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19話 お悩み相談

 そこからポラリス、リヒト、セレッソの三人でゆるりとティータイムになった。

 学校でも昼休みなどに友人たちがサンドイッチやお菓子などを分けてくれたりして一緒に食べたことならあったが、あれはポラリスが昼食を用意できなかったからである。どちらかといえば生きるための軽食だった。


 そういえば、侍女や騎士が主である次期聖女と席を共にしていいのか、と一瞬思ったら、セレッソが説明してくれた。


「うちの神殿職員は肩書きのうえでは上下の関係が在りますが、基本みんなフラットなのです。私も何度か聖女ハンネローレ様とランチをしたこともありますし」

「上司と部下の関係だからだろうけど、僕は騎士長によく奢ってもらったなあ」


「なるほど、そうなのですね」


 ポラリスは納得してうなずく。

 ここが王宮や貴族の屋敷ならともかく、母なる水晶(マザー・クリスタル)をいただいた神殿であり、ポラリスも多くいる職員のうちの一人となっている。リヒトやセレッソは従者でもあるが、ポラリスにとっては『同僚』となる側面のほうが大きいのだろう。


 それに。こうして二人とゆっくりお茶をいただくのは純粋に楽しい。


 ポラリスは今までこうして蜂蜜入りの温かな紅茶を飲みながらクッキーをつまむ、ということは今までしたことがなかった。イヴォンあたりは有名ティーサロンやホテルラウンジで、一見優雅にアフタヌーンティーをキメていたのかもしれないが。


 セレッソが入れてくれた紅茶はもちろん、リヒトの副官が用意してくれたというクッキーも美味しかった。

チョコチップたっぷりのクッキーはごつごつしていて一見すると無骨でもあるけれど、口に入れるとほろりと甘くくずれる。あとで副官に会ったらお礼を言わなくては。


 楽しいひととき。だけど楽しんでいていいのかと、ポラリスは本来なら必要のない疑問を感じた。


「? どうしたの、ポラリス」


 リヒトに声をかけられて、ぼんやりしながらクッキーをむしゃむしゃ食べていたことに気づく。いけない、いけない。リヒトにもセレッソにもクッキーにも失礼だ。


 大丈夫、何でもないですと言おうとして。


 リヒトからどんな小さなことでも話して欲しいと言われていたことを思いだした。今まで悩みを人に相談してみるという発想が沸かない人生を送ってきたポラリスだ。妙な緊張で体が強ばる。


「すみませんセレッソさん。リヒトさんにご相談したいことがあるのです」


「かしこまりました。ちょうど詰所のほうに用事がありますので、しばらく席を外させてもらいますね」


 セレッソは嫌な顔ひとつせずに部屋から退出してくれた。もしかしたら用事があるというのも、気を遣って言ってくれたのかもしれない。

 クッキーとティーカップが置かれたマホガニーのローテーブルを真ん中に、リヒトと向き合った。部屋の中で、二人きり。


「すみません、急に言い出して」

「いやいやそんな。僕もセレッソも全然問題ないよ」

「ありがとうございます」


「それで、相談したいことって何だい?」

「その、私怖いことがあるのです」


 言えばなんだそんなことかと、一笑に付されて話を打ち切られるのではという不安もあった。それでも親しい誰かに言わずにはいられない悩みというものはいつの時代も存在する。

 それ以前にポラリスは、リヒトなら人の悩みを無下むげにしたりしないだろうという信頼を寄せていた。


 リヒトへの信頼は惚れている相手だからというのも多少なりともあったが、再会したリヒトの『君を守る』という言葉を信じたいという思いもある。


「これから皆さんにご挨拶にもうかがいますよね」

「うん。今日は金曜だから、挨拶は週明けの午前中になるかな。挨拶先は詰所の事務官さんたちと神殿騎士たち、それにシレンシオ現聖女であるハンネローレ様とその守護騎士クレメンテ様。それと僕の副官と、次期聖女警備部隊の隊長さんだね。……こうしてみると結構人数が多いように聞こえるけど、緊張するような人たちじゃないから安心して」


「そうですか。トリシャさんたちを見ていると、何となく緩いのだろうなという感じがします」

「僕もアレグリアさんを神殿長に任じた人には、特別手当をあげていいとおもうくらい。仕事だから厳しいこともあるけど、とても働きやすいよ」


 リーダーは組織の顔だ。どのような人間が頂点に立つかによって、組織の動きや雰囲気はまったく違うものとなる。その点トリシャが長を務めるクレアシオン神殿は風通しが良いと感じる。


