20話 挨拶回り
週が明けて、月曜日の午前。
ポラリスはリヒトと共に神殿に勤める人たちに挨拶回りをしていた。
現聖女のハンネローレには夕方挨拶することになっている。ひとまず先に事務官たちと神殿騎士たちに挨拶することになっていた。
詰所で先にスーツやオフィスカジュアルといった服装の事務官たちの前で挨拶をした。さすがに緊張したが、事務官たちは気さくそうな人が多かったのもあって割と安心して挨拶できた。
続いて絵の具で塗りつぶしたように青い空の下。ポラリスはリヒトと共に神殿の中庭にいた。一月ということもあって、広い花壇には土が敷き詰められているだけで、その上で雀たちがチュンチュンと楽しそうに歩き回っていた。
「事務官たちの前では上手くいってたから、騎士たちの前でもあの感じで大丈夫だよ」
「はい」
リヒトに励まされて、ポラリスはこくりとうなずく。公的な場での挨拶ということで、高校の黒いブレザーに赤いリボンの制服姿だ。
騎士長アルドリック・エピの号令で、その日出勤していた神殿騎士たちが集まり整列していく。アルドリックはリヒトがポラリスを迎えに来た日に運転手として同行していた壮年の騎士だ。
現在は六十人ほどの男女が、クレアシオン神殿で神殿騎士として勤務していた。
彼ら彼女らの視線を受けて、ポラリスの緊張がピークに達する。ほんわかとしていた事務官たちと違い皆きりりと真剣な表情をしているから、余計に。
何せみんな魔獣との命がけの戦いを経験しているのだ。守ってもらっている身として、感謝の念も忘れてはならないと気を引き締める。
「こちらが先日次期聖女に選出された、ポラリス・クライノート嬢だ。皆敬意を持って接するように。ではポラリス嬢、ご挨拶をお願いします」
アルドリックに促され、ポラリスはリヒトと共に整列する騎士たちの前に立つ。ここまで来たらもう逃げられない。
息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。ポラリスはゆっくりと話し出した。
「は、初めまして皆さん。次期聖女のポラリス・クライノートと申します。これから次期聖女として精進していきますので、どうぞよろしくお願いします」
甘い砂糖菓子の声で、早口にならないようゆっくりゆっくり。
騎士たちも真剣な面持ちで聞いてくれている。今のところ上手くいっている。
だが。
無意識のうちに、ポラリスはひどく緊張していたらしい。
「好きなものは林檎と、読書と、えっとそれとリヒトさんですっ」
――あ。
皆に自分のことを知ってもらおうと付け足した好きなものについてで、つい守護騎士であり初恋の君でもあるリヒトの名を出してしまった。
その場にいる全員が必死に普通の顔を保っていた。コメディ漫画のお手本みたいに、一陣の北風がぴゅーっと右から左へ吹き抜けていった。
――………………やってしまった。
穴があったら埋もれたい。とりあえずここから蒸発したい。隕石でも降ってきてくれると助かるかもしれない。
「い、以上ですっ」
ポラリスがよろっとしたところを、よりによってリヒトに支えられる。こんな挨拶なのになぜか万雷の拍手が起きているようだが、それどころではなかった。
と。
「守護騎士となるリヒト・フローレスです」
リヒトが朗々と名乗りを上げた。その美しきかんばせには、悠然とした笑みが浮かんでいる。
「いまポラリス様は私のことが好きとおっしゃいました。同じく私もポラリス様を愛していますので、よろしくお願いします」
愛しています。はっきりとリヒトはそう言った。
すると今度はざわ、と分かりやすく騎士たちがざわめいた。
「リヒトったら嬉しそう」
「いやーついにこの時が来ましたかあ」
「クライノート嬢なら仕方ないか……それに二人とも美人だし」
「いいなあ……フローレスくんと相思相愛だあ……」
「あー、気持ちはわかるが一同、静粛に」
アルドリックの一声で、騎士たちがしんと静まった。なんだかざわつくタイミングが明らかにおかしかった気がするけれど。
――フォローしてもらえた?
「というわけで、皆よろしく頼むぞ」
「「はい!」」
威勢良く答える神殿騎士たちに合わせて、ポラリスとリヒトも一礼した。
騎士たちがそれぞれの持ち場に戻った後、ポラリスはリヒトに手を引かれて(引きずられていったように見えなくもなかった)職員用の休憩スペースに向かった。
「リヒトさん…………その、先ほどはすみませんでした。どうぞ私を煮るなり焼くなりお好きにしてください」
ポラリスが項垂れて言う。するとリヒトがくくっと可笑しそうに笑った。
「いいよいいよ、緊張していたのだろう? そりゃあ僕も一瞬だけびっくりしてしまったけれど」
「な、なんだかすみません。あんな愛しているなど言わせてしまって」
おそらくポラリスの失敗に合わせてくれたのくらいに思っていたのだけれど。
「うん。僕はポラリスのこと、本当に好きだよ」
「え?」
優しく微笑むリヒトの前で、ポラリスはプチパニックになる。
この前添い寝してもらったときに、「すきだよ」とささやかれたのは気のせいでなかったのか。
「ちょ、ちょっとなんですかリヒトさん」
慌てるポラリスに、青年騎士は温かく告げた。
「喉が渇いたろう? 休憩スペースで少し話そうか」




