市は見る間に衰退し、いまや住民の九割以上が新たな地へと散っていった。
残ったのは出涸らしの鉱山と、僅かに算出される鉄を加工し細々と生活をしている年老いた坑夫たち。
かつての栄華のかけらもなく、そこは錆びついた辺境の終着駅だ。
ユーリがこの地に足を運んだのは、ゴライアス坑道を調査するためだった。
すでに多くを掘り尽くしたとされる坑道に、あらたな鉱脈を見つけだすことが出来るのではないか。
そんな一縷の望みをかけたものであったのだ。
そして調査にあたって身を寄せたのがカストルム・フェルムであったのだが、ユーリはそのおんぼろさに絶句した。
切り立った崖の中腹に張り付くようにしてそびえる砦は外観こそ威厳を保っていたものの、中はがらんどうに等しかった。
兵の多くは別の前線基地へ移動し、残っているのは兵役を選んだかつての坑夫たち。
砦内部の装飾はほとんど取り払われ、武器の供えも最低限。
ユーリに宛がわれた司令官用の私室さえ絨毯やカーテンの類は撤去され、かろうじてベッドが残されている。
その有様に真っ先にぼやいたのはユーリの守護騎士であるベネディクトだった。
「うへぇ、なんですかこの固いベッドは。まるで棺桶みたいじゃないですか」
「そうだな、死ぬほど疲れたら棺桶と同じで寝心地も気にならなくなるさ」
ユーリが軽口で応じると、ベネディクトは眉を八の字にひん曲げた。
特徴的な赤毛にそばかすの散った顔。眉尻はいつも下がっており一見すれば柔和な空気を持った男。
名をベネディクト・ウォーレン。
通称ベニーは代々アイゼンガルド家を影から支える家系の出であり、本来ならばジークフリートの傍らで剣を振るうべき男である。
それが自分のような冴えない次男坊のお守り役を押し付けられることになったのだから、ユーリなりに同情もしていた。
だがベニー自身は「前線より気軽でいい」と笑っており、卑屈さを滲ませることもない。
軽口としての不平不満は多い方だが、ユーリからしてみればかえって場を和ませてくれる存在だ。
「そうは言ってもこの砦は酷いもんですよ? 大砲はあるけど火薬が足りない。投石機も支柱にヒビが入ってる。この人数じゃ白兵戦なんてもっての他、攻められたら半日も持ちません」
「その心配がないからこの有様なんだろ? 今更、出涸らしの鉱山を奪ってもなんの旨味もないからな」
ユーリの言葉にベニーは肩をすくめてみせる。
「それが、そうでもないんですよ。坑道の北側にはどでかいズリ山があるんです」
途端にユーリは眉をしかめた。
ズリとは、鉱石を採掘する過程で出る役に立たない岩石や土のことをさし、ズリ山とはそれらが積み重なった場所のことだ。
「まさか、坑道がほとんど使われなくなってからは、ズリ山の管理もおざなりなのか?」
「そう見た方がいいでしょうね。つまり、この砦を奪われでもしたら、敵さんは山一個分の兵器が手に入ることになる。管理されてないズリ山なんて杭の一本、二本、壊してやればあっと言うまに崩れます。そいつが下流の村を襲ったら、……」
「なるほど。それは頂けないな」
鉱山だけでなく、ズリ山の調査もした方がよさそうだと思案する。
「まぁ幸いにして、敵さんはここ10年、カストルム・フェルムに攻めてきた事はないですからね。いつもの、いらぬ心配ってやつかもしれませんが、……」
などと話していたのが2日前。
そうして今日、ベニーはいつもの困り顔を100倍悪化させ、しおしおの老人のような顔で現われた。
「――大変です坊ちゃん。敵の大軍が近づいています。おおよそその数2000」
お前が余計なフラグたてたせいじゃないか!?
