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26話 ポラリスの決意

本日は4話分更新いたします。

 一月二十日、日曜日。午後一時過ぎ。

 クレアシオン神殿は神殿騎士たちを中心に慌ただしくなっていた。神殿長のトリシャ・アレグリア以下、事務官たちも焦った様子だ。


 日曜日の昼下がりとなれば、世間一般の多くの人が休日を楽しんでいる頃。だがクレアシオン神殿においては事情が違った。


 毎週日曜の正午、クレアシオン神殿では聖女ハンネローレ・プルマスが母なる水晶(マザー・クリスタル)を通じて魔獣の出現予知を行う。いずれは聖女となるポラリスもするようになることだ。


 そして一時間前の正午。凜とした表情で、聖女は告げた。


「約五日後に、超大型の魔獣が一体出現します。推定場所は第一ホットスポット周辺、魔獣の推定警戒レベルはAAダブルエー、周辺地域に避難指示を出すことを周知させる必要があります」


 近いうちに、強力な魔獣が出現する。

 そのお告げを皮切りに、それまでゆったりとしていた神殿内の空気が緊迫感あるものへと変わった。


 早急に作戦が練られ、神殿騎士たちの当日こなすべき役割が割り振られた。



「なんだか……大変なことになってしまったわね……」


 私室のリビングで体を縮め込んだポラリスの背を、隣に座ったリヒトが落ち着かせるようにさすってくれる。

 

「大丈夫だよ。ここにいる神殿騎士たちはみんな、訓練と経験を積んだプロばかりだから」

「それは、そうだけど」

「心配なのはわかるよ。何せ命がかかっていることだなんだし……。でもちょっとだけでいい、僕たち神殿騎士のことを信じて欲しい」


「…………リヒトさんは、今回出撃されるの?」


 ポラリスはいちばんに訊きたいことを、そっと口にした。


「ごめん、それがまだわからないんだ。今回出現予定の魔獣はAAダブルエー、下手したら市街地に影響が出てしまうかもしれない……。本来守護騎士はお仕えする聖女のおそばを離れてはならないのだけど、一般市民に被害が出ることを考えると……何とも言えないんだ」


 こんな時でも、リヒトは決してポラリスから目をそらさなかった。はっきりとした答えができない歯がゆさが嫌ほど伝わってくる。


 今回出る魔獣が強力なのは嫌でもわかる。ポラリスの警備部隊からもエル・ファインマン含む数名に出撃が命じられている。エルから直接「ご心配なさらないでください」と言われているが、心配なものは心配だ。


 リヒトが前線――戦いに出るかもしれないのはポラリスからすると苦しい。そもそも愛する人に戦場に行って欲しいなんて思う人間はなかなかいないだろう。余程の英雄や勇者のような人物ならまた別かもしれないが。


 でもそうしないと、何の罪も落ち度もない一般市民が犠牲になってしまうかもしれない。最悪生まれたばかりの赤子が…………ということもあり得る。


 魔獣は『エーテルの世界』にのみ発生する。人々の抑え込まれた負の感情が一定以上肥大化して異形と化したものたちのことだ。魔法による攻撃のみが通用する。


 聖女の張り巡らせた結界により人気のない場所に設置された『ホットスポット』にのみ出現する。


 早いうちに倒せれば何の問題もないが、戦闘が長期化すると市街地まで巻き込まれかねない。聖女の結界がだいぶ被害を軽減してくれるが、まったく影響がないわけではない。


 魔獣と似たような存在として『マナの世界』にも魔物が存在する。あちらは出現頻度が高い代わりに凶悪度がだいぶ低いという。


「ごめん。君を守るといいながら、本当に僕は不甲斐ないね」


 リヒトの整った相貌が切なげに歪む。


「そんな……謝らないで」


「でも僕は、愛する君と出会えたこの街のことも守って、いたいんだ」

「リヒトさん……」


 ポラリスとて、リヒトの気持ちはよく分かった。

 きっとポラリスをそばで守るか、前線に出て魔獣と交戦して王都を守るかで揺れている。


 本当はそばにいて欲しい。命を失うかもしれない前線に出て欲しくない。でも。


 ポラリスはこの街を愛している。誰にも犠牲になって欲しくない。誰一人として。

 だから。こう言うのだ。


「リヒトさん。聖女として、騎士であるあなたに命令が、あります」


 立ち上がったポラリスの喉から思った以上に凜とした響きの声が出た。

 ハッとしたリヒトが、何かを察したようにその前に跪く。その姿、まさにかしづく騎士。


「ポラリス様。私はあなたの守護騎士です。どうぞ何なりとご命令を」


 そのすべてを受け入れたように爽やかな薄荷の声に、ポラリスも覚悟を決めた。 



「次期聖女として守護騎士リヒト・フローレスに命じます。今回の魔獣との戦闘に出撃し、この王都と人々をお守りなさい。……そして、必ず生きて私の元に帰ってきなさい」


「かしこまりました。すべては我が聖女のお望みのままに」


 

 二人はそっと視線を絡ませて、寂しげに笑った。

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