14話 君を守りたい。
君を守りたい。
まっすぐな瞳でそう告げられて、ポラリスは信じられない気持ちになった。
「仕事だからとか、義務感から、とかからじゃない。そこは僕を信じて欲しい」
ね? と無垢に笑いかけられれば、それ以上こちらから異論を唱えることはできなかった。
せっかく助けに来てくれた大好きな男の子を信じたい気持ちもある。
「わ、分かりました」
他にも心配事はあった。
ポラリスは今までずっとリヒトを想ってきた。
かつて共に過ごした時間の思い出はいつだって美しい。気がつけばポラリスの頭の中で、リヒトは必要以上に神格化されてしまった印象すらあった。
それにあれから時間が過ぎて、お互い体の成長以外にも変化したことがたくさんあるだろう。
変化してしまった者同士、上手くやっていけるのだろうか。
それにポラリスは世界を愛することができていない。はたして自分が聖女の椅子に座るにふさわしいのかどうか、いまいち自信がなかった。
「どうしたの、ポラリス?」
またポラリスが思い悩んでいると、爽やかな薄荷の声が降ってきた。
「大丈夫です」
――いけない、いけない。
せっかく大好きなリヒトと、考える限り最高の形で再会できたのだ。
これ以上下手な真似はしたくない。でないと失望されてしまう。
だけど。
「何か心配していることがあるのだろう?」
「それは……」
「どんなに小さなことでも、話してくれると嬉しい。僕はそのための守護騎士でもあるんだ」
リヒトの口調は柔らかだったが、どこか有無を言わせぬ力強さがあった。
リヒトには昔から、そういうところがあった。変わらずそのままのこともあるのだ。
なのでポラリスは、話し始める。
「……あの、私、つらいことがたくさんあって、」
思いだすだけで胸が苦しくなる。それでも一度話し出すと、止まらなくなった。
「……うん」
「最初はつらいなと思っていました。でもだんだんと何も感じられなくなっていったのです」
悲しい毎日、感情の麻痺。
「そのたびに、あなたのことを想って耐えてきました」
言うと、リヒトが息を呑む音がした。どうしたのだろう。
「私はかつてリヒトさんと一緒にいた頃から、変わってしまいました。なので、リヒトさんとまた上手にやっていけるのか、きちんと聖女になれるのか……、不安で不安で、仕方がないのです。ずっとあなたを大事に思うから、こそ」
気づくとポラリスの赤い双眸から、涙の雫が溢れ出していた。こうやって泣いてしまうのは何年ぶりだろう。
「それに私……皆さんに優しくされるのが怖いのです……」
「それは、どうして?」
「ずっと苦しいことが多かったからでしょうか。……優しさに馴染めないのです幸せと優しさにあふれて聖女にふさわしいであろう方もたくさんいらっしゃる中で、どうして私が次期聖女なのか、ちゃんと人々をお守りできるのか。とても、不安です。」
――言ってしまった。
――ちゃんとできないかもしれない、と言ってしまった。
――優しさに馴染めないと、言ってしまった。
リヒトは何と返してくるだろう。呆れられてはないだろうか。失望されてはいないだろうか。泣き出すなんてみっともないと、思われていないだろうか。
病室の透明な窓の向こうで、冬の冷たい風が木々の枯れ枝をさわさわと揺らしているのが見えた。エテルノ王国の冬は長い。
と。
「ポラリス」
逞しい両腕が伸びてきて。
ポラリスはリヒトに抱きしめられた。
ポラリスが身動きできないほどに、しっかり強く抱きしめられていた。
「リヒト……さん……?」
男の子に抱きしめられるなんて、はじめてだ。
「ありがとう、話してくれて。僕のことも覚えていてくれて」
「……ぜ、絶対に、あなたを忘れたりしないです」
「……そっか。可哀想に、体もすっかり痩せてしまっている……。よく生きてくれていたね」
「はい……」
――あったかい。
はっきりと感じるリヒトの体温。密着することですっかり大人の男性になっていることも分かって、ポラリスの心臓がきゅんと跳ねる。
「大丈夫、君が心配することは何もないよ。いまは世界が嫌いでも、自信がなくとも構わない。僕は成人もしたし、君を恐怖や不安から守れるくらいに強くなれたから。それに僕にとっても……君はとても大切な人なんだ。だから、」
一層ポラリスを強く抱きしめて、彼女の守護騎士は告げた。
「必ず、僕が君を守る」
それからしばらくの間。ポラリスのか細い身体はリヒトに抱きしめられ続けた。
今にも折れてしまいそうなほど、痛々しく痩せてしまった身体を。
「リヒトさん……」
リヒトの腕に包まれたままで、ポラリスがもごもごと言う。
このままでいいのだろうか。優しくされてばかりでいて。
「ごめん、もう少しだけこうさせて。君がここにいると確かめていたいんだ」
でもリヒトの優しさが不安さえも優しく覆って溶かしてしまう。
「はい……リヒトさん……。私は……ここにいます」
やっと再会できた青年の胸に顔を埋めて、ポラリスは泣き続けた。リヒトが着るパジャマの胸元が、彼女の涙に濡れる。
リヒトはとん、とんと優しくポラリスの背中をさすってきくれた。
するとリヒトの青い海の色をした瞳からも、透明な雫が次々と零れてきた。
「ごめんなさい、こんなに良くしていただいて」
またもごもごと言うポラリスの銀糸の髪を、リヒトの片手が梳くように撫でる。
するとますます赤い瞳から涙が流れた。結果パジャマがますます涙に濡れることとなったが、リヒトは一向に構わないようだった。
「謝らないで。僕がしたくてしているんだから」
「リヒトさんは昔から……どなたにもお優しいのです」
「僕なりに、優しくする相手は選んでいるけどね」
「では、どうして私に、」
『優しくしてくださるのですか?』
一拍おいて、優しき青年烏は涙を流しながら素直に答える。
「君に救われたからだよ。だから君は、僕にとって特別で大切なんだ」
「私が…………あなたを救った?」
「そうだよ。だから……好きなだけ泣いてくれ……。僕もいま、泣いているから……」
「ありがとう……ございます……」
「君が嫌でも……、僕は君に優しくし続けるよ……」
二人の涙が止むまで、しばらくかかった。
ポラリスが上目遣いでリヒトを見つめる。
「あの、リヒトさん……」
「なんだい?」
「キス、していいですよ……。友人同士ですけれど……、リヒトさんにだったら、いいです」
本当な今すぐにでも、私はあなたに恋していると言うべきなのかもしれない。
でもポラリスはいまはあえて『友人同士』としてリヒトに応じた。今の優しい関係を、壊したくはなかった。
「はは、ありがとう。じゃあ……僕の初めてのキスをもらって……」
リヒトがキスが初めてというのは意外すぎたが、そんなことはどうでもよかった。
お互い目を閉じて、こわごわと顔を近づける。リヒトの優しい匂いが、ふと香った。
ポラリスとリヒトの初めてのキスは友人同士のキス。
ちょっとしょっぱい、涙の味がした。




