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22話 恋人同士のキス

「……なんだか、エルさんはいつでもエルさんですよね」

「ああ。何があっても自分のペースを崩さない。そこがあいつの欠点でもあり、いいところでもあるんだ」


 しみじみした表情で、風のように去って行ったエルを見送った。


 ポラリスはあらためてリヒトと向き合う。一瞬で周囲の空気が切り替わるのを感じた。

 ポラリスとしては真面目な空気にしたつもりだったのだが、目の前にいるリヒトはとろけるように笑んでいた。ポラリスもなんだか、自分の顔がゆるゆるになっている気がしてならなかった。


「ポラリス」


 リヒトの碧眼が、いつも以上にうつくしい光を帯びている。


「はい」


「昔……僕が小学校を卒業するとき、また会えたら伝えたいことがあると言ったろう」

「はい……覚えています」

「子どもの頃から、君のことが好きだったんだ。また会えたら告白しようと思っていた」


 ポラリスの頬が赤薔薇の色に紅潮した。


 リヒトがまっすぐポラリスを見つめて言う。


「言うのが遅くなってごめん。僕は君に恋をしている。ずっとずっと……君のことが好きだったんだ。君の守護騎士になれたのは、本当に幸運だったと思うよ」


 ――嗚呼ああ


 リヒト・フローレスが、ポラリスに好きだと言ってくれた。恋をしていると言ってくれた。

 うれしい、うれしい、うれしい。


 今のポラリスには世界すべてがまばゆく、美しく見えた。窓から見える空が、青い。


 うっすらとした予感なら、実はポラリスの中にあった。


 ポラリスとの友人同士のキスが、リヒトにとっても初めてのキスだったこと。

 まだポラリスは未成年だし肌は重ねないと約束したこと。

 何のためらいもなくスキンシップを取ってくれること。

 いくら騎士が主に頼まれてといえ、添い寝までしてくれたこと。

 君を守ると、抱きしめてくれたこと。


 どう考えても愛し合う二人の間で交わされるような言葉や行動が目立ったから、ポラリスはいつの間にか内心期待していたのかもしれない。


 負けじとポラリスも、応じるようにして返す。


「私も…………。ずっとずっと、リヒトさんのことが好きだったんだよ」


 言えた。言ってしまえた。うっかり再会してから使っていた敬語を忘れてしまったが。


「ポラリスと話すときは、やっぱり敬語じゃないほうが落ち着くな」

「そ、そう?」


 リヒトがそんな風に言うものだから、これからは砕けた口調で話そうとポラリスは決めた。かつて、二人がまだ幼い子どもの頃そうしていたように。


「あのね、私……この前添い寝してもらったときに、眠るときにリヒトさんに『すきだよ』って言われた気がしていたの」


 ちなみにぐっすりよく眠れた。


「あれ、聞こえていたんだ」

「もうっ。はっきり言ってくれて良かったのに」


 ポラリスはわざとふてくされたようにそっぽを向く。その風船みたく膨らんだ頬をリヒトにちょんちょんと人差し指でつつかれた。


「……となると、私たちはこれから……恋人同士としてお付き合いする、ということになるのかしら?」


 話しているうちに、なんだかむずがゆい気分になってくる。


「……そうだね。ポラリス、僕とお付き合いしてくれませんか?」


 温かい笑顔と共に言われて、ポラリスには『イエス』以外の答えはなかった。


「もちろん。私もリヒトさんとお付き合いしたい。これから、よろしくお願いします」


 どちらからともなく、両手を差し出して握り合う。リヒトの手は大きくて、ごつごつしていた。がんばっている人の手だと、ポラリスは気づいた。


「リヒトさん言ってたよね、大切な人がいなくなるのが怖いって」

「うん」

「私は……決していなくなったりしない。あなたのそばにいるよ」


 ポラリスの予測では、リヒトは恐らく大切な人を失った過去があるのだろう。初めて会った時から両親の不在を話していたリヒトだが、失ったのが両親のことなのか、まではわからない。


 ポラリスなりに、これは自分が勝手に推測していいことではないだろうと判断してのことだった。

 これからリヒトと恋人同士としてお付き合いをしていく中で、彼の心の傷に触れることも確実に出てくる。またその時に、二人で納得いくまで話し合っていけばいい。


 ポラリスは、いま無敵だ。


「ありがとう、ポラリス。女の子とお付き合いするのは初めてだから緊張するな。恋人としても、騎士としてもよろしく」


 二人の間に優しい空気が流れる。


「あの、リヒトさん。こんな時なんだけど」

「どうしたの?」

「魔力が不安定かも。ちょっと足元がふわふわするの」


 足元がふらつくのは本当だった。それだけで、リヒトはポラリスの願いを察してくれた。


「うん、いいよ。僕なら喜んで」



 体を近づけたら、リヒトの付けているウッドテイストの香水があえかに香る。


 自販機に隠れるようにしてこっそり交わした恋人同士のキスは、ほんのり甘かった。



「ポラリス。何か僕にして欲しいことはあるかい?」

「じゃあ……リヒトさん、今もお菓子作りしてる?」

「もちろん」

「なら私、リヒトさんの作った林檎のお菓子が食べたいな」

「わかった。とびきり美味しいのを作ってあげるよ」

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