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25話 甘いご褒美

 ポラリスがクレアシオン神殿に来て、一週間が過ぎようとしていた。

 時が往くのは早い。あっという間に明日を今日に連れてきて、今日を昨日に連れ去っていく。嬉しいことも悲しいこともすべて過去の記憶に変えていく。


 ――今こうしていることも、いつか思い出に変わるのかしら?


 ポラリスはリビングでリヒトと何気ない話をしていた。

 最近は話す他は勧められたカウンセリングを受けたり、ゆったり神殿を散歩したりして過ごしていた。こんなにのんびりしていていいのかとも思うけど、まずはのんびりすることが大事なのだとリヒトやトリシャ、ハンネローレにも言われた。


 なんとなくリヒトのほうを見ていたら、ふわりと笑いかけられた。


「どうしたの、ポラリス」

「いえ、リヒトさんがいるなあと思って」


 変なことを言ってしまったかもとちょっと不安に思ったが。


「そっか。僕にはすぐ隣にポラリスがいるのが見える」


 どこか照れたようにリヒトは笑ってくれた。


「今日も冷えるね。ポラリスは冬が好きだったっけ?」


「私は冬、好きなの。まっしろな雪とか、きりっと冷えた空気とかが好きで」

「いいね。シレンシオは寒い割にあんまり雪が降らないから、雪が積もると特別な気分になれるし」


 エテルノ王国では雪を『空から舞い降りる天使の羽根』とも呼ぶ。幸福のモチーフにもされていた。


「でも。冬が嫌いだとおっしゃる方はとても多いわね。雪のことも」

「んー。たしかに」


 寒い、厳しい、寂しい。冬という季節はマイナスイメージと共に語られがちだ。

 雪はまだ好きだという人が多いが、出かけるのに不便だとか公共交通機関が止まるとかで、嫌がる人もまた多い。

 大雪は被害をもたらすこともあるし、雪崩なんて起きたら死傷者が出る。そう思うと無理はないかもしれないけど。


「それは人それぞれの自由だと思うよ、冬が好きな人も嫌いな人もいて当然なんだ。人の数だけ想いがあるわけだから。でもねポラリス、この世界で好きなものがあるということは、すごく、すごーく幸せなことだよ」


「そうかしら」

「そりゃあさすがに人を殺すとか、不倫して人の家庭を壊すのが好きだとかはいただけないけどね。けどどのみちエテルノ王国は冬が長めだし。好きになるのも自然なことじゃないかな」


 リヒトの声は染み入るように優しい。そっと包み込むようにしてポラリスが好きなことを肯定してくれた。


「ありがとうリヒトさん。自信が出たわ」

「はは、どういたしまして」


 ――そんなことされると、ますますあなたを好きになってしまうわ。


 ポラリスが内心でそっとつぶやいた。まるで大地に白い雪が舞い降りるように。


「冬が明ける頃には、また学校に行けるかしら?」


 続けてふと思ったことを口にする。


「いま神殿長が学校側と打ち合わせしてくれているよ」


 次期聖女となったポラリスが今後登校するときは、護衛の同行が必要となる。

 基本は守護騎士であるリヒトがすぐ隣について行くことになるが、他に数名警備部隊の神殿騎士も同行することになる。おそらくオルタンシア女子高校が女子校であることに配慮して、女性騎士が多めとなりそうだった。


「いろんな方に気を遣わせてしまうわね」

「うーん。そこはそれぞれが適宜慣れていくしかないかな。幸い君の学校は以前にも護衛付きの生徒を受け入れた実績があるようだから、思うよりはスムーズにいくと思うよ」


 つまり学校帰りに友達とファーストフード店でハンバーガーやポテトを買い食いしたり、といったことは難しくなる。リヒトに頼めば帰りの寄り道くらいは許してくれるだろうが、護衛が必須なことを考えると無理を言うつもりはなかった。


 どのみち今までだって、まっすぐ帰宅しないといけない環境下にあったのだ。

 リヒトたちからは、『ハラスメントなんてない生活が当たり前であるべきなんだよ』と諭されている。『ちょっとくらいわがまま言っても誰も怒らないよ』とも。


 ただ今ポラリスは暴力なき日常に馴染もうとするのに精一杯だ。平穏に馴染むのに頑張るだなんて、一般的に考えればおかしな話ではあるが。


 とりあえず学校に行って授業を受けて、休み時間に友達とお喋りしたりお弁当を食べたりできればそれでよかった。リヒトもポラリスがそれでいいならと了承してくれている。


「ただひとつ言えるのは、君が心配しているような暴力沙汰は絶対に僕らが起こさせない。だからそこは僕たちを信じてくれ」


 信じる。ポラリスも長く、リヒトとの再会を信じて生きてきた。

 信じていたからかどうかは確かめるすべはないが、信じることは生きる力になっていた。


「ええ、あなたがたを信じるわ。どうぞよろしくね」

「もちろんさ。――あと、約束していたこれもどうぞ」


「わあ」


 ポラリスが歓声を上げた。

 リヒトが持ってきてくれたのは、手作りのアップルパイだった。甘く香ばしい匂いが部屋中に充満して、幸せな心地になってくる。


 リヒトと恋人同士になれた日に、ポラリスから食べたいからとちょっと勇気を出してお願いしていたものだ。


 神殿に来てから、食事は基本自炊していた。ポラリスとリヒト、セレッソの三人でその時作れる余裕がある人が料理をしている。リヒトやセレッソと一緒にキッチンに立つのは楽しかったし、できあがった料理はどれも美味しかった。


 リヒトの手作りお菓子を食べるのはこれが初めてだ。リヒトは小学校時代からお菓子作りが趣味で、主に育ての親の祖父母のために作ってあげていたという。


 さっそくいただいたアップルパイは、とても甘くて美味しかった。


「とっても美味しいわ」

「それはよかったよ」


 ポラリスのリヒトへの想いも、とっても甘い。



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