と、喉まで出かけたセリフをユーリはなんとか飲み込んだ。
カストルム・フェルムの作戦会議室は緊張感に満ちていた。
と言ってもそこにいるのはユーリとベニー、それに砦の管理を任されている老騎士バドウィンの三人だ。
「敵軍の大半は農民兵です。おおよそ4分の3と見ていいでしょう。重装歩兵と騎兵の正規軍400人、後方支援部隊が100人ほど」
「農民兵が1500か、……盾替わりの捨て駒だ。士気は低いがいかんせん数が多い」
ベニーの報告にバドウィンが重い息を吐く。
「兄上の救援は?」
「すでに知らせは出しました。ですが最速で5日はかかります」
「敵が到着するのは?」
「3日とみていいでしょう」
ユーリもまた大きく息を吐き出した。
敵軍2000に対して砦はたった15人。いくら籠城戦が有利だとしてもあまりにも数に差がありすぎる。
ろくに迎撃も出来ない状況であるならば、あっと言う間に攻め入られてしまうだろう。
「流石にこの戦力差はジークフリート様がいたとてどうしようもありません。一刻も早く退散するしかないでしょうね」
肩をすくめるベニーにユーリは低く唸った。
残っている兵たちはほとんどが元坑夫で、その仕事は砦の維持と修繕だ。戦い慣れた者はほぼいない。
ベニーの言うことはもっともで、この戦況は絶望的というよりさらに酷い。はなから勝負がついている。
「だが、ここを放棄すると新たな問題が発生する。そうだろ、ベニー」
「例のズリ山のことですね。そりゃあそうですが、ここに留まっても死ぬだけですよ」
「……例のズリ山とはなんのことでしょうか?」
首をかしげるバドウィンに、ユーリは頭が痛くなる。
まさか現場責任者のバドウィンがその問題を知らされてもいなかったとは、前任者は何をしていたのか。
聞けばバドウィンがこの地に来たのは3年前。前任の貴族は坑道に旨味がなくなった途端になかば職務を放棄する形でこの地を去っていったらしい。
ベニーが状況を説明すると、バドウィンは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「坑道より下流には農村地帯が拡がっております。大量の土砂が流れ込むような事があれば、今後数年に渡って民は餓えに苦しむことになるでしょうな」
再び重い沈黙がおりる。
潰れたような呻き声をあげたのはユーリだった。
「ならやるしかないって事だろう? 分かったよ、やれるだけやってやろうじゃないか」
「そうは言ってもですね、無い袖は振れないって言いますか、……もしかして、何か考えがあるんですか?」
恐る恐る尋ねるベニーにユーリはガリガリと頭を掻いた。
「考えは、ある、が、成功するかは分からない。だからぎりぎりまで粘りたい」
ユーリが言うと、ベニーとバドウィンは渋面で顔を見合わせた。
「分かりましたよ、やれるところまでやってみましょう。ただ、無理だと思ったら貴方を担いででも帰らせてもらいますからね」
「了解した」
部下の不遜な物言いに、ユーリは笑みを転がした。
「白兵戦は論外、弓での遠距離攻撃も兵の数が少なすぎる。そもそも弓がひけるかどうかも分からない。
そこで、条件さえ揃えれば確実に敵の戦力を削ぐことの出来るコイツを使う」
砦の歩廊へやってきたユーリが指さしたのは、長年風雨にさらされ続けてきた投石機だった。
支柱にはヒビが入り、カウンターウェイトを持ち上げる滑車が壊れているものもある。
「いやいやいや、無理でしょ。コイツはとうてい使い物になりませんよ!」
「今のままでは、だろ? 無論、修理するんだよ。その上で、射撃精度と射撃速度を限界まで上昇させる」
「それが出来たとして、コイツを一回打ち出すのにどれくらいの労力がかかるかご存じですか?」
「知ってるさ。一台につき最低でも30人、一度発射したあとはカウンターウェイトの引き上げと、次弾の装填にかなりの時間を要する」
カウンターウェイト式投石機、――トレブシェットの原理は単純だ。
