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15話 黒猫の侍女

「おはよう、ポラリス」


 ポラリスはリヒトと共に新しい朝を迎えていた。


「おはようございます、リヒトさん」


 真っ白なカーテンを開けば、まぶしい金色の陽光と、愛らしい小鳥のさえずり。世界のどこにでもありそうな、だからこそ美しい朝の光景。


「また……今晩君にキスをしてもいいかい?」


 誰かに叩かれることも冷水をかけられることも怒鳴られることもなく、ごく自然に目覚めて。


「はい、喜んで」


 実はすべて夢の中で起きている出来事なのではないかとさえ、ポラリスは思う。

 本当はあの狭い部屋の床に転がったまま眠り続けたままで、自分に都合の良いだけの甘い夢を見続けているのでは、と。


 そんなことを考え込んでいたら、程なくして朝ご飯が運ばれてきた。リヒトはマスタードたっぷりのホットドッグをかじっている。リヒトがいてくれるだけで嬉しい。


 黄金色のスクランブルエッグが盛られた白い皿は、添えられたレタスの淡い緑とのコントラストがまた美しい。スクランブルエッグはバターの風味がほんのり効いて美味しかった。

 ……実際にポラリスが食べられたのは三口ほどだけだったが。


 朝の体調確認にきた白いユニフォームの看護師さんに、正直に眠れなかったことと食べられないことをポラリスは白状する。怒られるかと思ったが、淡い苦笑が返ってきただけだったのでいささか拍子抜けする。


 ああ、ここはもうあの家ではないのだと改めて思い知る。


「ストレスかな。やっぱり心がショックを受けているのが大きいかもしれないわね。それと環境の変化かしら」

「環境がストレスにですか?」


「ええ、嬉しいこともストレスになるのよ。感情に負荷がかかるのでしょうね」


 なるほど。リヒトとの再会なんて特にそうだ。


 考えてみれば両親の手で虐げられていた上その両親が逮捕されるという、本来なら滅茶苦茶ショックを受けるべき『イベント』もあったわけだし。


 直接警察に連行されるイヴォンたちを見ずに済んだのは不幸中の幸いだった。


 リヒトとのキス、についてはあえて考えないでおく。


「じゃ、行ってくるね。早めに戻るから」

「いってらっしゃい、リヒトさん」


 騎士服にコートを羽織って会議に向かうリヒトを見送る。なんだか本当に一緒に住んでるみたいだなとくすぐったい気分になった。


 昼が過ぎた。正直言って暇だ。


 可能ならオルタンシア女子高校には卒業まで通うつもりだ。

 早くまた友人たちに会いたい。スマートフォンのメッセージのやり取りだけでは物足りなかった。先生方に色々なことを説明する必要もあるだろう。


 昼食のほかほかしたミートソースパスタもほとんど食べられず、これは本当にまずいと思っていると。


「失礼致します」


 一人の若くやや小柄な女性が入ってきた。


 黒のロングワンピースに、白いフリル付きのエプロンドレス。頭にはホワイトブリムと呼ばれるヘッドドレス。

 いわゆる『メイド服』と呼ばれる格好をしている。

 ポラリスより少し年上、リヒトと同じくらいの年頃だろうか。


 明るめの紅茶色の髪をすっきりしたボブショートに揃え、快活そうな瞳は深い森と同じ緑色。

 頭には三角の髪色とは違って黒い猫耳、腰からはひょろりと長く細い黒い尻尾が生えていた。


 妖精種フェアリーの一種、妖精猫ようせいねこの女性だ。


 妖精猫は妖精種フェアリーの中では人口が多いほうであったりする。『猫』という人気も知名度もぶっちぎり高水準の生き物のお陰だろうか。

 そう考えると、『烏』という不吉とされがちな生き物の因子を持つリヒトが不憫になってしまうけど。


「お初にお目にかかります、ポラリス様」


 黒猫の娘はうやうやしく一礼して、溌剌はつらつとした笑顔をポラリスに向ける。


「私はセレッソ・ロサと申します。クレアシオン神殿事務官と聖女ハンネローレ様の侍女を兼任しておりましたが、このたびポラリス様の専属侍女となりました」


 どうやら次期聖女には侍女が付くらしい。王侯貴族でもないのに良いのだろうか。

 

「これからよろしくお願い申し上げます、ポラリス様」


 にこ、と笑いかけてくる様は太陽より明るい。とはいえいい感じにまぶしすぎなくて助かる。


「よ、よろしくお願いします」


「ポラリス様のことはリヒト・フローレスくんの方からうかがっております。私は中学校時代に、フローレスくんと友人同士だったので」

「そうだったのですか」


 ポラリスが知らないリヒトをこのセレッソという娘は知っている、ということだ。かなり羨ましい。

 それはそれとして。


「よろしければ、こちらを召し上がってみませんか?」


 セレッソが午前中に並んで買ってきたという『タピオカミルクティー』のおかげで、ポラリスは食欲を取り戻すことができた。出会って早々、セレッソは快挙を果たしたことになる。

 ついでだから買ってきましたという『マリトッツォ』も美味しかった。


 タピオカミルクティーはかつて全国的に流行していたというドリンクで、一世風靡を成し終えた今でも行列ができる人気店がちらほらあるという。もちっと甘くて、美味しかった。


 マリトッツォは流行になりそうでならなかったというスイーツだという。ポラリスは世間とズレている分流行り物に疎く、とはいえ興味自体はそこそこあるからこうしたものは嬉しかった。


「ありがとうございます、美味しかったです」

「ふふっ、タピオカとマリトッツォがお気に召して良かったです」


「でもすみません。わざわざお店で並んだのでしょう?」

「いえいえ。ついでに私の分も買えちゃいましたし、良かったですよー」


 そうすることが当たり前のように、セレッソは優しくしてくれた。

 おそらく彼女もリヒトと同じく仕事であると同時に自分がしたくてしていることなのだろう。


 セレッソの自然な朗らかさもあって、ポラリスは初めての侍女にすぐに慣れた。元々年の近い女性とは仲良くなるのが割と得意だったりするのだ。


「ポラリス様」


 セレッソが笑顔で窓のほうを指さしていた。

 つられてポラリスもそちらのほうを向くと。


「リヒトさんっ!」


 紺青の制服をまとった烏の守護騎士が、窓の向こうからポラリスに向かって小さく手を振っていた。

 ここは二階、でも背中に空を飛ぶための烏の翼を有するリヒトには関係のないことだった。


 黒い翼を羽ばたかせて、青い空を背に爽やかな笑顔を浮かべる彼に、ポラリスも大きく手を振りかえした。


 ポラリスに一等優しい笑みを投げかけて、満足そうにリヒトは飛び去っていく。

 三分にも満たない短い出来事だったが、ポラリスの恐怖心はすとんと落ち着いてしまっていた。


「ポラリス様、良かったですね」

「はいっ」


 セレッソへの返事も弾んだ。


 ――やはり、あなたが好きで好きで仕方がないのです。

 ――好きすぎて、求めすぎてしまうほどに。


 ――あなたへのこの気持ちはやはり、恋なのです。


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