7話 また会えたね
びっくりはしたが、怖くはなかった。
「窓から失礼します。私は――あなたの、ポラリス様の守護騎士となる者ですっ」
二階の窓の外から現れるというイレギュラーな行動をしているにの関わらず、青年は穏やかに言う。
「は、はいっ」
――本当に、来ちゃったわ。
ローザベルを疑う訳ではないけれど、いきなりすぎるのもあって信じ切れてはいなかったところがある。本当にそれらしき人物が現れて、ポラリスの感情のコップの中身は安堵と驚きが半分ずつといったところだ。
とりあえず急いで青年を部屋に上げる。
「ありがとうございます、すぐにお部屋に入れていただいて」
男性を自分一人の部屋に入れるのをためらわなかったのは、このままだと青年が通りかかった近隣住人から不審者扱いされて通報されるかもしれないからだ。
そしてポラリスは、現れたこの青年を不審者だとは思わなかった。
美しい青年だった。年齢は見たところ十八から二十歳くらいだ。
青年は中性的というか、線が細い容姿をしていた。
腰まで伸びた黒髪は真珠のつやめき、南国の海を閉じ込めたような碧眼に、男性にしてはぱっちりした二重まぶたがかぶさっている。
長くけぶるまつ毛に、すっと通った鼻筋、肌は温めたミルクのような乳白色。
細く引き締まった体躯にまとう紺青のジャケットとスラックスには銀糸で刺繍が施されている。
ぱりっとした白いシャツに涼やかな空色のネクタイを締め、足元は黒のローファーで固められていた。頭には正式時に着用する、円柱のような形の制帽。その上に防寒用であろう紺青のロングコートを羽織っている。
フォーマルな装いでありながら、魔獣と戦闘もできる騎士服。神殿騎士たちの正装だ。
その背中に生えたふっかふかの黒い烏の翼に目を向けて、ポラリスは芽生えたとある予感にも向き合う。
――まさか。
「……あの、」
思う前に訊いていた。
「どうされましたか? ポラリス様?」
まるで『彼』を思わせる、薄荷のように爽やかな声。
おずおずとこちらから訊ねると、青年は淡く微笑んだ。
ポラリスは普段こうしたことは親しい友人以外にしかしないのだが、友人同様に大切な『彼』にだったらできた。
「私……以前にあなたとお会いしたことがあります」
「そうですね」
強まる確信。
「もしかして。あなたはリヒトさん……リヒト・フローレスさんではないですか?」
両手を胸を当てて言い切る。どくどくと心臓がとんでもない速さで脈打っていた。
共通点は非常に多いとはいえ、よく似た別人の可能性もある。だけどどうしても今確かめておきたかった。
刹那、青年が涙を流さずに泣き笑いをした。
ポラリスの勇気の問いに『彼』が応える。
「…………嗚呼、私を覚えていてくれて、嬉しいです」
「私はリヒト・フローレス。クレアシオン神殿所属の神殿騎士であり、今後あなたの守護騎士となります」
「大変遅くなってしまいましたが……、お迎えにあがりました。ポラリス様」
――嗚呼。
ポラリスは初恋の人と再会を果たした。
途端。どたどたと派手な靴音を立てて、部屋に女性が入って来た。ばたん、とドアが派手な音を立てる。ポラリスはびくっと身を震わせた。
「だいじょうぶですよ」
騎士の青年として現れたリヒトが、小声で耳打ちした。
「ちょっと、何よあんた!」
「……ポラリス様のお母様ですね。何か御用でしょうか」
リヒトが冷静に応対する。女性――ポラリスの母イヴォン・クライノートは大声でまくしたてる。
「いきなり窓から入ってきて迎えにきたってどういうことよっ! 人さらいじゃないっ!」
つんざくように金切り声が響いて、ポラリスの細い体がぎゅっと固まる。
するとリヒトがポラリスを背中に庇い、両腕を広げた。ポラリスに手を伸ばそうとするイヴォンを制する。
――リヒトさん、私を守ってくれているの?
「ねえ綺麗なお兄さん、あなたなら分かってくれるでしょ? ポラリスはあたしにとって本当に、大事な娘なの」
こんな時だというのに、突然イヴォンは美青年相手にだらしなく頬を緩めた。分かりやすく年下の美しい男に媚びようとしている。変に度胸はある女だ。
「いえ、私には理解できません」
甘ったるい猫なで声に、リヒトはぴしゃりと反論した。
「あなた方はポラリス様を、奴隷のように扱うおつもりだったのでしょう? それが大事な人にすることですか? このままポラリス様がここにいても、誰も幸せになれません」
――そっか。私は奴隷にされていたんだ。
かつては散々な扱いをしておきながら、表向きではポラリスは大事な娘だと言い張ってきた両親だった。
でも良識ある第三者から見れば、まともに人間扱いすらしていないことが明らかである。
「彼女は私にとっても大切な方です。……とても大切な友人です。本当に大事とおっしゃるのなら、せめてこれ以上危害を加えるのはお止めください」
――リヒトさん、守ってくれているの?
彼の背後に匿われたポラリスからは、リヒトの顔色は窺えない。それでも彼の静かな怒りくらいは理解することができた。イヴォンがどんな顔をしているのかは、怖すぎて見たくもない。
それより。リヒトは今でもポラリスのことを友人だと言ってくれた。彼に恋慕を寄せている身としては微妙に思うところかもしれないが、いまはそれでじゅうぶんだった。
「……ですが、」
急に青年騎士の怒気が弱まる。気圧されたのか、イヴォンはさっきから押し黙ったままだ。
「ポラリス様とシリウスを産んでくださったこと、それだけは感謝申し上げます」
確かにイヴォンとベネデッドがいなかったら、ポラリスとシリウスがリヒトと出会うこともなかった。
呆然としているイヴォンに恭しく一礼して。
リヒトがポラリスのほうに振り向いた。澄んだ青い相貌が、こちらをじっと見つめる。
「それではポラリス様、行きましょうか。少し離れた場所に神殿の公用車を駐めていますので」
ここまで来たら、断る理由はなかった。
「はい。……お願いします」
「……かしこまりました。ちょっと失礼しますね」
リヒトが軽々とポラリスを横抱きにした。
「ひゃっ」
思わずポラリスの喉から、砂糖菓子のように甘い声が飛び出た。