錘を引き上げ、それを落下させるパワーによって主軸を回転させ弾を打ち出す。高い威力を出そうと思えばそれだけ錘の重量があがっていく。
投石においてネックになるのが錘を引き上げる作業で、十数人で木製の車輪を必死に回すことになる。
たった15人しかいない砦では、一台を動かすのすら難しい。
「これを、四台同時に稼働させる」
「ハァ!? いやいや、待って下さいよ! それは無理よりの無理ってやつでしょう」
「無理じゃなくするんだ。まず一台を修理してみせる。それで納得出来たら残りの三台も修理する」
「いいですけど、修理って言ったってこれじゃ部品ごと交換する必要がありますよ。どこにそれがあるんですか?」
「俺たちが乗ってきた馬車があるだろう?」
当然のように言い放ったユーリにベニーは一瞬だけ沈黙し、それから慌てて首を振る。
「ままま、待って下さい! あの馬車は家紋入りの超VIP用馬車なんですよ!? まさかそれをバラそうって言うんじゃ!」
「そのまさかだ。重要なのは、素材の強度と規格の統一だ。ここにある投石機はどれ一つ同じ規格になっていない。これじゃあ飛距離も違ってくるし、運用方法にも差異が出る。
その点、アイゼンガルド家の馬車はすべて同じ規格で作られた車輪を使っている。その上、精度のいい鉄製だ。これほど部品に相応しいものはないだろう」
「やめて下さい! あの馬車を壊したら俺の首が吹っ飛びます!」
「砦を守り切れば首が繋がるどころか十分にお釣りが来るさ。俺の御守りをやめてもっといい役職だって望めるぞ」
「ええー? なんでそういう話になっちゃうかなぁ」
ベニーは大きな大きなため息を吐き出した。
「分かりました。俺がやるんで指示してくださいよ。駄目だったらさっさと馬車を組み立てなおさないといけないんですから」
「助かるよベニー。それじゃあ、早速試作品といこうか」
かくして涙目のベニーの尻を叩いて投石機の改造を開始した。
なおすべき所はあまりにも多いが、まずは根本的な部分から解決する。
すなわち”少人数で投石機の運用が可能か”という部分だ。
これに対して、ユーリは動滑車の原理を導入した。投石機と平行する形で木枠を作り、そこに定滑車を二台設置する。さらに動滑車二台を組み込んだ複合滑車を設置した。
「これで、カウンターウェイトを持ち上げるための人数を半分まで削減できる。試しにやってみよう」
そう言って集めたのは砦の兵士たちだ。
元坑夫たちというだけあって、年老いているものの身体付きはがっちりとしており頼もしい。
ユーリの知る限り、この世界では定滑車はあちこちで利用されているが、動滑車の概念はないようだ。
初めて見る機構に元坑夫たちは疑い半分、好奇心半分といった表情で眺めている。
「現在のカウンターウェイトは500キロだ。まずは滑車なしで持ち上げてみよう」
ユーリの指示で5人の兵士はロープを引いて錘を持ち上げようと試みる。
だが、その状態では1人にかかる重量は100キロだ。僅か数センチ浮かすことさえ難しい。
「さてそれじゃあ、次は複合滑車でロープを八往復させたものを試してみる。
計算上は八倍の力が出るはずだ。……さあ、もう一度だ」
無理に決まっている。
そう思ってロープを引いた兵士たちは、あまりの軽さに思わず足が絡まり転びかけた。
理論上、この複合滑車を通せば、錘の重量は500キロから60キロ程度にまで軽減される。
だがあくまで理論上の話となり、軸受や滑車の回転抵抗や滑車そのものの重量も加えればおおよそ80キロほどだろう。
一人あたりにかかる重さはたったの16キロという計算だ。
その分だけロープを引く距離は長くなるものの人数の問題は解決できる。
呆気なく持ち上がるカウンターウェイトに、その場にいた誰もが信じられないという顔になった。
「本番では、ロープの牽引は馬車を引いてきた馬たちに担当させる。あいつらは合図で一斉に走りだす訓練をしているし、戦場の空気に怯えて逃げ出すこともない。カウンターウェイトの重量をさらに増やしたって大丈夫だ」
ユーリはそこで一呼吸おくとベニーに向かって振り返った。
