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23話 美人メイド☆リュネットちゃん

 ポラリスとリヒトが恋人同士となったことは、突風より速いスピードでクレアシオン神殿中に広まっていた。神殿騎士たちの前での挨拶に加え、どうやらそれから午前中ずっと、休憩スペースに二人でいたことが話題となったらしい。


「まあ、おめでとうございます。良かったわねフローレスくん~」

 

 二人に一番近いセレッソは満面の笑顔で祝ってくれた。


 同じ職場内で恋愛関係になるとトラブルに発展するという例もあるという。

 だがここはみんな家族のようなクレアシオン神殿。いまのところ周囲からは祝福の言葉こそかけられても、石ころを投げてくる輩は幸いゼロだった。

 ただでさえ対人に恐怖を感じているポラリスは心の底から安堵した。神殿にやってきて早々、敵対者を作りたくはない。


「フローレスくんは、前々からポラリス様のことを周囲にお話されていたのですよ。ふふ」

「あら、そうだったのですか?」


 ポラリスからすれば初めて聞く話だ。妙に気恥ずかしくて、熟れた林檎みたいに真っ赤っかになる。


「ええ、ええ。ある聖女候補の女の子に子どもの頃から恋をしていると、それはもう嬉しそうにお話しされていました」

「…………」

「なのでポラリス様が次期聖女と選定されて、すぐにフローレスくんが守護騎士に決定したのです。お二人がいっしょにいられるのは、パンにバターをつけると美味しいことくらいに当たり前なのですっ」


 浮かれているセレッソの多少言い方が大げさな気もしないでもないが、祝福されるのは嬉しい。


「ありがとうございます、皆さん」



 そんなこんなで、ポラリス・クライノートとリヒト・フローレスは恋人同士となった。



 二人の恋物語は、ここから本格的に始まっていく――。




 二人の関係が甘く近しいものに変化しても、日常はいつも通り続いていく。

 いつも通りご飯を食べて夜はしっかり眠り、昼はそれぞれのやるべきことをこなす必要がある。


 穏やかな午後。これからポラリスはリヒトとセレッソを連れて、シレンシオの聖女ハンネローレ・プルマスの居室に挨拶しにいくことになっていた。

 仕事の一環として私室に挨拶にいくというのも珍しいが、ハンネローレからお茶とお菓子を用意するので良ければ、という提案があったのだ。ポラリスの体調もまだ本調子とはいえないし、あまり格式張るよりはと守護騎士のリヒトが了承した経緯があった。


「それにしても、リヒトさんはどのような姿でいらっしゃるのでしょうか」


 ポラリスが小首をかしげた。ハンネローレから騎士服ではないとある格好をしてくるようにとの指示を受けたリヒトは、ポラリスの居室の隣にある自分の部屋で着替えている。


 どんな格好で来るのか、恋人に成り立てのポラリスは気になって仕方がない。


「もしかしたらびっくりされるかもしれませんが……きっとポラリス様もハマりますよ」

「ハマる?」


 どうやら何か知っているらしきセレッソが、意味ありげににやりと笑う。余計に気になる。


 と。ポラリスとセレッソのいるリビングに一人の人物が入ってきた。

 黒いロング丈ワンピースにフリルの付いた白いエプロンドレス、頭にはホワイトブリュムと呼ばれるヘッドドレス。セレッソとお揃いの、クレアシオン神殿指定のメイド服だ。


 その人の顔には薄く化粧も施されている。ブラウンのアイメイクを載せたぱっちり二重まぶた、長い睫毛に抱かれた海の色の碧眼、乳白色の肌に桜桃色の唇、その顔立ちは素晴らしく整っていて、素晴らしくどこかで見たことがある。


「ご紹介しますポラリス様。こちらが我がクレアシオン神殿が誇る清楚系美人メイドのリュネット・フィオレンツァちゃんです! 私はいつもリューちゃんと呼んでいます」


 セレッソに紹介されて、リュネットなるメイドが柔らかく笑む。その頬が照れたように赤い。


「へへ、やっぱり君に見つめられると恥ずかしいな……」

「リヒトさんがメイド服を着てきたわ」

「やっぱり変かな?」


 リヒトのいつもとは違う姿にぽかんとしたまま、だけどポラリスは魅了されていた。


「そんなことない。すごく……美人さんに見えるよ」


 ――きれい。


 さすが姫呼びされるだけある。凜と格好いい騎士服姿も捨てがたいが、女性の服装もよく似合っている。


「しかし気になるのですが……リヒトさんのこのお姿は、おそらく今回がお初ではないですよね? 妙に慣れていらっしゃいましたし……このメイド服も、リヒトさんに合わせた特注のものですよね」


