11話 温かなお夕食
病室で眠っていたポラリスが目を覚ますと、傍らに丸椅子に腰掛けたリヒトがいた。そのことに対する、深い安堵。
――夢ではないのね。
――本当に、リヒトさんと再会できたんだ。
紺青の騎士服はリヒトの凜とした美しさを際立たせていて、周りの空気が華やぐようだ。
「ポラリス、具合はどうだい? 痛いとか……苦しいとかはあるかい?」
柔らかな声で優しく問われる。
「ん……。だいじょうぶです」
ひとまず今は目立った不調はなさそうなので、小さな声で答える。大好きなリヒトが隣にいてくれるというだけで、痛みすら溶けてしまいそうな心地だったのもある。
「ポラリス……、髪に触れてもいいかな?」
リヒトにそう言われてポラリスが断る理由などどこにもない。
「リヒトさんにだったら、いいです」
真っ白な病室の中で、リヒトがそっとポラリスの銀糸の髪に触れる。やわやわと優しく、壊れ物を扱うような手つきでリヒトはポラリスの髪を撫でた。
「今までよくがんばったね、つらかっただろう?」
とろけるように優しく言われて、ポラリスの赤い瞳から涙がこぼれた。
「でも、もうだいじょうぶ、だいじょうぶだから」
リヒトの優しい声と手にただただ静かに涙を流しながら、ポラリスは今はこの優しさの海に溺れていたいと思った。
落ち着いたところで用意されていた夕食を食べた。リヒトがナースから受け取ってくれていたようだ。
病院食というと味が薄かったり美味しくないなどマイナスなイメージがつきものだが、少なくともこの食事に関しては例外といえる。鶏肉もキャベツも美味しい。
とはいえポラリスはそれぞれの料理を、ちょっとずつしか食べられなかった。
こんなに良いものを自分がいただいていいのかという罪悪と疑問が頭の中でうるさく鳴っていたからだ。それと単純に、元々少食なのもあってすぐお腹いっぱいになってしまったというのもある。
「胃が小さくなっちゃっているのね、残してしまったのは気にしないで」
看護師さんに優しく言われて、余計に申しわけなくなる。せっかくのご飯を半分以上残したことを後悔していると、病室の戸が軽やかにノックされた。
「具合はどうだい?」
顔を出したのはリヒトだ。病院職員と少し話があったので、夕食をとる間は離れていたのだ。見つめられたまま食事をするのは恥ずかしいので、ポラリスからすればややラッキーであった。
まだ彼と再会してから半日も経っていない。もう数日は時間が経過したような気がしている。
「ちょっと……まだ、落ち着かなくて。ご飯もたくさん残してしまいました」
大丈夫ですと言おうとして、リヒトには本当のことを話すようにしようと言い直した。そういえばリヒトは自分自身の夕食をどうするのか疑問に思ったが、今は会話に集中する。
「ご飯のことは気にしすぎないで。人によって食べる量は全然違うしさ」
「それは、そうですね……」
「顔色が悪い。……ご両親のことが気になっているんじゃないか?」
ずばり気にしていることを突かれた。ポラリスはうつむく。この優しい人に、あまり心配はかけたくなかったのに。
「はい……」
やっとの思いで、少女はこくりとうなずいた。
「気にならないほうがおかしい。何せ君は実の親が逮捕されてしまったのだから。本当にしんどいと思うよ。それでも、」
ずいとリヒトが顔を近づけてきて、片手でポラリスの頬を撫でた。
「何があっても、僕がいるから」
「はい……」
「ご飯は僕が保温魔法をかけていたんだけど……、君もすぐにできるようになるよ」
「そうでしょうか」
「できるよ。だって君はポラリスだから」
このまま甘えたり頼ったりしてしまってばかりいても良いのだろうか、何か良くないことが起こってしまうのではないかという葛藤がポラリスの脳裏でぐるりぐるりと濃い灰色の渦を巻く。
「あ、あの。あまり見つめないでください。恥ずかしいです……」
「はは、ごめん」
名残惜しそうにしつつ、リヒトの手が頬から離れた。決してもっと触れられていたかったなんて思っていない、はず。
「リヒトさんは昔から、身体的距離が近すぎるのです……」
「そっか。嫌だった?」
「い、嫌では、ないです。……ちょっと、恥ずかしいだけで……」
するとリヒトの頬がほんのりと赤くなった。どうしてだろう。
「はは、そっかそっか。入院中もできるだけ君のそばにいるようにするから、ご両親のことでもこれからのことでも、何でも話してくれたら嬉しい」
「……はい」
嬉しいような、大声で泣き出したいような。ポラリスの内側でたくさんの感情が極彩の色彩を織りなしていた。
――とりあえず、ちゃんとご飯を食べられるようになりたいな。
少女の小さな願いと共に、シレンシオの夜は更けていった。