「どうだ、ベニー。これなら勝機が見えてきただろう?」
得意げに笑ってみせるユーリに対して、ベニーはがっくりとその場にうなだれた。
勝機がある。
すなわちそれは、逃げる選択肢が消え去ったという事だった。
すっかり肩を落としたベニーを連れて、ユーリはゴライアス坑道を訪れていた。
理由は、資材の確保である。
一台目の投石機は馬車をばらしてその部品でまかなった。
だが投石機はまだあと3台残っている。修理するためには馬車の部品と同じくらいに丈夫な部品が必要となる。
そこで目を付けたのがゴライアス坑道の縦孔で使われる貨物引き上げ用の滑車だった。
鉱山はかつて国内でもっとも栄えていただけのことはあり、投入された技術と資材は当時の最先端のものだった。今やほとんど閉山となってはいるが、年老いた坑夫たちは細々と採掘を続けている。つまり、滑車は現役だ。
他にも鉄鋼を運ぶための手押し車も投石用の石を運ぶのに最適だ。
問題は、どうやって坑夫たちを説得するかという点だ。
案の定、坑夫たちは滑車の持ち出しに反対した。
「そいつを持っていかれたらうちらの生活はどうなるんだ?」
「アンタたちはいざとなったら逃げればいい。だが俺たちはそうはいかないんだ。喰いぶちを失ったら生きていけねぇ」
年老いた坑夫たちは道をふさいで抵抗の構えをみせてくる。
「敵さんがこっちに向かってきてるんですよ。砦が壊されたらこの鉱山だって奪われる」
ベニーの説得に坑夫たちはそろって首を振る。
「アンタたちお貴族様の勝手じゃそうだろうさ。だが俺たちにしてみれば上に立つ奴が変わるだけだ」
「その通りだ。どうせ勝てやしないんだ。諦めてさっさと逃げればいい」
頑なな坑夫たちにベニーは困り顔を向けてくる。
アイゼンガルド家の命令として徴収することは簡単だ。
だが、ユーリは別の手段を選びたかった。ゆっくりと周囲を見回して、昇降機に視線を止める。
「なァベニー、これを見ろ。ここの滑車の軸受は煤一つ付いていない。
この古い型の貨物昇降機が今も現役で音もなく回るのは、毎日欠かさず、磨き、油を差し、管理し続けてきた証拠だ」
ふいの言葉に坑夫たちが戸惑った顔になる。
ユーリは改めて彼らへ向き直った。
「だがこのロープの通し方は、角に負担がかかりすぎて寿命が縮む。
滑車の位置を数センチずらして、力を分散させるガイドを一つ追加しよう。そうすれば、ロープの交換頻度は半分に減るはずだ」
「あ、アンタ、お貴族様なのにこの機械が分かるのか?」
坑夫の驚きに満ちた声にユーリは静かに頷いた。
「貴方たちがこの場所を”喰いぶち”以上のものだと思っているのは、現場を見ればよくわかる。
この精度、この管理体制。王都の最新鋭の工房だって、これほど”生きた”機械はそう拝めないだろう。
いまだ現役どころじゃない。いまだ時代の最先端だ」
この時代の技術者はほとんどが鉱山を中心とした仕事に従事する。
鉱山での採掘こそがもっとも国を豊かにする資源である故に、その場に技術が集結する。
こうして今も残って自力で機構を運営し、管理することが出来る坑夫たちは、生粋の技術者たちなのだ。
「貴方がたの技術の結晶を壊そうという気は微塵もない。お借りした滑車は必ず返却すると約束する。
万が一破損した場合は、アイゼンガルド家の名にかけて同じものを……いや、それ以上のものを補填する」
ユーリの言葉に坑夫たちは互いの顔を見かわした。
そうして互いに頷きあうと、もっとも年老いた坑夫が一歩前に進み出る。
「分かりました。同じ技術者として貴方様の言葉を信じましょう。ただし、……」
そこで一度言葉を切ると、坑夫は不揃いな歯を出して笑ってみせる。
「お約束を守って頂くために、必ず勝って下さいませ」
「分かった。必ず勝利を手に入れよう」
力強く頷くユーリを、ベニーは眩し気に見つめていた。
かくして残る投石機の修繕と改造が急ピッチで行われることとなった。
意外だったのは城に詰める兵たちが前のめりとも言えるほど協力的だったことだった。
理由はすぐに判明する。
