13話 キスしていい?
ポラリスは静止画になったようにきれいにその場に固まった。
リヒトがわかりやすく慌てる。意味もなく、ましてやセクハラ目的でリヒトがそう言ったのではないだろうことくらいは、なんとなしにポラリスも理解はしていた。だから慌てるリヒトを見てやはり何かあるのだなと納得する。
「ご、ごめんっポラリスっ。その、説明なしでごめんっ。さっきも言ったとおり、君の体を奪おうだなんて気持ちは一匙もなくてっ」
慌てて弁明したリヒトの口から、恐らくうっかり出たであろう『体を奪う』というワード。思わずポラリスは一瞬あぶない想像をしそうになってしまう。これに関しては、百パーセント説明もなしにキスしようだなんて言い出したリヒトが悪い。
――リヒトさんと私がそんなことになるなんて……て、いけないいけない!
妄想が暴走しそうになって、ポラリスはがんばって打ち消した。この手の桃色の妄想をほとんどしないので、ちょっとだけ大変だったというのは別の話。
「あの、リヒトさんは、何か理由があって、その、キス、したいとおっしゃったのでしょう?」
さっき決して肌を重ねるようなことはしないと約束してくれたリヒトだ。
あわわとしつつ、ポラリスは心にかろうじて残っていた冷静な部分を使って話をする。
「う、うん。そうなんだ。あはは……。って、笑っている場合じゃないね。もちろんキスは絶対じゃなくて」
数秒思案したのち、気を取り直したリヒトは話し出す。
「ポラリス。いま何となく体や頭がふわふわしたりしないかい?」
「! どうしてわかったのですか?」
さっきシャワーを浴びていたあたりから、ポラリスに謎の不調が発生していたのだ。なんとなく車酔いにも似た気持ちの悪さが。
「そっか。妙にシャワーから戻ったときふらついていたから。やっぱり魔力が不安定になっているんだね」
「魔力が……私に……?」
「そう。魔力というのはいかに多くの『エーテル』を扱えるかを示すものなんだ。海外だったらエーテルではなく世界樹が発する『マナ』になるんだけどね。普段エテルノ人には馴染みがないだけで、アタラクシアに生まれる人間全員に魔力が備わっているんだよ。まあ、この辺だと神殿騎士か聖女じゃないと魔法は使えないんだけどね」
「そういうものなのですか……学校でも何度か教わったはずなのですが……」
「無理もないよ、ほとんどのエテルノ人にとって魔法は日常生活において無縁のものだしさ。その魔力はその人の意思とは関係なく不安定になることがあるんだ。体内の見えない精神領域にある『魔力回路』が損傷してしまうんだよ。神殿騎士の場合は自分で決めて魔力や魔法を使っていくことになるから心配ないけれど、母なる水晶に指名される聖女は直にマザーからお力を注がれているのもあって、魔力が不安定にもなりやすいんだよ」
リヒトの説明はわかりやすかった。
「つまり魔力回路という道具でエーテルという材料を使って、結果できあがるのが魔法ということでしょうか。ともかくそれで今、ふわふわするのですね」
「そう。よくわかっているね。マナの世界だと魔力の暴走というものが存在するけど、こっちの世界じゃ体調不良で済むのが幸いかな。歴史上では魔力の暴走で都市ひとつ壊滅させたケースもあるというから、向こうの世界も大変だと思うよ」
「えええ……」
そのあたりも学校で教わった気がする。都市壊滅とかパニック映画かよ、マナの世界物騒すぎだろと、クラス中で話題になったものだ。
いま改めて聞いても、魔力の暴走とは恐ろしい。いまポラリスの身に起きているふわふわ感が可愛いものに思えてくる。
「あの……それってもしかして。キスすると魔力が安定するのでしょうか……?」
なんとなくそうかなと思いぽろっと言ってみたら。
「君は勘がいいね。そういうことになるよ。いや、手を握るとかでもいい、さっきみたいに僕が君の髪をなでるとかでもいいんだけど効果はキスが一番らしくて。聖女は守護騎士との…………その、スキンシップで魔力を安定化できるから」
――そういうことなのね。
マナの世界での魔力が暴走して都市崩壊など怖いことを聞いたせいか、ポラリスはキスくらいなんでもないように思えていた。だがキスは通常恋人同士でするものである。
いくらポラリスがリヒトのことが好きでも、リヒトはどうなのだろう。嫌々触れているのではないだろうか。
そもそも。守護騎士となったのだって。
「あの、ごめんなさいリヒトさん。私の守護騎士となられてしまったせいで」
「謝らないでポラリス」
「もしかして、やりたくないのに我慢して守護騎士になられたとかでは……?」
ポラリスはおそるおそる、気になったことを質問する。
再会して一日たっていない相手に礼が欠けているかもしれない言動だった。だけどポラリスにとっては、かなり重要なことであった。ポラリスと知り合いだから何とか言われて、強引に守護騎士にされたのかも。
ポラリスは次期聖女の椅子からあと数年は下りれない。でも守護騎士なら取り返しがつくとも考えたのだ。
「それは違うよ。僕からやりたいと希望したんだ」
「それは、どうして。守護騎士になられるのはとても大変なことなのに、」
守護騎士も守護騎士で大変な役割だ。
仕える聖女の守護と世話と監視と、二四時間三六五日ひたすら主にすべてを差し出すことばかり求められる。
人生を、身体を、もしかしたら命でさえも。
ある意味、日夜問わずして戦場を駆け続けるようなものだ。それも戦いにならいつかは終わりがあり、兵士には代わりが効く。
守護騎士には代役はおらず、聖女が引退もしくは死亡するまで任期が続く。
いくらエテルノ王国が戦争とはほど遠い平和を維持しているとはいえ、他者の命を狙うような心無き者はどこにでも存在するから油断はできない。
聖女の警備には専門の部隊が付くとはいえ、何か不祥事があれば守護騎士の責任となる。それに守護騎士は聖女の身体のみならず心も守らなくてはならない。
こうして魔力が不安定になれば、スキンシップもとる必要がある。
聖女よりずっとハードだ。ポラリスは少なくともそう思う。
「それはポラリス、君を守りたいからだよ」




