4話 別れの季節に
晴歴二〇〇七年三月。
ポラリスたちの暮らすエテルノ王国は、四月が年度始まりとなっている。
つまり年度切り替えとなる三月は、別れの季節だ。
寒冷な気候のエテルノ王国は冬が長い。三月も中旬に差し掛かって、ようやく肌寒さが和らいで春の足音が聞こえてくる。
「ポラリスちゃん、ちゃんとごはん食べてるの?」
昼休み。すでにみんな家から持参したお弁当は食べ終えていて、思い思いの時間を過ごしている。
何も食べていないポラリスは、友人から詰問されていた。あ、水は飲んだ。
「家で食べているわ。いまダイエット中なの」
「わたしらみたいな子どもは、健康にもんだいなければダイエットはしちゃだめって先生言ってたじゃん」
「わたしは……もんだいあるから」
「ええ?」
「それにだいじょうぶよ。本当にちゃんと食べているわ」
見え透いた嘘をつくことに胸がちくっとするのを感じるけれど、仕方ない。
「はあ……ならいいけど」
友達のローザベル・イカルガは妖精狐という妖精種だ。
頭には大きな狐の耳、腰からは尻尾が生えている。濃い金糸の髪を短めのポニーテールに結わえて、ポラリスと同じ真紅の瞳をしていた。小学四年生にして、将来華やかな美人になる片鱗が見えている美少女だ。
もともと妖精狐は種の特徴として繊細で整った容姿の者が多いらしく、羨ましい。
「もうすぐ卒業式……、来月になれば、わたしたちも五年生なのね」
ポラリスが旬の話題を出す。
「いっきにおねえさんになるって気がしてわくわくするよ。けどいいのポラリスちゃん」
「? なんのこと?」
「フローレスせんぱい、もうすぐ卒業しちゃうじゃん。連絡先とかこうかんしたほうがよくない?」
「わたしスマートフォンもっていないわ」
「じゃ、家電だ」
「うち、家に電話ないもの」
「あ、そうか……」
「そうなの。それにリヒトさんのごめいわくになるわ」
「それはだいじょうぶでしょ。フローレスせんぱいなら、いやならやんわりこっちがきずつかないよう断るだろうし。それ以上しつこくしなければへーきへーき」
なんというか、ローザベルは人の惚れた腫れたの色恋沙汰に非常に敏感な娘であった。とはいえ誰彼構わず話を広げたりはしない、むしろ本人に自覚はないが口は固いほうだ。
「ポラリスちゃんは、人を好きになるのに種族のこととかきにしないんだね」
「気にしてどうするの? すきになる気持ちに、種族はかんけいないわ」
「……うん、わたしのお母さんがね、昔は妖精狐だからってだけでさけられたりきらわれることもまだ多かったって言ってたから、つい。ごめんね気にしないで」
急なシリアスすぎる話題に、ポラリスも唇を引き結んだ。
「……授業ではならったけど、本当にそういうことがあったのね。信じられないわ」
「そう思うと今はべつの世界みたいにめちゃくちゃよくなったけどね……。でもわたしらがうまれる二年くらいまえにシレンシオで、何も悪くない男の人が『妖精種だから』ってだけでころされたこともあったらしくて……おかあさんはまだ心配みたい」
いわゆるヘイトクライムだ。
「……そんなの、ゆるせないわ」
「うん。ころされた妖精種の男の人は人類種の女の人と結婚していて、うまれたばかりの子どももいたんだって……」
「それ、おくさんはかなりつらいでしょうね……。赤ちゃんもかわいそう。いまはしあわせだといいけど」
世の中には人類種至上主義なる偏り気味な思想が存在する。文字通り人類種のみを人間として認めるべきとする考えだ。
かつて種族解放戦争と呼ばれる大戦が起きるまで、それがスタンダードな考えの国も多かったというのだから想像するだけでおぞましい。
今でこそアタラクシア諸国ではあらゆるヘイト行為や差別を規制する条例や法律が施行されている。
差別を禁じて誰もが同じ人間として共存していくことの必要性と素晴らしさがどこでも謳われている。
腹の底でどう思っているかは別として、おおっぴらな差別行為は激減。皆が異種族の者と共に暮らすことに慣れてきたこともあって、少なくともエテルノ王国では共存社会が実現している。
だがかつて、ちょうどローザベルの言った妖精種殺人事件の前後の時期。
黎明期のインターネット上で『亜人が国を乗っ取る』『竜血種が街を壊している』『妖精種が子どもをさらった』などの悪質なデマが流布され信じ込む者も多かったというのもまた恐ろしかった。
リヒトやローザベルが大好きなポラリスとすれば、業腹としか言えないことだった。さいわい時代が進むにつれ人類種至上主義者は数を減らしているというが、力を失ったわけではない。
さらに人類種の中でも、銀髪銀瞳に白い肌を有する純白人種のみを人間として認めるという純白主義もこの世界には存在するのだから恐ろしい。
……それに人類種にこそ、ポラリスの母イヴォンや父ベネデッドのように乱暴な人間もいる。
――わたしは種族を理由にいじめられることはないけれど。
それでもポラリスは家で母にサンドバッグにされ、父の監視のもと日付が変わるまで勉強を強要される。
だから残虐性とか狂気とかそういうことに、種族など関係ないのだとポラリスは思っている。
「でもポラリスちゃんは……フローレスせんぱいがすきなんだよね?」
「……すきだけど、恋をしているわけではないわよ」
「まあ恋愛うんぬんはぬきにして、きらいではないでしょ?」
「それはあたりまえじゃない」
金の鳥籠の中で虐げられていた少女は愛を知った。
教えてくれたのは、鳥籠の外に現れた二つ年上の烏の男の子だ。
この甘い気持ちが『恋』なのかはわからない。
ポラリスは他の子どもより大人びた部分と幼い部分を持ち合わせている。まだ恋愛感情を理解するには至っていない。
「こうかいだけはしないでね、ポラリスちゃん」
「ええ、ありがとうローザベル」
どのみち時間は待ってくれない。すべての命の上に平等に時の経過を与える。
リヒトたちの卒業式まで、もう少し。