元坑夫である彼らも中身は生粋の技術者だ。つまり、新しい技術を得ることに貪欲だ。
ユーリが丹念に動滑車の原理を説明したことで信頼を得ることが出来たのも大きかった。それはユーリが見様見真似で技術を投入した訳ではなく、理論を理解した上でそれを正しく扱うことが出来るのだと彼らに証明したからだ。
職人は職人を尊敬する。
かつての世界でもそうだった。
土木施工管理技士という仕事は社会において縁の下の力持ちである存在だ。
極めて重要でありながら、3Kと言われる「きつい、汚い、危険」のイメージがつき纏う。
そう、確かに現場は辛かった。給料は悪くないが、それを使うほどの休暇もほとんどない。
だがそれでも、現場の職人だけが知るかけがえのない絆があったのだ。技術と知識が信頼となって結びつく瞬間を、ユーリの魂は覚えている。
「牽引用ロープには鯨油をたっぷり染み込ませろ。摩擦を極限まで減らし耐久度を高めるんだ」
「ラチェットがきつすぎる。こっちにも鯨油を分けてくれ」
「だったら、そいつに黒鉛を混ぜてやるといい。俺が鉱山までひとっ走り行ってこよう!」
互いの技術を分かち合ってこそ飛び交う会話に、ユーリは油まみれで作業に没頭する。
ふと気付けば、鉱山にいた年老いた坑夫たちも作業に加わっており、投石機を固定する杭打ちについて議論していた。
さらに坑夫や兵士の家族たちが炊き出しのために合流し、砦は活気を帯びていく。
無事に投石機の修繕と改造を終えれば、今度は試し打ちをする段となった。
「投石機は何を飛ばすかも重要だ。大きさ、重さ、この二つが揃っていないと飛距離が毎回違ってくる」
「とはいえ、重量とサイズが均一な石なんてどこにあるんです?」
ベニーの疑問にユーリは肩をすくめてみせた。
「砦の石材を切り崩して使用する」
「ちょ、ちょ、ちょ、待って下さい!! 確かにそら均一になるでしょうよ! でも防御はどうするんですか!?」
「敵側からは目視できない砦の背面を切り崩す。どのみち近づかれたら終わりなんだ。背面の防御なんて無用だろう?」
「やだー、この人、ジークフリート様より脳筋なこと言いだしたー!!!!」
「幸いここの兵士たちは岩を切り出すことの専門家だ。砦全体に影響を与えず、上手く取り出すことが出来るだろうさ」
そうだな、と兵士たちに視線を向ければ、彼らは笑顔で親指を突き出した。
理由はそれ以外にも存在する。
後方に壁がなくなれば滑車を引く距離の確保が容易になる。最低でも80メートルは必要だ。壁は少ない方がいい。
まずは試しと十個ほどの石材が取り出され投石機の傍らへ積み上げられる。
「それじゃあ、実践だ。カウンターウェイトの引き上げまでを通し作業で行い時間を計測する。行くぞ!」
石材の設置に2人、投石機の微調整と発射役に1人、カウンターウェイトの持ち上げに馬一頭。
「装填完了、角度、距離あわせ、――放てッ! いいぞ、次弾用意!」
カウンターウェイトの落下で地面が軋み、ロープが勢いよく滑り出す。ブゥンっと空気を凪ぐ音が響きわたり石は大きく孤を描いて飛んでいく。
すぐさま馬がロープを引いて走り出し、同時に発射用ロープを3人全員で張り直す。それが終われば2人が石材を設置して、1人が発射角度を調整する。
次弾の装填までに要した時間はおおよそ90秒だった。
元来の投石機のままならば、15分はかかる作業がたった90秒で解決する。
そのあまりのスピードにベニーやバドウィンのみならず、集まっていた坑夫に作業に加わった兵士たちもしばし唖然とした顔になる。
「う、うそでしょ? この間隔で石が飛んでくるなんて、俺が敵さんの指揮官だったら泣いて逃げ出しますよ?」
すでに泣き出しそうなベニーの声に、バドウィンも無言のまま頷いた。
「スピードと人数の問題は解決できた。次は飛距離の調整だ。これはスリングの長さとリリースピンの角度で調整する。
今回は最大飛距離での発射だ、……距離はおおよそ400メートルか」
ユーリはあらかじめ敵軍の進軍方向にたいして距離を計測するための三角測量を用いて複数の杭を打っておいた。
