6話 謎の連絡
ポラリスはゆっくりとまぶたを開けて、夢から目を覚ました。
優しすぎる夢を見た後は、現実との温度差に胸の奥を焼き焦がされたような虚無感に襲われる。
それでも夢の中でもいい、大切な人リヒト・フローレスと会えることは嬉しかった。
小学六年生でキッズ向けスマートフォンを入手したポラリスは、リヒトの連絡先を知らない。ポラリスの当時の親友ローザベル・イカルガとは連絡先を交換している。
確か早いうちからスマートフォンを手にしていたローザベルは、なぜかリヒトの連絡先を知っていたはずだ。多分ポラリスと三人で遊んだついでの時交換したのだと思う。もっともスマートフォンに登録された他人の連絡先は、勝手に第三者に転送できないはずなので、アドレス等を教えてもらえるのは難しい。
それもリヒトは小学校卒業時に引っ越してしまっていた。育ての親である母方の祖父母が、リヒトの叔母夫妻と同居することになったためだ。引っ越し先が同じシレンシオ市内であることだけは知っている。
――リヒトさん。今、どうされていますか。
会えなくとも、せめて幸せでいて欲しい。
だってポラリスは、今もリヒトに恋をしているのだから。
いつ恋に落ちた音色が聞こえたのかは定かではない。でも一七歳になった今も想い続けている。
そんなポラリスにはとある悩みがあった。
次期聖女として神殿に入れば守護騎士が付く。まだ連絡がないので不確定だが、おそらく男性の騎士が付く可能性が高い。
もちろん騎士となる人物と恋愛する必要はないが、何も起きないとは限らない。
そうしたら、もう幼い恋の記憶は手放さなければならないだろう。
――初恋は叶わない、とも言うものね。
ポラリスの唇から軽くため息が漏れた。
初めて恋をした日々の記憶は、色鮮やかで甘美だ。だからずっと覚えている。
家の中が辛いことばかりで溢れているから、余計に嬉しく感じたことが記憶のピースとして残りやすい。そういう風になっていた。
話しかけてくれて、嬉しかった。
たくさん遊んでくれて、嬉しかった。
勉強を教えてくれて、嬉しかった。
一緒にいてくれて、嬉しかった。
必ず迎えに行くと言ってくれて、嬉しかった。
生きていて欲しいと言ってくれて、嬉しかった。
――あなたと過ごしたすべての瞬間が、宝物だった。
たくさん、たくさんの『嬉しい』を、ポラリスはリヒトからもらった。冗談抜きで今生きていられるのは、リヒトに『死にたいままで生きていて欲しい』と言ってもらえたからだと信じている。
何とかリヒトの思い出だけは大切にしていたい。守護騎士となる人には正直に、忘れられない初恋の人がいるのだと話そう。
それに今後もしかしたら、リヒトが神殿に来てくれるかもしれない。一目でいい、会いたい。
そんなことを思いながら、ポラリスは床にごろりと横になった。
手洗い以外の用事で部屋の外に出ることを禁じられている。ここ数日は学校にも行けないので、ただ朝夕固いパンを食べて、水を飲んで手洗いに行って、あとは死んだように寝転がっている。
ポラリスの部屋は二階にあるので、こっそり外に出るのはかなり難易度が高い。
スマートフォンはネット閲覧にも厳しい制限がかかっている。それに家の中で音声通話は禁じられている。もししていることがばれたら、折檻された上でスマートフォンを没収されかねない。
神殿からの連絡は保護者宛てに来るから、わざわざポラリスがスマートフォンとにらめっこする必要もない。
とはいえ、あの親たちがまともに神殿からの連絡に取り合ってくれるのだろうか?
守護騎士のことといい、ポラリスの悩みは尽きない。
と。
スマートフォンに突然メッセージが届いた。小学校時代の親友ローザベルだ。
すぐにチェックする。
『突然ごめんね。あたしから言っても信じられないかもしれないけど、もうすぐ守護騎士さまがポラリスのことを迎えに行くって!』
「ふぇ?」
ポラリスは声を出して驚いた。どうしてローザベルがそんなことを?
大きな窓から見える外の景色は薄暗い。時刻は午後五時を過ぎている。
『ローザ、本当なの?』
さっそくポラリスが返信すると、すぐさまメッセージがぽんと来た。
『本当だよ! 詳しくはまた説明するねからもうちょっと待ってみてね!』
そんなメッセージが届いた。謎が謎を呼んで、ポラリスの頭の中で輪になってダンスしている。
こん、こん、こん。ふと窓を叩く音がした。
「え、ええええええっ!」
ポラリスは再び声を上げた。一応ここは二階だ。
窓の向こうに、一人の青年がいた。彼の背中には、黒い翼が羽ばたいていた。




