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35話 お仕置きだぞっ

「私は……やはりあなたに謝らなくてはならないわね」


 ポラリスは振り絞るように言った。


「ポラリス?」


 緩く抱き合ったまま、リヒトが小首をかしげた。眉まで伸びた黒い前髪が、揺れる。入院中なので、今日は彼がいつも付けている香水の樹木の香りはしない。ただリヒトの柔らかい匂いのみが感じた。


「だって……、私がリヒトさんを出撃させてしまったから」

「言っただろう? 悪いのは精神攻撃してきたイソギンチャクみたいな魔獣。ま、そいつももうみんなが倒しちゃったけど。だから君は本当に、自分を責めないで?」

「だけどっ」


 ポラリスはリヒトの腕の中で声を上げた。

 

 もしもエルが助けてくれるのが遅かったら。

 もしも魔獣がもっと強力な攻撃をしていたら。

 もしも何か、打ち所か何かが悪かったら……。


 

 リヒトは□□□いたかもしれない。



 頭の中で悪い想像が止まらない。もう済んだことだ。リヒトはこうして戻ってきてくれているのに、だ。


「だーめ。自分を責めちゃ」 


 リヒトがあやすようにして、ポラリスの背中をとん、とんとさすってくれた。ポラリスの中でたくさんの感情が渦となって、無理やり抑え付けるようにリヒトの肩口に顔を埋めた。




 昼過ぎ、ポラリスは着替えや必要なものを取りに宿舎に向かっていた。エルとセレッソも一緒だ。


 ――どう償えばいいのかしら?


 大好きなリヒトを、怖い目に遭わせてしまった。自分が遭ったわけではないのに、ポラリスの心は激しく痛んで悲鳴を上げたくなった。


 リヒトは言う。君は悪くないと。

 でもポラリスが命じさえしなければ、リヒトが戦いに行くことなんてなかった。ポラリスの意思を汲んで、何でも命じてくれと言ってくれた。本当は嫌だったかもしれないのに。


 暗い顔のポラリスの心情を察してか、いつもお喋りなセレッソもエルも無言のままだ。セレッソに手伝ってもらい、部屋から着替えや勉強道具などを持ち出す。


「…………!」


 この前リヒトに手渡された、お菓子のレシピ本も忘れずに持つ。

 部屋のものを持って、四階の私室から一階へ階段で下りる。


「やっぱりエレベーター、使えるようになって欲しいよな」


 荷物持ちをしてくれていたエルが、ぽつりと独り言を言った。




「おかえり、ポラリス」

「ただいま」


 リヒトの病室に戻ってきた。ベッドに横たわったままリヒトが微笑む。まだ起き上がるのはしんどいのだろう。


 ――ほんとうに、ひどいことをした。


 と。荷物を置いたポラリスがベッドに近づくと。リヒトがよろよろと上半身を起こした。


「リヒトさん、まだ寝ていたほうが――」

「ポラリス、まだ自分を責めているね?」

「! どうしてわかったの?」

「顔に出ているよ。いかにも『私は大悪人です』って顔してる」

「そ、そう?」


 そんなにひどい顔をしていたのだろうか。ポラリスは急に恥ずかしくなった。

 するとリヒトが、とんでもないことを言い出した。


「そんなに君が君のことを責めるのなら、僕からもお仕置きが必要だね」

「ふぇっ? リヒトさん……」


 それでリヒトの気が済むのなら、そうして欲しい。

 一拍おいて、少女は答えた。


「わかりました。お仕置き、してください……」

「……おいで」


 言われるがままに靴を脱いでベッドに上がり、リヒトのすぐ横に行く。


 すると思い切りリヒトに抱きしめられ、間髪入れずの唇を重ねられた。


「………………っ!」


 さっきリヒトと抱き合った時には緩く優しくだったのに、今は抱き潰すくらいの勢いだ。


「り、リヒトさんっ」

「可愛い恋人がこんなに悩んでいるのに、放っておけるわけがないだろう?」


 長いキスを経て、リヒトがようやく唇を離した。今度はほおずりをしてくる。


「いいかいポラリス、僕にはつらいことがあった。いろいろと。でもね」


 頬を離して、至近距離で見つめ合う。あかいろとあおいろの視線が交わり、絡み合う。


「君が生きてくれているのなら、僕も生きられるし」


 告げられる、想いは強く深い。


「君が死んでしまえば、僕も死んじゃうんだ」


 それはあまりに生々しく、痛々しく、哀切で。けどポラリスには。

 どこまでも愛おしく、美しく思えた。


 ――ああ、そうなんだ。


 きっとリヒトは、今までもずっとこうやって生きてきたのだ。それが彼の生き方であり、在り方である。


『優しくあってね』


 そうやって母リリアーヌの祈りにも似た想いに応え続けてきた。

 それが正解なのかどうか、ポラリスにはわからないけれど――リヒトの生きる原動力となっているのは確かだった。


 ――なら、受け入れよう。


 するとリヒトの体がふらつく。


「くっ……」


 リヒトが苦悶の表情も浮かべるのを見て、ポラリスは慌てて彼の背中を支える。


「リヒトさんっ。いったん横にならないと」


 そっとリヒトをベッドの上に横たえて、毛布をかけてやる。


「ありがとうポラリス」

「いえ、ゆっくりしてね。それとさっきのお話ですが、私は自分を責めるのを……少しずつやめていこうと思うわ」

「……ポラリス」

「あなたが私に私を許して欲しいのなら、そうします。それくらいあなたは大事な人だから。それにリヒトさんが私と生きたいという気持ちが本物だということも、私なり理解できたと思うから」


 優しくあろうとし続けるリヒトのために、ポラリス自身も優しくあらねばと気づいた。

 彼が守ってくれるように、彼女もまた守りたいのだ。


 リヒトが柔和に笑んだ。とても優しい、笑みだった。


「そっか。ありがとう、ポラリス。……僕のつがい」

「つがい……?」

「そう。妖精種(フェアリー)は愛するパートナーを既婚未婚問わず、『つがい』とも呼ぶんだ」


 くすぐったい気持ちになりながら、今度はポラリスがリヒトの髪を優しく撫でた。

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