カウンターウェイトの重さは1トン。飛距離の400メートルは予想を上回る数値だった。
砦が敵陣に対して上方に位置していることが、距離を伸ばすことになったのだ。
「400メートルであれば、敵の長距離射撃の範囲外ですな」
バドウィンの言葉にユーリは頬を緩ませる。
「そうだ。弓の一斉掃射には200メートルまで近づく必要がある。つまり敵はこちらのキルゾーンに踏み込まない限り、手も足も出ないという訳だ」
「その通りです。しかし、敵の数は膨大です。数にものをいわせた突撃をされれば突破されるおそれがあります」
堅実な老騎士らしい言葉にユーリは深く頷いた。
改めて敵兵の多さを思い出すことになった兵士たちも不安そうな顔になる。
「それについても考えがある。バドウィン、2000人の兵士のうち1500人が農民兵の場合、どのような陣形で攻めてくる?」
「通常時は農民兵を中央におき、周囲を正規軍で囲むようにして行軍いたします」
ユーリはバドウィンの言葉を聞きながら、地面に「O」の文字を書いた。
「この”O”の中央が農民兵、輪っかの部分が正規軍という訳だな。なぜ正規軍が囲む形になっているんだ?」
「農民兵の逃亡を防ぐためです。彼らは本来戦いたい訳ではありませんので」
「それではいざ戦いが始まった場合はどうやって農民兵を戦わせるんだ?」
「囲みの前方のみを解き放ち、後方から追い立てて突撃を敢行させます。彼らの役割は”肉の盾”です。ただ突撃させることだけが重視されます」
ユーリは「O」の文字の上部を消し「U」の字に変える。
これが攻城戦時の敵の布陣だ。前方から正規軍がいなくなり、左右のみ逃亡を防ぐために囲っておく。
「……ひでぇ話だ」
兵士の一人が呻く声を漏らし、周りが重苦しく頷いた。
「そうさ、”ひでぇ話”なんだよ」と、ユーリも頷き言葉を続ける。「農民兵は戦いたい訳じゃない。出来る事なら逃亡したい。……それじゃあ、その逃亡経路を作ってやったらどうなる?」
問いかけにバドウィンとベニーが顔を見合わせた。
ユーリが「U」の字の左右の棒を消していく。
「投石で左右につめている正規軍を攻撃する。重武装をしていようが、鎧ごと潰してしまえばおしまいだ。そうやって囲いを取っ払い、農民兵が詰める中央にもいくらか石を投げ込んでやれば、……」
「――農民兵は慌てふためいて逃亡する。それを妨げるものはない」
バドウィンが呆然としながら呟いた。
「1500人が総崩れになって逃亡する。そうなれば正規軍は隊列を保つことさえ難しい。制御不能な1500人は敵よりもたちが悪い存在だ」
ニヤリっと笑みを浮かべユーリはさらに言葉を続けた。
「まだある。敵軍はこちらの戦力を読み違える。
敵の指揮官は、投石機の『稼働率』から逆算し、こちらの工数を割り出すはずだ。一台を90秒で回すには、訓練された作業員が最低でも20人は必要だ。それが四台。
予備兵力を含めれば、砦には500人以上の精鋭が詰めていると錯覚する」
一人一人としっかり視線を重ねながら語るユーリは熟練の現場監督の顔だった。
「500対2000の攻城戦。相手が正確無比な投石機を持っているとなればそれだけ勝機は薄くなる。農民兵が崩れれば、勝ち筋は完全に失われたと思うだろう」
今やそこにいる全ての者がユーリに対して畏怖と尊敬の眼差しを向けていた。
「――コストは最小限、リターンは最大限。これが効率よく現場を回すという事だ」
……眠れない。
開戦を明日に控えて、ユーリはまったく寝付けなかった。
身体は疲れ果てている筈なのに、頭が異様なほど冴えている。眠らなければと思うほど、かえって眠気が遠ざかる。
少し夜風を浴びてこよう。
そう思って歩廊に出たユーリは、そこに影のように佇んでいるベニーに気が付いた。
ついでその足元に複数の何かが、……死体が、転がっていることに息を飲む。
「ああ、……坊ちゃん、こんな夜更けにどうしたんですか?」
ベニーの口調はいつも通りの気だるげで穏やかなものだった。
「……そいつらは?」
