18話 どうしてダブルサイズベッドがあるんですか
宿舎の中は、ちょっとした隠れ家ホテルのように清潔で純朴だった。
階段とエレベーターがあり、ポラリスとリヒトはセレッソのあとをついていって階段へ向かった。
「あの、先に謝っておきますね。この宿舎エレベーターが使えないのです」
「あら? 壊れているのですか?」
なんでもエレベーターはとある理由でほとんど使われていないらしい。
「……ここのエレベーター、乗るときしむ音がするのですよ」
「ええ、点検はされているのですか?」
一応神殿は公的施設だ。クレアシオン神殿の場合はシレンシオ市の管轄になる。王都の施設のエレベーターできしむ音がするとは結構まずいと思うのだけど。
「毎年点検していてあれなのですよ。今後ちょっとでも国が安全基準を厳しくしたら、確実にあのエレベーターはジ・エンドです」
ならいっそ安全基準を厳しくしてもらったほうが、住人のためにもエレベーターのためにもなりそうな気がする。
「それが、点検の時限定では、きしまないし異音もしないのです。ポラリス様を怖がらせたくないのですが、なので怪奇現象ではないかという噂も出回っておりまして……」
「……なんだか、いろいろ大変なのですね。私は階段大丈夫ですよ」
「四階なので階段だときついかもしれませんが、エレベーターがあのザマなのでセレッソからは階段での移動を強くおすすめします。ポラリス様の場合ですと、階段昇降は体力作りにもなりますし」
オルタンシア女子高校の校舎が五階建て、身体に不自由がある場合のみ使用許可が出るエレベーターが一機だけあった。授業での教室移動も多いので、実は階段でばたばた行ったり来たりするのは慣れていた。
学校での短い休み時間とは違って、多分ここならきゃーきゃー騒ぎながら焦って移動する必要もないだろうし。ただし寝坊した日は除くこととして。
「そういえば、」
セレッソが階段をとことこ昇りながら話す。ポラリスに歩くペースを合わせてくれていた。
「ポラリス様の――次期聖女の居室はリビング、ダイニングキッチン、寝室、書斎二部屋、バスルーム、お手洗いで成り立っています」
「広い、ですね……」
「いえいえ、長く時間を過ごす場所ですから。それに聖女様方の居室は守護騎士も一緒に住める設計になっているので、広めなのです」
それで書斎が二部屋あるのか。
「あ、そうなのですか」
そこでは特に何も思わなかったのだけど。
「というわけで、ポラリス様の寝室には一応ダブルサイズのベッドをご用意させていただきました」
「ほえっ?」
セレッソが突然とんでもないことを言い出した。ポラリスがいったい誰とベッドを共にするというのか。
「あの……ロサさん。僕たちはまだそういう関係じゃないって」リヒトが困ったように小さく笑った。
密かに気になっている男の子がそんなことを言うから、ポラリスの心臓がどきんと跳ねた。
「ふふ、冗談です。単純に広いほうが寝心地がいいので聖女となる方のお部屋にはあえてダブルサイズのベッドをご用意させていただいております。間違っても夜枷をしろというわけではありませんので、気をつけてねフローレスくん」
色っぽいことを淡々と話すセレッソはすごいなと、ポラリスは現実逃避気味に思う。
「わかってるさ」
それに爽やか薄荷ボイスで返せるリヒトもすごいな、と思う。
「ふふふ、心細いときの共寝にぜひご活用ください」
「ふぇっ?」
ポラリスが答えたら、変な声が出た。誰と共寝をしろというのだろう。
追撃されるようにして、リヒトが耳元で小声でささやいた。
「…………ポラリスさえ良ければ、共寝ならできるよ?」
「ひゃいっ」
……また変な声が出た。うら若き乙女になんという仕打ちであろうか。
一応リヒトと居室自体はまだ別になっている。共寝するとなると、わざわざ来てもらうことになる。
――リヒトさんと同じベッドで眠るだなんて。
これから次期聖女としてがんばっていくうちに、心細くなる夜があるのかもしれない。
そんなとき、そばで温めてくれる人がいれば……。
――そういえばまだ私が未成年で恋人同士でもないから、夜枷はしないと言っていたけど。
――つまりは私が成人して、それでもし『コイビトドウシ』になったらリヒトさんと……?
余計なことまで考えてしまいそうになったポラリスは、小さく首を横に振って振り払う。
――で、でも。いまはしなくて平気ね、ええ。
そんなこんなあって、無事に(?)部屋に到着した。
「わあ」
白と木目を基調としたナチュラルなインテリアに、ポラリスは歓声を上げた。家具に調度品も揃っている。
実際に寝室を覗いたら、本当にダブルサイズのベッドがあった。
「いいね、寝心地が良さそう」
リヒトが何でもないようにそう言うから、ポラリスとセレッソが必死に普通の顔を保っていた。
ともあれ。一通り部屋を見て回って。
「それではポラリス様、お茶にしましょうか。フローレスくんもどうぞ。ふふ、ファインマンくんが美味しいクッキー多めに買い込んできてくれたから、私も食べようかな」




