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32話 カラスダカラ(リヒト視点)

 リヒトの父の名はホーバード。ホーバード・フローレスといった。


 名前からだとわかりにくいが、ホーバードの父母、つまりリヒトの父方の祖父母は東洋の島国『大和皇国やまとこうこく』の出身だという。


 かつては西洋で東洋人や有色種コローレがひどい差別を受けることは珍しくなかった。

 ホーバードもその父母も妖精烏ようせいからすでもあったというから、余計に大変だったろう。せめて名前だけでも西洋風にして差別から遠ざけたかったらしい。それにほとんど効果がなかったとしても。


 悲しくやりきれないけれど、目を背けられない現実だ。


 リヒトの肌が黄がかっているのとつややかな黒髪は、東洋系である父ホーバードからの遺伝だ。おそらくは中性的な美貌も。


 ホーバードは妖精烏ようせいからすだった。

 からすを不吉なシンボルとみなし、妖精烏には生きにくい場所が、ホーバードが学生だった当時のアタラクシアには多数あった。


 それでも理解ある友人に恵まれたホーバードがとある白色種ブランカ――ここでの『白色』は肌のことのみを指す。基本的に純白種ピュア・ブランカ以外の人間、つまり白色種ブランカ有色種コローレに分類される――で人類種ヒューマンの女性リリアーヌ・ミラーと出会ったのは入学したての大学でだった。


 世にも珍しい淡い桜色の髪に碧眼をしたリリアーヌは、天真爛漫で公平な美人だったという。彼女の父親は事業を成功させており、妻やリリアーヌはじめとした子どもたちと共に裕福で温かい家庭を築いていた。


 出会いの発端は、ホーバードが友人数名と大学キャンパス内のおしゃれなカフェでだべっていたときのことだ。

(講義をサボタージュしていたらしいが、ここでは深く突っ込まない)


 カフェで一人で紅茶を飲んでいたらしきリリアーヌが、派手な服装の男たちに絡まれていた。

 いわゆるナンパというものである。だが「無理です」「忙しいので」と断ろうとするリリアーヌの意思とは関係なく、おそらく遊ぶ女目的で大学にきているであろう男連中は引き下がろうとしない。


 さすがに講義をサボタージュしていたホーバードもこれは見かねた。

 講義をサボタージュしても困るのは自分だけだが、他者を巻き込む悪意は見るに堪えない。


「あれ、なんとかしようぜ。女の子が可哀想だ」

「おうよ」

「いっちょやったるか!」


 ホーバードが友人数名(全員オラオラした体育会系)を引き連れて突撃し、見事リリアーヌを助けて男たちを追い払った。


「ありがとうございます、本当に助かりました」


 リリアーヌは律儀に深く一礼した。


「いやいや、このくらいお安い御用だよ」


 この時ホーバードは正義のヒーローよろしく、颯爽と現れて去る予定だったのだが。


「私……あなたにひとめぼれしてしまいました!」

「ファッ?」


 リリアーヌの爆弾発言により、予定が大幅ズレた。


 オラオラ体育会系の友人たちにも乗せられたのもあって、最初は成り行きでホーバード・フローレスとリリアーヌ・ミラーは付き合い始めた。


 ホーバードは何度かリリアーヌに、「自分はからすだけどいいのか」と訊いた。そのたびリリアーヌは「いいに決まっているじゃない?」と軽やかに答えてくれたという。


 元から相性のいい二人だったのだろう。

 大学卒業後、互いの生活が落ち着いたのを機に二人は結婚した。


 ほどなくしてリリアーヌは妊娠。種族判別のための出生前診断で妖精烏の男の子とわかる。


「素敵! あなたそっくりのハンサムになるわね!」


 リリアーヌは穏やかなひだまりのように微笑んだ。確かにそこには愛があった。


 二人で生まれてくる子どものためにたくさん準備をした。ホーバードが子どもの名前を考えた。みんな、みんなが幸せそうだった。


 愛が、あったのに。


「この烏が! くたばれよおっ!」


 晴歴一九九四年二月九日。


 ホーバードは突然、見知らぬ純白種ピュアブランカの男にナイフで刺されて絶命した。

 犯行理由は「『白』が絶対のこの世界で、烏ほど醜い生き物はいない」から。いわゆるヘイトクライムと呼ばれるものだったという。


 リリアーヌは、その日生まれたばかりの我が子と一緒に病院で、ずっとずっとホーバードが来るのを待っていたという。

 産後まもなくでひどく消耗しているにも関わらず、食事も摂らず、夜も眠らずに。


「リヒト……。もうすぐお父さんが来るからね。ね」


 ホーバードはいなくなってしまった。

 ホーバードはいなくなってしまった。

 ホーバードはいなくなってしまった。


 カラスダカラッテ、コロサレタ


 すべてを知ったリリアーヌは憔悴した。


 人種を理由とした殺害とあって事件は大々的に話題となり、国内外で多くの種族差別に反対するデモが起きた。

 治安のいいエテルノ王国王都シレンシオ市内での事件というのも大きかった。


 差別をなくそうという気持ちも行動も正しいものだ。

 だがいくら誰がどう行動しようと、たとえ種族差別が完全にひとつ残らずなくなってもホーバードの命が戻ることはない。


 深く落ち込んでいたリリアーヌは、ふとリヒトの背中にあるふっかふかの黒い翼を見た。ホーバードとおんなじ、おそろいの翼。リヒトは両親の愛の結晶であると同時に、ホーバードが生きた証でもあったのだ。


 いくら嘆いても恨んでも、愛する夫は戻らない。なら。


「いっしょに幸せになろうね、リヒト」


 リヒトはリリアーヌにとっての希望となった。リリアーヌはリヒトを連れて実家に戻り、ささやかで穏やかな生活を始めた。

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