「敵の暗殺部隊です。安心してください。一人も逃しちゃいませんよ」
「暗殺部隊?」
「ええ。坊ちゃんを狙ってきたんでしょうね」
肩をすくめるベニーにユーリは納得した様子で頷いた。
「なるほど、何故このタイミングで大軍が現われたのかと思っていたが、はなから俺が狙いだったのか。
アイゼンガルド家の次男坊を葬った上に砦まで奪われたら我が家の権威に傷がつく。
その上、ズリ山まで手中に収めればこれだけの大軍を動かしても十分にお釣りが来るわけか」
死体からじわじわと血液が滲みだす様を見れば、勝負がついたのは今しがたの事だろう。
ユーリはその気配すら感じなかった。そしてベニーは負傷どころか返り血の一つも浴びていない。
「お前は本当に優秀なんだな。なぜ俺の御守りなんてやってるんだ?」
「あー、……実はですね、俺は本当に優秀なんです。一族の中でも生え抜きって呼ばれるくらい優秀でして。だから坊ちゃんに仕えているんですよ」
「え?」
ユーリが聞き返すと、ベニーはおどけた様子で肩をすくめた。
「ジークフリート様も当代も常々仰ってるんですよ。騎士が守れるのは50年。だが、ユーリは100年、200年先までこの国を守れる存在になるだろう、ってね。
自分も、そう思います。俺は壊すことにかけちゃ得意ですが、作ったり直したりはからきしです。そいつはずっと難しい」
「……ベニー」
「俺は自分の仕事を心から誇りに思っています。坊ちゃんの背中は必ずやこのベネディクトがお守りします。ですから、坊ちゃんは安心して眠って下さい」
「分かったよ、ベニー。いやベネディクト・ウォーレン。貴公の働きに感謝する」
堂々たる風格で言葉を投げるユーリに対し、ベニーは騎士として深々と頭を下げた。
翌朝、地平線が白み始めた頃。
ユーリは砦の最上階から、400メートル先に打たれた「第一の杭」を見つめていた。
後ろには、いつも通りの困り顔のベニーが立っている。
「……ベニー、準備はいいか」
「いつでも。坊ちゃんが旗を振れば、馬も石も、俺の命も全部動きますよ」
ユーリは深く息を吸い込み、集まった兵士たちに向き直った。
「諸君、昨夜はよく眠れたか?
……俺は最高の気分だ。世界で一番安全な現場で、最高の仲間と仕事ができるんだからな。
さあ、はじめるぞ! 俺たちの”技術の結晶”を披露してやろう!」
歓声があがる。
不安はない。背後にはベニーが立っている。
やがて、眼下に続く森が揺れ始める。鳥が飛び立ち、木々の合間から敵兵が姿を表した。
「改めてみると壮観だな」
砦前に拡がる平地へと続々と兵が集まってくる。
思っていた通り士気は低い。敵の指揮官ももとより戦いにならないと高を括っているのだろう。
正規軍の行軍も不揃いだ。
「……よし、直きに”第一の杭”に到達する。各員、準備はいいか!」
「「おう!!」」
「最終確認! リリースピン、セット位置『指標1』を維持! スリングのよじれ点検開始!」
「「点検完了、オールグリーン!!」」
「よし、カウント5秒前、……3、2、1、――発射ッ!!」
投石機が一斉に唸りをあげ、敵軍に石が飛来する。
それは的確に左右に構えた正規軍のみに直撃した。
「第二打、用意ッ!! タクトタイム、残り60!! 急げッ! 敵に考える間を与えるなッ!!」
馬が一斉に走り出しカウンターウェイトが持ち上がる。
投石機の振動がおさまると同時に、二人が次弾を装填し、残る一人がスリングの杭とリリースピンの角度を点検する。
「発射角度、現状を維持。第二打、カウント5秒前、……3、2、1、――発射ッ!!」
ろくに現状把握すら出来ないまま、次々と降り注ぐ投石に敵軍はあっという間に大混乱に陥った。
投石機は恐ろしいがリロード間隔が長すぎる。それが今までの定説だ。
だがユーリが作り変えた投石機は、わずか2分にも満たない間隔で、寸分たがわぬ位置に降ってくる。
「敵軍進行! スリングの杭『指標3』、リリースピンセット位置『指標2』!
第五打、カウント5秒前、……3、2、1、――発射ッ!!