「ま、君に不敬をはたらくお人がいたら、その場で僕から『お話』してあげなくちゃいけないけどね」


 にこにこしながら、何かコワイことを言われた気がする。


「あ、あのリヒトさん。『お話』とは……?」

「うーん。やっぱり『お小言』と言ったほうがいいかな? わかりやすいしさ」


 それはそれでコワイのだけれど。


「大丈夫、僕も出過ぎた真似はしないから」


 リヒトが微笑みの温度を平常に戻したので、ポラリスはかなりホッとした。さっきのコワイままだったら正直リヒトがあらぬ方向に暴走しそうだったから、余計に。


「ま、まあ。基本的にはそんな非常識な方、そもそもここにはいなさそうですよね」

「そうだね、緩いとはいえ普段の行いには気をつけなきゃいけない立場だし」


 リヒトが淡く苦笑した。


「私の悩みというのは……怖いことなんて実際には起こらないだろうに、起こってしまうと思い込んでしまうことなのです……」

「つまり、みんなそんなことする人じゃないだろうけど、怖いことが起きそうで不安ということかい? ……たとえば、怒鳴られたり殴られたり、とか……」


「……はい」


 言いながら情けない悩みだとポラリスはうつむく。まだ起きもしない――それも多分起きないであろうことを心配しているのだから。

 さすがに悩みとしてはミニマルすぎたろうか。


「なるほど。そうか……」


 でもリヒトは。呆れも笑いもせず、穏やかな表情でポラリスを見つめただけだった。


「ポラリスにとってはさ、家の中でずっと痛かったり苦しかったりしたのが『普通』だったんだから……。ここでそう思うのは仕方ない、というか自然な流れなんだと思うんだ」


 優しく温かなそよ風を吹かせるように、リヒトは優しくポラリスの感情を肯定する。


「自然……ですか?」

「うん、自然自然。僕も……すごく前に似たようなことがあったんだ。僕の場合は大切な人がいなくなってしまうのではないかという恐怖だったんだけどね」

「――ッ」


 リヒトの心のブラックボックスが垣間見れて、ポラリスは息を呑む。大切な人がいなくなると思うなんて、余程不安な経験をしたのだろう。


 ポラリスにはリヒトについて知らないことがまだ数多くあった。

 同様にリヒトが知らないポラリスのことも、たくさんあるのだろう。


「ま、僕のことはいいや。だからさ、起きてもいないし多分起きないことが心配だっていう気持ち、わかる気がするんだ」


 ポラリスもいったん、リヒトのことは脇に置いておく。今は自分の悩みを聞いてもらっているのだ。


「ポラリスが望むなら、カウンセリングで認知を修正していくこともできる。もちろん僕やロサさんも協力できるよ」


「リヒトさん……。ありがとうございます」

「うん。お安い御用だよ」


 リヒトに気持ちを肯定してもらえたことで、ポラリスの体から余計な力が抜けた。

 

 そしたら何だか、ちょっとだけ眠たくなってきた。


「ごめんなさいリヒトさん。なんだか眠くて」

「謝らないで、初めての場所で疲れているのだろう? 少しベッドで休むといいよ」


「…………でも私、リヒトさんのそばにいたいです。まさか二人で一緒に眠る、というわけにはいきませんし」


 さすがにお年頃の男女が寝室で一緒というのは、どうだろうとポラリスの理性がうなる。


「眠ることはできないけど、いっしょに横になることはできるよ」


 たっぷりと甘さを含んだ優しい声に、ポラリスの理性は一瞬でどこかに吹っ飛んでしまった。


 リヒトに脇を支えてもらって寝室に向かう。靴を脱いで大きなベッドに横になる。リヒトもジャケットと靴を脱いで、ポラリスの隣で横になった。


 リヒトの背中にある羽根は今は『引っ込められて』いるので見えない。色欲の抑制と同じく、妖精種フェアリーが生きやすくするために習得したであろう特性だ。


 リヒトが隣にいてくれる。それだけでポラリスの胸の内がほかほかと温かく満たされていった。



「だいじょうぶ、今は何も考えないで、休むことに集中するんだ……」



 優しい青年烏せいねんからすの声に誘われて、ポラリスは深い眠りに沈んでいった。

 夢と現実の狭間の泡沫うたかたで、いっそう優しく声が響く。






















「すきだよ、ポラリス」

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