37話 青い光
ちょうど良かったので、クレメンテにハンネローレを呼んでもらった。
精霊のエレベーターからの解放はすぐに終わった。ハンネローレが手慣れた様子で行ってくれた。
「これで大丈夫よ。ポラリスちゃんが精霊さまと話ができて助かったわ」
「ありがとうございます、ハンネローレ様」
「こちらこそありがとうね、ポラリスちゃん。これでみんながエレベーターを使えるわ。……その精霊さんと、これからリヒトくんのところへ行くのね」
意外なことに、ハンネローレは精霊と対話ができないのだという。彼女は歴代シレンシオの聖女でも優秀な部類に入る。
「ええ、忘れ物も取ってきましたし」
いろんなことに気を取られて、本来の目的を忘れてはいけない。
エレベーターから解放された精霊は、いまは青色の光の球体となってふわふわ宙を浮かんでいた。なんとなくポラリスは、そのリヒトの瞳の色に似た輝きを綺麗だと思う。
再びエレベーターに乗って、一階に戻る。外に出ると、セレッソとエルが驚いた顔で迎えてくれた。
「クレメンテ様からご連絡いただいたのですが、本当に精霊がいたのですね……」
エルが興味深そうに精霊を見つめた。エルも青い瞳をしているが、やはり精霊の放つ光はリヒトの瞳の色合いに良く似ていた。
ふわ、ふわりと宙に浮かぶ精霊と共に、病院に戻る。エルとセレッソには廊下で待っていてもらい、ポラリスは精霊を連れてリヒトの病室に入った。
「ポラリス、それは……?」
今も横になっていたリヒトが、精霊を見て目を丸くしている。
ポラリスがかくかくしかじかあったことを説明する。エレベーターの異音の正体、自分が精霊と話せることも。精霊にリヒトのところへ連れて行って欲しいと頼まれたことも。
「そっかあ、君は精霊と話せるんだね。きっといろんな場所で役に立つね」
話し終えると、リヒトがふわりと微笑んだ。
――私が精霊と話せるだなんて、嬉しい。
アタラクシアの人々にとって、精霊は割と身近な存在だ。誰もが親近感を抱いている。
ポラリスは実家で苦しい思いをしていた際、時折道端や学校で見かける精霊たちの姿に元気づけられていた。だから精霊たちと話ができるのはとても嬉しいことだった。
「それで、精霊さんは僕に何か御用ですか?」
リヒトにまっすぐと見つめられて、精霊が優しげな雰囲気をまとう。
「……リヒト、君なのか」
精霊が横たわるリヒトの顔の横に近づく。片頬を撫でるような動きをした。
すると。
リヒトがくしゃりと顔を歪めて、大きく声を上げて泣き出してしまった。
「リヒトさん?」
ポラリスはベッドに駆け寄った。かつて子どもの頃図書室で泣いていたようだ。あの時は声を抑えなくてはならなかったけど、いまはそんな必要ない。
「ごめんポラリス、なんだかあったかくて嬉しくて、涙が止まらないんだ」
「いいのよリヒトさん、私の前でなら、いくらでも泣いて良いの」
騎士で大人で男であるリヒトには、思い切り泣ける場所が限られている。だから許される場では、思い切り泣かせてあげたかった。
ポラリスはリヒトのつややかな黒髪を優しく撫でた。いつかリヒトがそうしてくれたように。
そしてただ、寄り添い続けた。
泣き疲れて眠ってしまったリヒトは、幼子のような顔をしている。そのいとけない表情に、ポラリスも泣きたくなった。いつもは美しく格好いいリヒトが、無力な姿で眠っていた。
――これもまた、リヒトさんよね。
強いだけが人ではない。誰にでもか弱い部分はある。
「だいじょうぶ、私はずっとそばにいるわ……大好き」
恋人として、ポラリスは愛しい青年に語りかけた。
「お嬢ちゃん、ありがとうな」
精霊が礼を言った。
「いえ、こちらこそありがとうございます。あなたはいったい、リヒトさんとはどのようなご関係ですか?」
「……ああ、リヒトの知人だ」
何か訳がありそうだったので、ポラリスもそれ以上のことは訊かなかった。
「また、リヒトと君に会いに来るよ。できれば……回復するまで付き添ってあげてくれるか?」
「はい」
ぺこりとお辞儀をして、ポラリスは窓を開けてそこから出て行く精霊を見送る。
「…………」
窓を閉めたあと、そっとリヒトの涙に濡れた頬に口づけを落とした。