……よし、左右の正規軍は崩れた。旋回盤、固定解除。指向方向、修正! 次は中央を狙う! 装填急げッ!!」
「ユーリ様! 砦後方に敵の騎兵が現われました。森を大きく迂回してきた模様です!」
物見台の兵が声をあげる。報告にユーリはさっと青ざめた。
だがすぐにベニーとバドウィンが頷きあう。
「騎兵の数はッ!」
「10……いえ、12騎ですッ!!」
「なら、俺と旦那で6騎ずつだ」
笑うベニーにバドウィンが鼻息荒く槍を片手に歩き出す。
「坊ちゃん、背後の心配はいりません。砦の後ろは滑車用の馬が走るスペース以外は崩した石材が山積みです。
そのまま突撃って訳にもいきませんよ。勢いさえ止まればこっちのもんです」
「分かった。さっさと片付けて戻ってこい! こっちは猫の手だって借りたいんだ」
「はいはい、人使いの荒いことで」
気負った様子もなく歩き出すベニーとバドウィンに、ユーリは眼前の相手へ集中する。
「スリングの杭『指標3』、リリースピンセット位置『指標1』! 敵軍中央を貫くぞッ!!
第六打、3、2、1、――発射ッ!!」
投石が農民兵たちの上に降り注ぎ、恐慌が一気に加速する。
怯えた兵たちは逃げ場を探して走り出し、自分たちを囲っていた正規兵の壁に穴があることに気が付いた。
そこからは取返しのつかない総くずれが発生する。まるで土石流のごとく1500人の農民兵が正規軍を押し流して溢れ出す。
後方では、ベニーとバドウィンが騎士隊相手に善戦を繰り広げており、バドウィンの老練な槍捌きと、ベニーの舞うような剣檄でもって一人ずつ確実に散っていく。
その数が半分になった時、騎士たちは轡を返して逃げ出した。
同刻、敵の総司令官も撤退の角笛を吹き鳴らし、かろうじて正規軍のみが陣形を保ちながら森の中へと消えていった。
かくして、15人対2000人の戦いは、ユーリの圧勝にして幕を降ろしたのだった。
「……敵兵2000とやらはどこに消えたんだ?」
二日後、加勢に現われたジークフリートは平和そのものとなったカストルム・フェルムの様子に苦笑まじりの息を吐いた。
事前に敵を敗走させたとの知らせは受けていたものの、この目で見なければとうてい信じがたいものだった。
実際に現地に来てみれば、規則正しく大地に刻まれた投石跡が戦場の光景をありありと物語っている。
正確無比な投石がいかに恐ろしいものかは、ジークフリートはその身をもって知っている。
その投石がわずか2分足らずの間隔で行われたと知らされれば、背筋が怖気立つほどだった。
「まったく、我が弟は恐ろしいな。それで、当の本人はどこに行ったんだ?」
ジークフリートの問いかけに老騎士バドウィンは低く唸る。
騎兵相手に大立ち回りを見せたものの、その反動で翌日は酷い筋肉痛に陥って、今もまだ歩くたびにあちこちが悲鳴をあげてる状態だ。
「ユーリ様は、ベニー殿を伴ってズリ山の視察に向かわれました」
「報告にあった件か。となると、……しばしはこの地に留まることになりそうだな」
固いベッドはこりごりだと泣き喚くベニーを想像し、ジークフリートは笑みを零す。
早いうちに新しいベッドを届けてやらなければ、帰還後に長々と愚痴を聞くことになりそうだ。
「それと、……こちらはユーリ様からの伝言になります。なんでも、鉱山で使う部品を新調して欲しいとのこと。必要部材の一覧も預かっております」
「我が弟は顔さえ見せずにこの紙切れ一枚で私をこき使うつもりなのか?」
そう言いながらもジークフリートの顔は晴れやかだ。
彼はユーリを信じている。その技術と熱意とが、この国をより豊かにすることを心から信じて疑わない。
「私といたしましては、まず馬車を修理すべきかと存じますが」
バドウィンの言葉にジークフリートも笑いながら頷いた。
あの馬車はアイゼンガルド家の特注品、馬は王家から賜ったものだった。
まさか投石機の滑車を引かせていただのと父の耳に入ったら果たしてどんな顔をするだろうか。
その想像は、たいそう面白いものだった。
数日後、ジークフリートが届けさせた高級なベッドで爆睡するベニーを尻目に、ユーリは坑夫たちと肩を並べ、泥にまみれて図面を広げていた。
「いいか、次はここを掘る。崩落対策は計算済だ。……百年経っても壊れない、世界一安全な鉱山を作ろうじゃないか」
その瞳には、現場監督としての”誇り”と、この世界で新しく手に入れた”希望”とが力強く輝いていた。