 今度はポラリスが疑問符がを浮かべる番だった。この世界には彼女が知らないことが多すぎる。


「ご名答ですポラリス様。リューちゃんは以前からクレアシオン神殿にいたんですよ」


「それは、どうしてですか?」


 騎士がメイドに扮する仮装大会でもあったのだろうか。

 セレッソは淡く笑んで説明を始めた。


「確かフローレスくんが神殿騎士となってから半年くらい経った頃でしたね。我がクレアシオン神殿の侍女や女性事務官を狙った付きまといがいたんですよ」


「え……?」


「かくいう私も被害をくらった一人なのですが……あんな気味の悪い思いはもうこりごりです」

「それは大変でしたね……」


 ポラリスの通うオルタンシア女子高校でも、かつて似たような事案が発生していたと聞く。

 主に近隣の大学生によるナンパだったらしいが、しつこい連中も多くて生徒の誰もが辟易していたという。


 セキュリティや見回りが強化されて付きまといはようやくなくなったとのことだが、今ポラリスたちも登下校時には気をつけるようきつく注意されている。


 悪いのは付きまとう奴らなのだから、被害を受ける女子生徒側ばかりが注意を受けるというのも業腹だ。


「ええ。警察も何か起きないとなかなか動いてくれませんから……それじゃまずいからと、フローレスくんが動いてくれたのです」


 成人男性、それも鍛えた騎士の体に合うメイド服を特注したので、少しだけ時間はかかってしまったが。

 自身の美貌を生かして侍女に扮したリヒトが、あえて自分から変質者に接近して取り押さえたのだった。


「とりあえず、あの時は僕も必死だったな」

「いえいえ、お陰様で助かったわよ」

「そうだったのですか……何だか、リヒトさんらしいね」

「へへっ」


「その時のメイド服姿が案外好評でして……。それからリュネット・フィオレンツァちゃんは会うと幸せになれるクレアシオン神殿のレアキャラとなったのです。もしかしたら現在我が神殿一番の人気かもしれません」


 セレッソにそんなことを言われて、ポラリスは戸惑う。


「リュネットちゃんに人気があるのですか……?」


「ええ、それはもう。シレンシオにはリューちゃんのファンが、実はたくさんいるのですよ」


「リヒトさんにたくさん、ファンが……」


 ポラリスの脳内にリヒト(メイドのすがた)が大勢の人々に囲まれてきゃっきゃされている場面が浮かんでしまった。


 ――なんだか、もやもやする。


「あの、セレッソさん……」

「どうされましたか?」


「ファンだという方々には申しわけありませんが…………リュネットちゃんを私の専属メイドにしていただくことはできませんか?」


 思い切って言ったポラリスに、セレッソはなるほどといった様子でうなずく。リヒトが嬉しそうにニコニコしていた。


「ご安心ください。実はリューちゃんはすでにポラリス様の専属メイドになっていますよ」

「そうなんですか?」

「ええ、フローレスくんのほうから、そのような希望があったんです」


「そうなの?」

「そうだよ」


 リヒトが悪戯いたずらっぽく片目をつむる。ポラリスは安堵の息を吐いた。

 そこまでリヒトが自分のために動いてくれていることへの感謝も沸き上がった。


「ごめんなさい、大人げなくやきもちを焼いてしまって」

「良いんですよポラリス様。嫉妬してしまうのは自然なことです」


「そうそう、僕としては……ちょっと嬉しいとすら思うよ」


 嫉妬はみっともないことと思っていたので、セレッソとリヒトの反応にポラリスはホッとした。


 ――そっか。これが、『嫉妬』するってことなんだ。


 今まで気づかなかった自分の感情に、ポラリスは戸惑いながらも嬉しくなった。


 リヒトと一緒にいたことで、また『嬉しい』がひとつ増えた。 



「じゃ、ハンネローレ様のお部屋に行こう?」

「うん!」


 こうしてポラリスとリヒト(メイドのすがた)とセレッソは、仲良くハンネローレの居室へ向かった。

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