24話 聖女ハンネローレ
シレンシオの聖女ハンネローレ・プルマス。
訳あって児童保護施設で育つ。ポラリスと同じく十七歳で次期聖女に選定され、十九歳で現聖女着任。
以来約十六年間、ほぼ毎日王都シレンシオに美しい結界を張り巡らせて、王都の人々の平穏を守り続けている。
おっとり優しく接した者の心をほぐすような、性格も聖女としてふさわしい人格者。人によっては『圧倒的光属性』と彼女を評している――。
これがポラリスが知識として知る聖女ハンネローレだ。ほぼ世間での評判というか、噂で形作られている。
実際のハンネローレがどんな人なのかはポラリスは知らない。ポラリスが知るのは良くも悪くも世間の噂だ。
リヒト曰くハンネローレの聖女としての能力は高く、おっとり優しいのも事実だという。
さすがに圧倒的光属性とか言われているのはおそらく聖女補正というか、メディアが話を盛ったのだろうと予想はつく。本人が聞いたらどう思うのだろうか。
ポラリスもそのうち勝手に第三者から好き勝手に通り名をつけられてしまうのだろうか。だいぶ先の不安が頭の中で小さく渦を巻くが、すぐに今目の前のことに意識を戻す。
今はハンネローレの居室の前。リュネットちゃんに扮したリヒトがインターフォンを押す。
『はーい、プルマスです』
小鳥がさえずるような女性の声が聞こえた。ついに聖女と対面かと思うと、ポラリスの心臓が高鳴った。
「こんにちはハンネローレ様、リュネット・フィオレンツァです」
『あらあら、すぐ出るわね~』
ややあって金の縁取りがついたダークウッドの玄関スライドドアが開く。顔を出したのはハンネローレではない。エルフの男性だった。
妖精種で長命種であるエルフという種族が、こうして他の種族に混じって生活するのを見るのはこのエテルノ王国では珍しい。大体エルフは静かな森深くや荘厳な山の奥など、人里離れた場所で固まって暮らしているのがこの国では一般的だった。
尖った耳に白磁の肌、整った相貌というエルフの外見的特徴を三拍子揃えている。黄緑のアーモンドアイ、透明感溢れるまっすぐな金髪。まさに妖精といった神秘的な風貌だ。普段のリヒトと同じく紺青の騎士服を来ていて、自然に人のいい笑みを浮かべている。
「ああリヒト、来てくれたんだね。その姿では数ヶ月ぶりかな」
「こんにちは、クレメンテさん」
「セレッソも久しぶり」
「ええ、ご無沙汰しています」
リヒト、セレッソに続き、エルフの青年の瞳がポラリスを見つめる。
「初めまして。あなたがポラリス・クライノート様ですね?」
「はいっ。ポラリスです」
青年が優雅な所作で一礼した。
「改めましてお初にお目にかかります。私は聖女ハンネローレ・プルマスの守護騎士であり夫でもあります、クレメンテ・プルマスと申します。以後お見知りおきを」
「言い忘れていたね、ハンネローレ様とクレメンテ様はご夫婦なんだ」
「そうなのね」
リヒトが説明してくれたので、納得する。なんとなくそうだろうと思っていたので、驚きもしない。
元々聖女と守護騎士が婚姻関係を結ぶことになるのは、自由恋愛が一般的な今現代でも少なくはなかった。時代によっては聖女と守護騎士は必ず結婚せよという法律まであったという。そうでなくとも公私共に接する時間が長いのだから、惹かれ合うことになるのも不思議ではない。
あえて言うのなら、長命種であるエルフと人類種の夫婦はアタラクシアでもレアケースだなと思う。何千年もの時を生きるエルフが、人類種に限らず人生百年の種族と上手くやっていくのはまあ難しいことが多いからである。
クレメンテの後についてリビングに入ると、薄水色の上品なワンピース姿の女性がいた。
ポラリスと同じく熟れるような真紅の瞳に銀糸の髪のセミショート。エテルノ王国では珍しい褐色の肌はきめ細やかで、ふっくらした桃色の唇が優しげな微笑みを浮かべている。身長はポラリスよりちょっと高いくらいだろうか。
「ハンネ、お客様がいらっしゃったよ」
クレメンテが女性に親しげに声をかけた。
間違いない。彼女がハンネローレ・プルマスだ。
「ありがとうクレメンテさん。まあまあ、三人ともよく来てくれたわね」
「こんにちは、ハンネローレ様」
リヒトが丁寧に挨拶する。
「ええ、こんにちはリュネットちゃん。そちらがポラリスちゃんかしら?」
ハンネローレが穏やかな微笑と共に応える。こちらに注目が向けられ、ポラリスの緊張度が高まった。優しそうな人ではあるが、ついポラリスはいつハンネローレの気が変わって怒鳴られるかという気持ちになってしまう。多分そんなことはないのだろうけど。
すると。リヒト(メイドのすがた)がそっとポラリスの背中に手を優しく添えた。
「はい。彼女がポラリス・クライノートです。僕がお仕えする次期聖女様であり――大切な恋人でもあります」
まっすぐに言うリヒトには何者も叶わないだろう。
「は、はいっ。次期聖女に選定されましたポラリス・クライノートと申します。それに加えて今日リヒト・フローレスさんの恋人になりました。初めましてハンネローレ様。お目にかかることができて光栄に思います……」
消え入りそうな声で、しどろもどろな挨拶になってしまった。それでもハンネローレは、むしろ好意的な視線をポラリスに向けてくれる。
「ふふふ、よろしくねポラリスちゃん。私もここに来たばかりの時は緊張しきりだったわ」
「え、そうだったのですか」
当たり前といえばそうだが、今このハンネローレからは想像もつかない。
ハンネローレの後ろに控えるクレメンテが言い添える。
「ハンネは、かつては私の背中に隠れているような子だったんだよ。信じられないだろう?」
ハンネローレとクレメンテのなれ初めも気になるところである。交流していくうちに、教えてもらえるだろうか。ポラリスの心にそんな余裕が出てきた。
二人がリヒトと仲よさそうなのも大きい。
――ああ、そっか。そうなのね。
どうやらポラリスは、この優しい人たちと一緒にいていいらしい。母なる水晶に選定されてここにいるのだから、少なくともその資格はあるはずだ。
「じゃあ、お茶にしましょう。今日はもう結界張りも済んでしまったし、ゆっくりしていってちょうだいね」
そこから先は、楽しいお茶の時間となった。
ハンネローレたちがシリアスな話題を避けてくれたのは助かった。
恋人同士になったばかりで神殿中で話題とあって、主にポラリスとリヒトとの関係に関する話が多かった。照れるリヒトが可愛らしかったのは内緒だ。
「今日はありがとう。これからよろしくね」
食べきれなかった分のお茶菓子をいただいて、ポラリスは充実した気分で自分の居室に戻った。
「よかったね、ポラリス」
騎士服姿に戻ったリヒトに言われて、ポラリスは大きくうなずいた。




